第58話 外道のお時間

 カイルは、モニカの左胸を触診しながら呟く。

 

「……なるほどな。子宮内部で生じた魔力を、心臓に供給させて爆発させる仕組みになっているようだ。要するに、胸と子宮の両方が自爆機能として使われている」

「では……」

「解除するには、両方を同時に刺激する必要がありそうだ」

「そんなことが可能なのですか?」

「指先から魔力を注ぎ込んで、ピンポイントで魔法術式を書き換える。痛みは感じさせないつもりだ」


 わかりました、とモニカは頷く。


「や、やって下さい。私はもう、カイル様の女なのですから……どこをどう弄っても、一向に構いません!」


 その意気だ。とカイルは頷き返すと、モニカ達の体をさすり、ゆっくりと魔法術式を改変していった。外部からの遠隔操作は一切受け付けないようにし、ついでに球速も3㎞ほど上げてやる。これはサービスである。

 

 時間にして、約一時間。額に軽く汗をかき始めた頃、カイルは全てが無事に終わったことを確信した。


「……もういいぞ。これでお前達は爆破の恐怖から解放された。もう人間爆弾なんかじゃない。ただの、人間だ」


 わあ! と少女達が一斉に喜びの声を上げる。見目麗しいお嬢様達が嬉し泣きしながら抱き合う姿は、どこまでも美しい光景だった。「なんだか見てると変な気分になってくるわね」とレオナが台無しな感想を漏らしたのがアレだが、とにかく万事上手くいったのである。


「さて。お次はあちらの眠り姫だが」


 起きてるんだろ? とカイルは床で寝転がる、人間の方のモニカに声をかける。

 あのテロリスト娘が、さきほどから狸寝入りを決め込んでいるのはとっくに気付いていた。

 自分と同じ顔をしたゴーレムが体を弄り回される声を、一体どんな気分で聞いていたのだろうか?


「残念だったな。こいつらはもう、お前が何をしようと爆破できない。お前はこの九人の制御権を失ったんだよ」

「……」

 

 息をのむ気配が聞こえる。絶体絶命の状況に追い込まれたと、ようやく理解したのだろう。


「……殺しなさい」

「ほう」

「私とて共和国の女。敵地で囚われたら、どのような扱いを受けるかは知り抜いているつもりよ」

「殺す前に慰みものにされるとは考えないのか? 拷問だってありえるぞ? テロリストの分際で、穏やかに死ねると思うなよ」

「それはありえないわね」

「なぜ断言できる」

「……だって、貴方がそこのゴーレムどもを扱う手つきは、慈愛に満ちてたんですもの。貴方、女に甘いでしょう?」

「俺ほどの鬼畜はいない。いざとなったら女子供だろうと簡単に殺せる人間だ」

「どうだか。大体、私に危害を加えれば外交問題に発展するわよ? 貴方にその度胸がお有り?……私、有力者の娘なのよ。私に何かあったら、即座に二ヵ国は交戦状態に陥るでしょうね。あはっ。それも込みで、私がこの任務に選ばれたんだし。たとえ爆破に失敗したとしても、私が捕まることでやっぱり戦争を引き起こせるんだもの。あはっ、あははっ、あはははははっ!」


 狂ったように笑う、人間モニカ。ゴーレムよりもよほど非人間的な思考パターンに、カイルは怖気が走る思いだった。

 口ぶりからすると良家の子女であるらしいのに、何がここまで彼女を追い立てたのか。

 やはり、王都と共和国が争っていた時代が原因なのだろうか? とはいえモニカの年齢であれば、二つの国の戦争は生まれる前に終わっているはずだが。


 大人達から、歪んだ教育を受けたのかもしれない。終わった戦争の恨みつらみを子供に聞かせ続ければ、こうもなろう。

 

(――復讐心が生み出した狂気か)


 だが、それはカイル自身にも言えることだった。

 自分が魔王とオークに向ける無尽蔵の憎悪と、目の前の少女が王都に向ける敵意に、なんの違いがあろう?

 

「殺せばいいじゃない。どうしたの? 怖気付いたのかしら?」

「俺はお前を殺さない」

「あら。……そう。やっぱり甘い男なのね、貴方」


 人間モニカは、どこかみくびったような顔で寝返りを打った。

 死なないとわかった途端、このふてぶてしさ。本当にお嬢様なのかと疑いたくなるようなお人柄だ。


 ……人柄か。

  

 カイルの脳裏に、ある疑問が浮かんだ。

 九人のゴーレム少女達は、どのようにしてああも人間らしい人柄を獲得したのだろうか?

