第59話 走れカイル

 モニカは両手で顔を覆いながら、消え入りそうな声で語り始めた。


「共和国はもう落ちてるのよ」


 どういうことだ? と問い詰めるカイルに、モニカは説明を続ける。


 なんでも共和国内で革命が起こり、王都との融和政策を重視していた政権は、一夜のうちに倒されてしまったらしい。

 今は複数の有力諸侯の話し合いによって、国が運営されているそうだ。


「で、その有力諸侯とやらはどいつもこいつも過激派揃いというわけか」

「私のお父様もその一人なのよ。馬鹿にしないでちょうだい」


 革命勢力の指導者層の娘となると、よからぬ思想に染まるのも当然かもしれない。カイルはこの若い犯罪者に対して、いささかの同情を覚えた。

 とはいえ、やったことはやったことだ。

 今はまだ使い道があるから自由にさせてやるが、全てが終わったら、王都の独房でたっぷりと罪を償ってもらうとしよう。


「大体の事情はわかった。要するに魔王とオークが悪いんだな」

「ええ、そうよ。王都なんてね、私達にとっては仮想敵国でしかないんだわ。馴れ馴れしくしてる方が不自然だったのよ。腰抜けの平和主義者どもが同盟を主張したところで、貴方達を憎む者は共和国にはたくさん……。待って、貴方今なんて言った?」

「魔王とオークが悪い、と言ったんだが」

「……貴方、私の話を聞いてなかったのかしら。共和国は人間の引き起こした革命によって、王都の敵対国となったのだけど?」

「お前こそ、こんな簡単なこともわからないのか? 革命だろうがテロだろうが飢饉だろうがなんだろうが、悪い出来事はなんでも糞カスの魔王とオークの仕業なんだよ。あいつらこそが悪なんだよ! 殺してやる……一匹残らず地上から駆逐してやる!」

「な、なんなの貴方……どうしてこのタイミングで無関係の魔王に切れてるの……? あとオークの知能じゃ、革命云々に関わるのはまず無理よ? そもそもこの革命計画を立てたのはうちのお父様だし……」

 

 なにやらごにょごにょと自白しているが、そんな事実などカイルにとってはどうでもいいことである。


「オークが悪い」

「だから王都への破壊工作は、私の父が計画したことであって」

「どうせオークが黒幕なんだろ」

「私のお父様はこの日のために入念に準備を続けてきた人で……」

「オークが悪い」

「聞いて」

「オークはどこだ? 早く殺させろ」

「……私の」

「オークにやれって言われたんだろ!? なあ!? あいつらに脅されたんだろうが!? 知ってんだよ俺は!」

「はい」


 それでいいんだ、とカイルは頷く。

 一見意味不明の錯乱状態にしか見えないが、カイルにはあるプランがあった。


 なにもかも全部、オークのせいにして穏便に解決すればいいや。


 というものである。

 このままでは共和国側に明確な敵意があったと露見してしまい、本当に戦争が始まりかねない。ならば事態が大ごとになる前にカイルが共和国に向かい、暴力を用いて有力諸侯とやらを屈服させ、適当にその辺で捕まえたオークに全ての罪を押し付ければいい。


 それが済んだら、王都の皆に「オークが首謀者で、共和国の人々を脅していたようだ」とでも報告する。これで王都の世論はオーク許すまじに傾き、二ヵ国は平和な交流を続けられる、というラブ&ピースに満ちた計画である。

 人間同士で争うのを防いだ上に、忌々しいオークどもに冤罪をなすりつけられるのだから、カイルからすれば二重に美味しいプランだった。

 

