第62話 私のパパは大統領
カイルとモニカは、革命政権の本部とやらに通された。
本部、などと仰々しい言葉を使っているが、見た目は野戦用のテントである。
最深部に進むと、そこには簡素なデスクが置かれていて、年配の男性が書類仕事をしていた。おそらくあれがモニカの父親であろう。
カイル達をここまで案内した兵士は、緊張した面持ちで引き下がっていった。
「話は聞いている。お前が娘の婚約者なのか?」
モニカの父親は、静かに椅子から立ち上がる。
それから困惑しきった顔で自己紹介を始めた。
「私は共和国臨時大統領、バースだ」
バースの目鼻立ちは、娘とよく似ている。
つまり美形ということになるが、口ひげを蓄えている上に額に大きな古傷があるので、モニカと違って厳めしい雰囲気を放っていた。
身長も娘同様に低めだが、がっしりとした体つきのため、リーチの不利などものともしないのではないかと思われた。
「あのモニカが、共和国の男を連れて来たのか。信じられんな」
バースはモニカとカイルを交互に見比べると、ニヤリと笑った。
「ゴーレムだな」
言うなり、腰の剣をすらりと引き抜き、モニカの眼前に突きつけた。
瞬間、モニカは言葉では言い表せないような、物悲しい表情となった。
バースは少しためらうような顔をしたあと、剣をカイルの顔へと向け直した。
「……モニカはしくじったのか。そうか。ゴーレムどもは、王都へ好意を抱くよう調整してあったからな。自爆を防がれた場合、あちらの手に落ちる可能性があるとは思っていた」
モニカは無事なのか? とバースは言う。
「もちろん、そちらのお人形ではない。本物の、人間のモニカのことだ。私の愛するモニカだ。あの子がまだ生きているというなら、取引してやってもいい。そうでないなら今すぐ貴様を始末する」
カイルは鼻先に突きつけられた剣など気にも留めていないという顔で、口を開く。
「人間の方のモニカなら、生きている。無傷だ。今頃は王都で取り調べを受けているところだろう」
「……信用できる材料がないな。まあいい、あとで読心能力者を手配すればいいだけの話だ。……わかるか? お前はここで嘘をつけばつくほど、心証が悪くなるのだ。発言には気をつけたまえ。で、本当にモニカは生きているのだな?」
「ああ。ピンピンしている」
「……ふむ」
嘘ではなさそうだな、とバースは呟く。
「そうなると、どうにかしてあの子を回収せねばならんな……身代金が要るか……だが、これ以上国庫を浪費させるわけには……」
顎に手を当て、ぶつぶつと独り言を始めたバースに、モニカが語りかける。
「あの……お父様」
「……」
「お父様……やはり私のことは、偽物と思っているのですね。貴方の娘ではないと……」
バースは何も答えない。
「ですが、私にはちゃんと幼少期の記憶があるのです。貴方に遊んでもらった日々も、叱られたことも、読み書きを教わった思い出も……私が熱を出した時、貴方が遠方からお医者様を呼んで下さったことも……おねだりして、野球道具を買ってもらったことも……なにもかも。これも全て、紛い物の記憶なのでしょうか?」
「……それはおそらく、本物のモニカの思い出を移植されたのだろうな」
だがお前はゴーレムなのだ、とバースは言う。
「酷なことだが、お前は私の娘ではない。顔も声も、思い出さえもあの子に似せてあるが、根本的な部分でズレている。お前の体は空っぽの空洞だし、王都への憎悪は削除してある。それでは私の娘とは言えない。お前は娘の形をした人間爆弾なのだよ」
モニカは膝から崩れ落ちる。頬から伝い落ちた涙が、ぽたぽたと地面にシミを作った。
「……そ、んな……」
気まずい沈黙が流れる。
しばらく黙り込んでいたカイルだったが、やがて意を決した様子で語り始めた。
「俺は、仲間を助けられなかった」
「無駄口は慎め、鼻を切り落とされたいのか?」
「俺の仲間は、魔王に殺された」
