第61話 もにもに
「どうしてあんなものが……」
わけがわからない、と言いたげな顔のモニカと共に、足を進める。
オークの蹄は、通りがかるついでに蹴り飛ばした。それはくるくると回り、はるか向こうへと滑るように跳んでいく。
「臭うな」
町は明らかに尋常な状態ではなかった。
血と硝煙の臭いが、やたらと鼻をつくのだ。……火炎魔法ではなく、火器を使った戦争の形跡である。
火薬を用いた兵器は、この時代の最新テクノロジーと言ってよい。普通は技術流出を避けるため、可能な限り使用を避けるものだ。
それが気前よくぶっ放されたところを見るに、総力戦が行なわれたと見ていいだろう。
(本当に人間同士の革命騒動なのか? これではまるで――)
亜人か何かと、種の存続をかけた殺し合いをしたかのようではないか。
宿屋の壁に食い込んだ砲弾を眺めながら、カイルはそんなことを考えた。
「何が出てきてもおかしくないわけだな」
周囲を索敵しながら道を歩いていると、前方にT字路が見えてきた。殺意……それに人の気配がある。
カイルが足を止め、腕を水平に伸ばしてモニカを庇うような姿勢を取る。
次の瞬間、道の左右から、ぬっと人影が現れた。
いかつい槍を肩にかけた、人間の兵士達だ。
「なんだてめぇ……ってモニカお嬢様!?」
男達はモニカの顔を見た瞬間、わかりやすく驚いた。
なるほど。ここにいるモニカは作り物のゴーレムだが、革命政権のトップの娘と瓜二つの姿をしている。
これを使わない手はない。
カイルはモニカに「話を合わせろ」と耳打ちすると、男達に向かって大声で叫んだ。
「お前ら! モニカお嬢様は父君と会いたいそうだ! さっさと案内しろ!」
「へ、へえ!」
「それから女子硬球部の予算を増やしてほしいそうだ!」
「へえ! ただちに手配致します!」
「それと食事に馬、新品の武器と地図もほしい気分だそうだ!」
「どんな気分なんですかねそれ……ああいえ、乙女心は複雑っすからね、俺らには想像もつかない事情があるんすよね! ただちに!」
男達が大慌てで駆け去っていくのを見送りながら、カイルは笑った。隣では、モニカが「悪い人でらっしゃる」と忍び笑いを漏らしている。
……なんだかその楚々とした振る舞いが無性に愛らしかったので、裏通りに連れて行って二回ほど後ろから抱いてやった。
いい感じに時間潰しになったようで、着衣の乱れを直して表通りに戻ると、さきほどの男達が言われた品を全部用意して待っていた。
「うむ。褒めてつかわす」
おめえじゃなくてモニカお嬢様のために手配したんだよ……という小言を聞きながら、カイルは馬に跨った。
後ろでは、モニカも同じように騎乗の体勢に入っている。
「俺はモニカお嬢様が外部で雇った使用人でな。共和国のことはよくわからないんだ。お前達、ここで何が起こったのか教えてくれないか? ただの革命騒ぎじゃないだろうこれは」
「ああ? てめえよそ者かよ?……まさか王都のスパイじゃねえだろうな?」
貴方達は私の恋人を疑うのですか! とモニカが鋭い声を発する。
「こ、恋人……?」
やれやれ、モニカのやつめ。予想もつかないタイミングで独占欲を見せてくる。
カイルはバレてしまってはしょうがない、という顔で髪をかき上げた。
「ま、そういうことだ。俺はこれから、モニカの父親に結婚の許可をもらうため挨拶をするつもりだ。……花婿が妻の故郷について無知なのは、色々と不味いだろう?」
「なんだと……そんな……共和国中の男が憧れるモニカ様が、どこぞの馬の骨とも知らない男に……し、信じられるかよ!」
カイルは後ろに手を伸ばすと、馬の上だというのに器用にモニカの胸を揉み始めた。モニカのもにもにとした部分を、堂々ともにもにし続ける。
モニカは恥ずかしそうに俯いているが、一切の抵抗を見せない。それどころか、どこか嬉しそうですらある。
「これでわかっただろう? モニカは身も心も俺の虜なんだ」
「ぐ……くそ……っ! くそぉ! 幸せになりやがれ!」
男達は悔し涙を流しながら、共和国の情勢について語ってくれた。
なんでもモニカの父親率いる革命勢力は、無事に前政権を倒したそうだが――直後、どこかから出現したオークの軍勢に、侵略を受けたのだという。
今は革命政権と前政権の関係者が協力してオーク軍と戦闘を行なっているという、よくわからない状況に陥っているらしい。
「……王都に救援を頼もうにも、モニカお嬢様があっちで破壊工作をしてたわけでしょうから、それもできなくなっちまいましたし。最悪の展開っすよ。隣国に喧嘩売った瞬間、第三勢力に攻め込まれたんすから」
「ふむ」
少々できすぎているように思う。
オーク側に情報を漏らす、内通者がいるのではないだろうか?
「まあ、怪しいやつらは全員殺せばいいだけだ」
今はまず、モニカの父親と話をするべきだろう。
カイルは男達に指示を送り、道案内を始めさせた。
道中、モニカがどうしてもカイルとくっついて移動したいとねだるので、途中からカイルの馬に二人乗りすることになった。
モニカはカイルの前に座り、後ろから抱きしめられるような体制で手綱を握っている。
カイルは片手でモニカの乳房を愛でながら(これは婚約者だと信じ込ませるための演技の一環である。必要な行為なのである)、進行方向を睨み続けた。
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