「善(?)は急げだ。さっさと行くか」


 カイルは身を起こすと、ゴーレムの方のモニカに声をかけた。


「共和国まで案内してくれるか? 道がよくわからんのでな」

「な、何をするおつもりでしょうか」

「ん? 共和国を不正に占拠しているくだらんテロ組織を、ぶっ潰しに行くんだが?」

「……今からですか?」

「ああ」

「……単身で、ですか?」

「お前も一緒だろ?」

「無茶です!」


 そうよ、たった二人で何ができるのよ、とレオナも口をはさんでくる。


「私も付いてくわ」

「駄目だ。大所帯になればなるほど悪目立ちする」

「でも……」

「安心しろ。――ピッチャーってのは、決め球を打たれることでしか死なない。そういう生き物なんだ」


 つまり野球と無関係の場所なら、無敵なんだ。

 無茶苦茶な屁理屈を口にするカイルだったが、レオナはうっとりとした顔で「それもそうね」と納得していた。カイルに惚れ切っているのもあるが、さきほどあらゆる角度から六連続で抱いたせいで、思考がとろけているせいもあるだろう。


「じゃあ、俺はちょっと国を救いに行って来る。お前らはそっちのモニカを見張っててくれ」


 それだけ言い残すと、カイルはゴーレム・モニカの手を引いて、悠々とホテルを飛び出したのだった。

 

「足はどう致します?」

「走る」


 馬を借りようかとも思ったが、どう考えても魔力で強化したカイルの方が速度が出る。多少スタミナは消費するだろうが、ちょっとしたロードワークと思えばいい。


「乗れ。多分これが一番速い」


 カイルはモニカを背負うと、ものの数秒で王都の正門を通り抜けた。


「きゃあああああああっ!?」


 一瞬にして最高速度に到達すると、カイルは風避けの魔力結界で体を包み込んだ。これで少しは乗り心地が良くなったはずだ。


「で、どっちの方向だ? 東にあるのは把握してるんだが」

「あ、あちらに……」


 モニカが伸ばした指は、やや北西の方を向いている。カイルはそちらに軌道を修正すると、再び速度を上げた。


(む?)


 道中、すっぱりと首が切断された馬の死体を見つけたが、これも人間モニカがやったことなのだろうか? 魔法剣の使い手なようだし、十分ありうることだが……。

 

(今は馬の死体なんぞに構っている暇はない)


 カイルは余計な思考を振り払い、走ることに専念した。モニカのたわわに実った乳房が背中にぎううううっと押し付けられているが、その感触も綺麗さっぱり思考から振り払った。推定88センチメイテルほどはありそうで、アイリスと中々いい勝負といったところだが、思考から追い払ってるったら追い払ってるのである。


「ブゴォ……! ブゴォブゴォ!」


 カイルが背中に全神経を集中させていると、人骨をしゃぶる豚人間の一団が見えてきた。

 オークの群れだ。


「ちょうどいいところにいるな」


 またとない幸運である。

 しかも口に咥えた人骨には生乾きの血や肉がこびりついており、人を襲ってきたばかりの極悪集団だと確定している。


 これを殺すのは、完全に正義の行いである。


「死ね」


 カイルは、結界で防護されたままの体でできる、最も原始的な攻撃手段を用いることにした。

 即ち、突撃。

 ――否――この場合は衝突事故だろうか。


「ブゴオ!?」


 一陣の風となったカイルは、オーク集団の真ん中にあえて突っ込んでいった。

 

「ブゴオオオオオオオオオオ!」


 無傷のカイルとモニカとは対照的に、哀れな豚人間どもは手足を複雑な方向に曲げながら吹き飛んで行く。


「うむ。我ながらいい轢き逃げだった」

「凄まじいまでの鬼畜っぷりですね……でも、そこが素敵です……」


 ますます強く胸を押し当ててくるモニカとじゃれ合いながら、カイルはUターンして元来た道を引き返した。

 

「これがいいな」


 己の作り上げた轢死体の中から、一番見栄えのいいものを選び取り、ぶちりと首をちぎり取る。おもむろにそれを腰に下げると、またもや王都に向かって走り出す。


(容疑者確保)


 あとは力づくで解決するのみである。

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