「……ほう?」
一瞬、バースの腕が震えた。
「全員、女だった。助けられなかった。俺だけが生き残った。……けれど、とある方法を使って仲間を取り戻した」
「生き返らせたとでも言うのか?」
「……ある意味では。簡単に言うと、限りなく本人に近い別人と、出会いをやり直したんだ」
「故人によく似たゴーレムかホムンクルスでも作ったのか? 悪趣味だな」
それをお前が言うか? という言葉を噛み殺して、カイルは続ける。
「……俺もな、実をいうと今の仲間は紛い物なんじゃないか? と思うことがある。顔も声もそっくりだが、どこまでいってもあいつらは別人だ。俺は本当の意味で失った仲間を取り戻したわけじゃないんだ。でも、そんなのはあいつらにとっちゃ関係ない。関係ないんだ。あいつらには俺しかいない。だからもう、本物だとか偽物だとか、そんなことは考えないようにした」
「子供が大人に向かって説教かね?」
カイルの精神年齢は三十四歳相当なので、実は大人同士の説教なのだが、何も言わないでおく。
「バース、どうなんだ? お前は娘と同じ顔をした少女が泣きじゃくるのを見て、何も思わないのか? ここにいるモニカの主観だと、自分が人間ではないと判明した上、父親に突き放された状態なんだぞ?」
「立場ある人間が、情に流されると思うか? これは作りものだ……娘の形をした人形なのだ!」
バースは毅然とした声で叫ぶ。視線はひっくひっくとしゃくり上げるモニカに固定されていた。
「お父様……」
「黙れゴーレム! お前は任務に失敗した出来損ないだ! 本物のモニカを連れてこい!」
「ごめんなさい……産まれてきて、ごめんなさい……」
「そうだ、やっとわかったか。役目を果たせないゴーレムなど、ただの土くれ人形なのだ!」
「ごめんなさい……ごめ……なさ……」
バースは剣を持ち直すと、刃先をモニカの首筋に当てた。
「お父、様?」
「これ以上は見るに耐えない。娘と同じ顔で命乞いをし、あまつさえ王都の男と婚約するなど、恥さらしもいいところだ。私自ら引導を渡してやろう」
「……わかりました。……悪い娘で、申し訳、ありません……」
「ふん……」
そうして、バースは思い切り剣を振り上げると――
「……」
「お父様?」
「……」
「お父様? あの、なぜ震えているのですか?」
バースの剣は、振り下ろされなかった。それどころか、床に放り投げられてしまった。
「――くそ! 可愛いなあもう!」
とバースは叫んだ。そして、思い切りモニカを抱きしめる。
「お、お父様!?」
「……無理だ……私には……私には、お前を処分するなど……」
そう、それでこそ人の親だ、とカイルは頷く。
「やっと気付いたようだな、バースとやら。それが世界の真理だ。『可愛けりゃなんでもいいじゃん』、それこそが大切なのだ。俺もモニカの中身が空洞だとか材料が土かもしれないとか、そんな細かいことは全て度外視して抱きまくっている。お前の娘、中々具合がいいぞ。というわけでそいつを俺にくれ。そのうち入籍しようと思ってるんでな」
「き、貴様!? 既にうちの娘を傷物にしてるのか!? それが父親の前で言うセリフか!?」
「お父様落ち着いてください! さっきまで私を殺そうとしてたのに、いきなり父性と独占欲を見せられても混乱するだけです!」
「む、そうか」
バースは娘の言葉で少しだけ冷静になったらしく、こほんと咳ばらいをした。
「……まあ、確かに……ゴーレムだろうと嫁にもらってくれる男というのは、中々いないかもしれない。王都出身というのは気に食わないが……私はお前達の交際を認めるしかないのか……」
「というかリリーエ女子硬球部の全員と肉体関係を持ってるんだが、大丈夫だよな? 共和国は何人まで重婚が可能なんだ? 王都は人数に制限がないようなんだが、そっちの制度がよくわからなくてな」
