第54話 雷も滴るいい男

 ベンチに戻ったカイルは、さっそくチームの皆に事情を説明した。


「おいおい、そんじゃあ誰かが戦争を起こそうと画策してるってことか?」


 唖然とするキャプテンに、「そうだ」と頷いてみせる。

 

「向こうのピッチャーはゴーレムと入れ替わっていた。こちらの過激派と、リリーエに仕込んだ自爆要員との相乗効果で紛争を引き起こそうとしたのだろう。つまり国を跨いで活動するような連中が暗躍してるんだ」


 カイルの言葉に、一同が静まり返る。無理もない。彼らは純朴な野球少年なのだ。多少魔法の技能があれど、国家規模の陰謀に立ち向かえるほどの英傑ではあるまい。

 だからここは、カイルが動かねばならないのだろう。


「そういうわけで、俺は今回の騒動を起こした輩を全員殺そうと思う」

「そういうわけでって……いやカイルなら多分やっちまうんだろうな。……で、心当たりはあるのか?」

「ああ。もちろん糞カスの魔王とオークが悪い。全部あいつらのせいなんだよ……! 皆殺しにしてやる!」

「ちょい待て」


 落ち着け、とキャプテンはカイルの肩に手を置いた。


「裏で魔王が手を引いてるのはありえるだろうが、いくらなんでも今から殺しに行くってのは現実的じゃないし、オークに妙な策を練るほどの知恵はないだろ……魔王に忠誠を誓った人間が潜り込んでるとか、あるいは単に王都と共和国の関係を悪化させたいだけな輩が犯人じゃないのか? 二ヵ国の同盟を嫌がるやつは、魔王以外にもうようよいる。結構厄介だぜこれ。誰がホシなのか特定し辛い」


 カイルは、キャプテンが久々にまともな発言をしたので驚いていた。てっきりこの男は幼女にしか興味がないと思っていたのだが、小さな女の子が絡んでいない場面であれば健常者として振る舞えるらしい。


「でもまあ、俺にできることならなんだって協力するよ。俺、こういう騒ぎって許せねえんだ。観客席で十歳くらいの女の子が泣いてるのを見たらさ……やりきれない気持ちになったんだ」

「……キャプテン」

「あと八歳くらいの金髪の子も怖がってたし、十一歳くらいの茶髪の子も怯えてたな。十二歳くらいの巻き髪の子なんて、赤フード連中が飛び降りる際に体をぶつけられてたんだぜ。マジで許せねえよ!」

 

 一体いつの間にスタンドの幼女をチェックしていたのか知らないが、とにかくキャプテンは正義の心を燃やしているらしかった。

 なら多少無茶な要求も聞き入れてくれるかもしれない。

 

 それとなく球場の出入り口を見張る頼み込んでみたところ、キャプテンは快く引き受けてくれた。

 これで不審者が逃げ出すのは防げるはずだ。……仮に力づくって突破しようと試みても、何かしら騒ぎが起きるはずだろう。

 時間稼ぎをしてくれるだけでも意味はある。


「あとは……あの赤フード連中への聞き込みだな」


 観客席から降下してきたテロリスト達は、カイルが容赦なく暴行を加えた甲斐もあって、全員が身柄を拘束されていた。駆けつけた警備兵によって地面に伏せられており、手足をバタつかせながら暴言を吐き散らしている。

「共和国の雌豚に死を」といった罵倒が聞こえてくるので、やはり動機は共和国への恨みだろう。


(誰に焚き付けられたんだ?)


 カイルは黒幕を吐かせるべく、男達の元へと向かった。

 ……が、観客席がパニックに陥ってのが視界に入ったため、それどころではないと思い知らされる。


「面倒なことになったな」


 突如として試合が中断し、目の前でテロ集団が現れたのだ。恐怖心を抱くのは当然だ。

 だが、これではかえって危険な目に遭いかねない。

 大衆心理とは恐ろしいもので、観客は今や乱闘騒ぎを起こしかねない勢いである。


 落ち着かせるにはどうすればいいか……。


 1、説得

 2、暴力

 3、催眠


「催眠が無難か」


 別に殴って止めてもよかったのだが、事後処理が面倒なので眠らせることにした。

 カイルは指輪によって得たカーライルの知識……昏睡魔法をフル出力で唱え、会場にいる全員を昏睡させることにした。

 デリケートな魔法であるため威力の調整が難しく、「軽くまどろむ程度」か「何をされても起きないようにする」のどちらかしか選べないが、今回は後者で問題ないだろう。

 なぜならこれで、黒幕の炙り出しが行なえるのだから。


 カイルは全身全霊で魔法を唱えると、一瞬でその場に静寂をもたらした。

 

「……これ、カイルがやったの!?」

「カイル君はどこまでスケールが大きいんでしょうね」

「ご主人様は、全部おっきい……」


 レオナの叫ぶ声が聞こえる。その両隣では、アイリスとロゼッタも目をぱちくりとさせていた。高い魔力の素質を持つ人間は、状態異常魔法を弾くことがある。旧勇者パーティーのメンバーだったレオナ達ならば、十分にありうることだ。

 だが――ただの観客でありながらカイルの放った催眠魔法を弾いた者がいたとすれば――そいつは一般人ではない。


「……どういう……」


 見つけた。

 レオナの斜め後ろの席で、赤いフードを被った人影が蠢いているのが見えた。


 お前か。カイルは悪鬼の如き形相になると、一足で観客席へと跳び移った。

 

「逃げられると思うな」


 以外にも、フードの人物は華奢な体つきである。肩のラインからすると、あまり筋肉もついてない。子供かもしれない。あるいは女か。

 なんにせよ、あとは捕まえるだけだ。カイルが一歩踏み込んだ瞬間、


「……雷撃ライトニング!


 澄んだ声で、攻撃魔法が詠唱された。

 声変わり前の少年か?

 そんなことを考えながら、カイルはガードの姿勢を取った。 


 顔の前で腕をクロスさせ、魔力で編まれた電流を受け止める。ドゴォン! と落雷のような音が響いたが、それだけである。


「こんなものか」

「なっ……!?」


 髪の毛からプスプスと煙が上がっているが、特に外傷の類はない。何の問題もない。


「なぜ!? 直撃のはずじゃ……」

「悪いが投手ってのは生半可な鍛え方をしてないんでな。雷が直撃しようが投げ続ける。それがピッチャーなんだよ」


 などとカイルは言っているが、ピッチャーどうこうは全然関係ないことである。単にカイルの体がありえないほど頑丈なだけなのだが、それを言うのは野暮というものだろう。


「チェックメイトだな」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、カイルは赤フードの不審者を捕まえた。左手で体を押さえつけ、右手で頭を覆う布を引き破る。

 フードの下の、隠された顔があらわとなり――


「……何?」

 

 ――予想外の事態に、カイルの手がぴたりと止まる。

 なぜだ。なぜお前がここにいる?

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