第53話 33-4
八回まで登板したカイルは、無失点のまま十本以上のホームランを打っていた。
もはや試合を通り越して、一方的なレイプと言っていい展開である。
さすがに相手チームが気の毒になってきたので、自らピッチャー交代を申し出てみた。
代わってマウンドを任されたのは、レフトを守っていたキャプテンだ。そこそこ球速は出るようだが、制球に難があるらしい。
「あっ、わりぃ」
四球を連発したキャプテンはイルザにタイムリーヒットを浴び、四点を失う大失態をやらかした。
よってスコアは、33-4となる。
「カイルはなんであの球威でコントロールもいいんだ……? 俺と何が違うってんだよ……?」
「そりゃあやっぱ、体じゃないか。カイルの脚はキャプテンと違って筋肉で覆われてるし、ついでに言えば何人も女を喜ばせてアレも鍛てるだろうしな……キャプテンのはちっちぇえもん。そのへんも制球に影響してんじゃないか」
「なんでだ! 下半身関係ないだろ!?」
とまあ、こちらのベンチはくだらないやり取りで盛り上がるくらい余裕があるのだが、対照的にリリーエ側は痛ましいムードである。先発を任されたメイは泣き腫らした顔をしているし、二番手三番手の投手もことごとくカイルに打ち砕かれていた。
なお、あちらはベンチメンバーを連れてきてないため、外野の三人をピッチャーに交代させることでしのいでいる。魔法球技は回復魔法で疲労を取ることができるため、ベンチに交代要員を用意しない傾向にあるのだ。
(……ベンチにも選手がいれば、そいつが怪しかったのだがな)
いよいよ最終打席。未だ首無し女は現れず、襲撃があるとしたらこの回しかないというところまで来ている。
カイルはバッターボックスに立つと、観客席に意識を集中させた。
またも殺意の波動を感じるが、どうせ今度もレオナ達の嫉妬だろうと思い、笑いながら顔を上げた。
すると、赤いフードの男がこちらに手を向けているのが見えた。既に手のひらが輝きを帯び始めている。明らかに攻撃魔法を撃つ気でいるようだ。
……おかしい。レオナの予知によれば、襲撃者は女だったはずだが。
(俺が取った行動によって、未来が変わったのか?)
首を傾げていると、相手投手が投球姿勢に入った。
今は試合どころではないのだが、やむを得まい。
せっかくだから、このボールを使わせてもらおうとしよう。
「――行け!」
カイルはカーブを全力で打ち返し、巧みなバットコントロールでスタンドの一点を狙い撃ちした。
赤フードの男の顔面へ、弾丸ライナーが直撃する。
「観客に当たったか!?」
慌てて審判が飛び出すが、カイルは制止をかけた。
「待て! あの男はこちらに攻撃魔法を使おうとしていたんだ。不用意に近付かない方がいい」
「なんだって?」
「テロリストかもしれない」
「……まさか君は、狙ってあの男にボールを当てたというのか?」
「お前らはできないのか?」
嘘だろう? と審判が硬直する。私も色々な選手を見てきたが、このレベルの二刀流選手は初めてだ……と相変わらずベースボールなリアクションを続けているが、とにかくそれに付き合っている暇はない。
「この試合は中止だ」
見れば赤いフードを被った者達が、次々に観客席から飛び降りてくる。突然の出来事に、女学院の生徒達は対応できないでいた。
「……観客の乱入ですか?」
呟くモニカに、まだわからないのかとカイルは諭す。
「早くあいつらをベンチに戻せ! お前らは狙われてるんだぞ!」
「嘘でしょう?」
嘘ではない。現にフードの男達は、魔法の発動体勢に入っている。
交流試合の最中に、隣国の子女へ危害を加えるという最悪のテロ行為が始まろうとしているのだ。
「ちっ」
カイルはバッターボックスを飛び出すと、全力で外野へと走った。
そのまま勢いを殺さず跳躍し、テロリストの一人へ飛び蹴りをお見舞いする。
時間にしてコンマ0.2秒。傍目には瞬間移動のように見えているかもしれない。
「なっ……お前どこから!?」
「打席からだ」
驚愕する男の顔面を、靴底で粉砕する。血しぶきや歯や、その他色々飛んで行ったら不味いパーツが吹き飛んでいったが、緊急事態につき無問題である。どうせあとで魔法で治せばいいしの精神で、カイルは襲撃者を排除し続ける。
無論、唖然としているリリーエの面々に、避難を呼びかけるのも忘れない。
「何をやってる!? お前達は早く逃げろ!」
「で、でも……私達も手伝うよ!」
「駄目だ! お前らがこいつらに手を出したら、外交問題になる! それがこの男達の狙いなんだ! 王都の犯罪者は、王都の人間が裁かなきゃならない!」
「……んあー! めんどうだなもう!」
外野を守っていたガブリエラ、オリビア、オルガの三人は、口惜しそうにベンチへと駆け出して行った。気持ちはよくわかる。もしもカイルが同じ立場だったら、国の情勢がどうのこうのなんてガン無視して暴れ回っているところだ。
そこが淑女と狂戦士の違いといったところか。
カイルは走りゆく少女の背中を目で追いながら、周囲の赤フードを両腕で牽制する。
さきほど見せた格闘術のインパクトがあったせいか、男達はこわばった顔で距離で後退していく。
精鋭揃いのリリーエ女学院に遅いかかるくらいだからどんな手練れかと思えば、意外に気が小さいようだ。
(――こいつら、動きが鈍い)
ひょっとしたらこのテロリスト達は、専門的な戦闘トレーニングを受けた経験がないのかもしれない。身のこなし、筋肉の付き具合、眼光――その全てが素人じみているのだ。
もしや暴徒化した観客が、興奮して観客席を飛び降りただけなのか?