「き、貴様! うちのモニカがおりながら、既に浮気までしてるのか!? それが父親の前で言うセリフか!? 殺してやる!」
「落ち着いてくださいお父様! 同意の上なのです……! 皆納得済みなのです……!」
やはり王都の人間とは気が合わぬ、とバースは息を切らしている。
だがこれは王都も共和国も関係なく、人類なら誰でもドン引きする打ち明け話であろう。
「まさかお前、人間の方のモニカにまで手を付けていないだろうな? ええ? その時は本当に殺してやるぞ?」
「まだ手を付けていないが、先のことはわからないな。俺にもよくわからないが、十行以上会話した女は抱いてしまう運命にあるようなんだ」
「……ここでお前を去勢しておいた方がいいかもしれぬな……」
モニカは父親の腕にしがみつき、「それだけはおやめください」と泣きついた。
「私はアレがないと生きていけないのです……お父様……後生です……!」
「……そ、そんなにあの男に仕込まれてるのか……なんということを……許せぬ……お前は私が手塩にかけて育てた娘だというのに……」
「お父様、私は魔法で錬成されたゴーレムです。多分貴方に育てられてはおりません」
「む、そうだったな」
この親子漫才はいつまで続くのだろう、と少々ダレてきたので、カイルはいよいよ本題に入る。
「なあ。モニカのテロは、お前の指示なのか?」
「ん? そうだ」
あっさりと肯定された。まるで悪いとも思っていないようだ。
「なぜそんな真似をした。人間同士で争って、得をするのは魔王軍だろうが。このままだとお前らのせいで同盟関係はグチャグチャだぞ」
「言っておくが、先に裏切ったのは貴様ら王都の民だろう」
「なに?」
「知らないとは言わせない。……お前達王都は、魔王に魂を売ったのだ! ゆえに同盟を破棄した! それの何が悪い!」
「ちょっと待て。お前は何を言ってるんだ?」
困惑するカイルに、バースはまくし立てる。
「我が共和国と王都は、魔法ベースボールの交流によって友情を育んだ国。……だというのに、貴様ら王都はサッカー派に切り替わろうとしている!」
「ま、まさかそれだけの理由でテロを起こしたのか?」
「それだけではない。お前達はここ数年、交流試合でまともに戦おうとしないと聞いている。おかげでもう何年もリリーエ女学院の圧勝で終わっているではないか。特に、魔法ベースボールの試合が酷い。もはや我々との試合では、手を抜くのが常態化しているのであろう? 我々と親睦を深める必要などない、という意思の表れだろうが」
「……違う。あれはリリーエのユニフォームが過激なせいだ」
「なんだと?」
唖然とするバースに、カイルは説明する。
「うちの硬球部は、童貞揃いなのでな。リリーエの肌露出にやられて、試合に集中できないらしい」
「馬鹿な……そんなことが……」
バースはしばらく放心していたが、「まあうちの国の女の子は可愛いしな。仕方ないか」と納得したらしかった。どうもこの男、愛国心なのか父性なのか知らないが、モニカだけでなく共和国の女子全般を誇らしく思っているようだ。
「では、お前達は交流試合で手を抜いたわけではないのだな?」
「そうだ」
「ならこの疑惑はどうなる? 王都は近年、内部でオークを飼っているという噂が立っていた。それが事実なのは既に裏が取れている。これもあって、お前達が魔王と内通しているという確信を抱いたのだ」
魔王側に寝返り、オークを侵入させていた男――バザロフ・ドラグノフ。
確かにあいつは、王都の人間だ。
そう考えると、王都が共和国を裏切っていたというのは、あながち間違っていたわけではない。
「……誤解の中に、ひとつまみの事実が混じって大ごとになったのか」
カイルは腕を組んで、バースを見下ろした。
全く話が通じないわけではないが、説得するには骨が折れそうである。
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