 何もないところから魂を錬成するなど、魔法技術の劣化したこの世界では不可能なはずだ。そうなると実在の人物をベースに、改変した人格を植え付けたと考えるのが妥当だ。

 もちろん、そのベースとなった人格は、ゴーレムのオリジナルとなった少女達だろう。


 となるとゴーレムのモニカは、この人間モニカの人格とかなりの共通点を持っていると見るべきだ。あくまで王都側への好意を人為的に与えられただけで、基本的な思考は一致している可能性がある。

 ……だとすると。


「なあ、モニカ。ああ、二人とも反応するのか。くそ、面倒だな。ゴーレムの方のモニカ、お前はどのあたりから記憶があるんだ?」

「……もちろん、幼少期からずっとですわ。物心のついた三歳頃から、今に至るまで……」

「ふむ。ひょっとするとその記憶は、人間の方のモニカが持っていたものをそのまま与えたんじゃないか? どうなんだ?」


 答える義務はないわ、と人間モニカはつっぱねる。


「そうか。……ならいい。強がっていられるのも今のうちだ」


 カイルはコキコキと首を鳴らすと、ゴーレムのモニカに顔を向ける。こちらのモニカは澄み切った瞳をしていて、カイルの言うことなら何でも聞いてくれそうだ。


「モニカ、俺の質問には全て答えてくれ。いいな?」

「ええ、私に協力できることなら、どんなことでも」

「そうか。じゃあお前、初潮はいつ来た?」

「……え?」

「だから、いつ女になったんだと聞いてるんだが」

「……十二歳の頃でしたが」


 ゴーレムのモニカは、ほんのりと頬を染めながら答える。


「あの、これが何か」

「じゃあ次の質問だ。……お前、週に何回自慰をする?」

「カイル様!?」

「言えよモニカ。お前とあっちのモニカは、王都に関すること以外は共通の記憶を持っているかもしれないんだ。つまり、お前の恥ずかしい思い出は、あいつの恥でもある」

「……な、なるほど……!」


 そう。

 こちらの素直な方のモニカから、恥部を引き出せば――それは同時に、もう一人のモニカへ羞恥責めを行なうことにもなる。

 強情なテロリストの心をへし折る、なんとも悪辣な尋問なのだった。


 現に人間モニカは口をパクパクと開け閉めさせ、「この外道は何を言ってるんだ」と言いたげな顔をしている。


「で、どうなんだモニカ? お前は週に何回自慰をするんだ?」

「は、八回です」

「女にしては多いな。そういえば昨晩は俺でしたんだったか?」

「……は、はい……」

「普段はどういう男のことを考えながら、どういうシチュエーションの妄想をするんだ?」

「え、えっと……その……」

「なんだその、虫の羽音のような声は? もっと部屋中の皆に聞こえそうな声で、はきはきと言ってくれないか。でなきゃもう一人のお前が口を割らないだろう?」

「……ち、痴漢です! 裏通りを歩いているところをガラの悪い男性に取り囲まれて、無理やりっぽい感じで痴漢される妄想をしながらやってます!」

「ふーむ。お嬢様には似つかわしくない、際どい状況が好きなんだなお前は。わかった、今後の参考にしておこう」


 嘘よ! 嘘嘘! そのゴーレムはでたらめを吐いてるの! と人間モニカが騒ぎ立てる。けれどその初々しい反応は、真実が暴露されていると白状しているようなものだった。


「じゃあ次の質問だ。最後におねしょをしたのは何時だ?」

「……じゅ、十一歳の夏に……」

「割と最近じゃないか。水でも飲み過ぎたのか?」

「夢の中でおトイレに行ったと思ったら、現実世界でしゃわわーっとなってた感じでして……」

「そうか。災難だったな」

「嘘ー!! それ嘘だからぁ! そのゴーレムは壊れてるの! ぜんぶぜんぶ嘘だからっ! それっ!」


 カイルはその後もきわどい質問を続け、ゴーレムのモニカは顔を真っ赤にしながらもすらすらと答えた。 

 そんなやり取りが十数回ほど繰り返されたところで、人間のモニカは「もう、やめて、ください」と白旗を挙げたのだった。


「最初からそうしてればいいんだ。余計な手間をかけさせるんじゃない」

「……うっ……ううっ……」


 もうお嫁に行けない、といった様子で泣き伏せる人間モニカに、傲然とたずねる。


「で、お前はどんな組織に所属してるんだ? 共和国は今どういう情勢なんだ? 知っていることを洗いざらい話してもらおうか」

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