案外大した事件ではないかもしれないな、とカイルが安堵した、その時だった。
(――殺気)
カイルが咄嗟に背後を振り向くと、マウンドに立っていたメイが凄まじい目でこちらを睨みつけていた。
……いきなり遠征先で襲撃を受けたのだから無理もないかもしれないが、それにしたって様子がおかしい。
あれではまるで、カイルに敵意を向けているようではないか。
あまりに打ち込んだせいで、恨まれてしまったのだろうか。
カイルが眉をしかめていると、ふいにメイは右手で胸を押さえた。心臓の痛みをこらえるような仕草だ。
「?」
不測の事態が続いたせいで、動機が起きた……?
違う。
明らかにメイの中で魔力が膨張している。
メイの目、耳、鼻、口、ありとあらゆる穴から光の帯が漏れ出す。
「……よせ!」
一体あの女子ピッチャーは何を考えているのか。
よりにもよって、球場のド真ん中で極大の自爆呪文を唱えようとしているのだ。何人の観客が巻き込まれるのかは、想像したくもない。
カイルは即座に観客席の前に防御結界を張り、まずは被害者が出るのを未然に防いだ。
あとはメイ自身も死なせないようにして確保したいところだが……。
最悪、身を盾にすることも考えねばならない。
唇を嚙みながらメイに駆け寄り、どうにかして呪文をキャンセルさせられないか試みようとした、その時だった。
マウンドに着いたカイルをすり抜けるようにして、バッターボックスから一陣の風が吹いた。
それは何者かの剣閃だった。
魔力を帯びた光の刃は、ものの一瞬でメイの首を斬り落としたのだ。
「……あ……っ」
ドサリと音を立てて、少女の頭が地面に落ちる。
あまりにも切り口な見事なせいか、メイはの体はまだ自身の絶命に気付いていないようだ。首を失ったままよろよろと歩き回り、なんとカイルに腕を伸ばすような動きすらして見せた。
「……カイル様……」
震える声は、モニカのものだ。
見れば右手から光の刃を生成している。どうやらこれでメイを斬ったらしい。
自爆魔法による無差別攻撃を引き起こすくらいなら、仲間であろうと容赦なく殺める。それは生徒会長としては当たり前の判断だろう。
だが、一人の少女としてのモニカは、深く傷ついているらしかった。
両目から涙を流し、絶望の目でカイルを見ている。
「どうしてこんなことに……」
わからない。
ただ一つ言えるのは、もはや平和な交流は終わりを告げたということだ。
王都側の犯罪者がリリーエの生徒を襲い、自爆で反撃を試みた生徒は、生徒会長自らの手で粛清された。
誰がどう見たって戦争の火種であり、このまま放っておけば、二国間の関係は間違いなくこじれるだろう。
カイルは沈痛な面持ちで足を進め、メイの亡骸を抱き上げた。せめて首と胴を繋ぎ合わせた状態で死体を返還すれば、少しは心証が良くなるだろうか。
「……ん?」
と。
メイを担いだ瞬間、カイルは妙な違和感を感じた。
いくら首を失ったといえど、十代半ばの少女にしては軽すぎる気がするのだ。
カイルは何気なく、メイの首の断面を覗き込んでみた。
脊髄や食道や気管がみっちりと詰まった、グロテスクな絵面を想像していたのだが、そこにあったのはただの空洞だった。
何もない肉の器の中に、無数の護符が貼られている。
「……
カイルは、泣きじゃくるモニカにたずねる。
「なあ。メイがゴーレムなのは皆知ってるのか?」
「……? メイは間違いなく人間のはずですが……」
「……じゃあこれはなんだ」
カイルはメイの体を傾け、モニカに断面が見えるようにする。
「……どういう……」
「まだ希望は残ってるってわけだな」
メイの死体を右肩に担ぎ、空いた左手でモニカの頭を撫でる。
「このゴーレムは、事前に本物のメイと入れ替わってたんだろう。おそらく試合中に自爆攻撃を行なって、外交関係を悪化させるのが目的だったんだ」
「……じゃあ……!」
「ああ。多分あの赤フードともグルじゃないか。戦争を起こしたがってる黒幕がどこかにいる」
モニカはカイルを上目使いに見上げる。ようやく見つけた光明に、縋り付くかのようだ。
「そいつを見つけ出して事情を吐かせれば、俺達の国がぶつかり合うような事態は避けられるかもしれない」
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