第48話 圧倒的先発オーラ
「リリーエのユニフォームはな、下がスカートなんだわ」
つまり試合中にパンチラしまくりなんだなこれが、とキュウジは言う。
「去年、観戦したからわかるんだけどよ……ありゃあ心臓に悪いぜ。スポーツ用の見えてもいいパンツらしいんだが、俺らからするとそんなん知るかって感じだし。普通のパンツと同じくらい集中力奪われるんだからさ」
そうそう、と硬球部のいがぐり頭どもが頷く。
これはなんの作戦会議なのだろうか?
「というわけで、試合中は俺らほぼ使いものにならないんで、よろしく」
「何がよろしくだ」
カイルの突っ込みに、硬球部員達は力なくうなだれる。
「あのユニフォームに変わってからというもの、俺らは負けっぱなしなんだよ。絶対俺らが女慣れしてないのを計算した上でスカートタイプにしたんだ。こんな酷い話があるか!?」
「だったらあいつらも男慣れしていないようだし、お前らも下着を見せながらプレーしてみたらどうだ」
「なんであの子らが男慣れしてないってわかるんだ?」
「……女学院なんて環境なんだ、普通に考えれば男に接する機会がないとわかるだろう」
「なあカイル、まさかもうあの子達に手を出したりしてないよな?」
「するわけないだろ。なんだ疑うのか? 俺とお前の仲だろう?」
カイルは濁った目でキュウジの瞳を見つめた。
「……そうだな。お前は一見するとヤバげな虐殺ハーレム野郎だけど、実は友情に厚い男だもんな。信じるよ」
「わかってくれたか」
「ところでずっと気になってたんだけどさ、カイルの指、なんかいい匂いしねえか? いやいつも女の匂いを漂わせてはいるんだけどよ、今日はいつも以上に深みのある匂いがするっつーか。もしもお嬢様学校の更衣室に顔を突っ込んだら、こんな香りがするんじゃないか? って臭気が漂ってるんだが」
念入りに手を洗ったはずだが、まだ昨日の少女臭がこびりついていたようだ。
それとも、キュウジの鼻が異様にいいのだろうか?
カイルは爽やかな笑みを浮かべながら、「登校前にレオナを抱いてきたんだ」とごまかした。
「あいつも一応お嬢様だろ? 素手でベタベタ触ると、上流階級の匂いが染みついてしまうんだ」
「そ、そっか。レオナと一発やってきたのか。自分の彼女を抱いたならただの純愛だから、なんの問題もないな。そうだよな。俺てっきり、対戦前に相手チームといかがわしいことをしてきたのかと思っちまってさ。……カイルは命の恩人なのにな。俺は自分が恥ずかしいよ。――カイル、俺を殴れ! でなきゃ気が済まねえ!」
「お前は一々ノリが熱血なんだよ」
ペシ、と軽く頬をはたき、キュウジのフレンドシップを満足させてやる。
それからカイルは、今日キャッチャーを担当する三年生を呼び寄せ、サインや球種の確認に入った。
(どの球を軸にするべきだろうな)
カイルの持ち球は、ストレート、スライダー、カーブ、SFFの四種類だ。
もちろん決め球はストレートで、全力で投げれば音速はおろか光速さえ超えてしまう、物理法則どこいったな魔球である。
が、自慢の速球にも一個だけ弱点がある。
本気で投げると、キャッチャーが死んでしまうのだ。
カイルの全力投球をキャッチできる人間は、この世に存在しない。
(球速を抑えなければならないのか)
ままならないものである。キャッチャーも身体強化の魔法を使うとはいえ、精々1〇〇〇キロ程度の速球が限度だろう。
「となると、あとは四段階に曲がるカーブに頼るしかないのか」
「いや十分すげえよ。お前は力をセーブしても普通に化物だから。頼むから相手選手を死なせないでくれよ」
デッドボールにさえ気を付けてくれればそれでいいから、とキュウジは苦笑いする。
「ぶつけたら国際問題だからな。ぶっちゃけ俺が一番警戒してるのはこれだ。まあカイルのコントロールなら大丈夫だと思うが」
「当然だ。俺が今まで失投したことが一度でもあったか?」
「ないな」
投手力は何も問題ないのだから、あとは如何に打線が奮発するかにかかっている。
カイルは「お前らの方こそしっかりしろよ」と、キュウジに檄を飛ばした。
「わかってるよ。ダチをバッティングで援護するのは、野手の務めだろ?」
などと格好つけたことを言っているが、キュウジはベンチメンバーである。
まだ一年生なので、よほどのことがない限り試合に出させてもらえないのは明白だった。
「……そろそろグラウンド行こうぜ。開会式が始まる」
硬球部の集団に混ざり、のろのろと移動を開始する。
見れば他の運動部員も動き出しているようで、廊下の向こう側ではフットボール部の連中が列を作っている。
先頭歩いているのは、金髪の長身……確かルーカスとかいう上級生だ。
左右に女子マネージャーらしき生徒を侍らせていて、楽しそうにお喋りしている。
「でさ、あいつら俺がガン飛ばしたら、泣きながらグラウンドを譲ってくださいって土下座してきてさ」
「へー。それで最近硬球部の子らが朝練してるんだ」
「そーそー。俺らの方が立場上だから、施してやった感じ?」
情けないことに、カイルに懲らしめられてグラウンドから追い出されたエピソードを、嘘でコーティングして武勇伝にしているらしい。
これで騙される女子も女子だが、ルーカスはいよいよ救いようがない。
前世でもここまで情けない男はいなかったぞ、とカイルは肩をすくめた。
もはや視界に入れる価値もない。
呆れて通り過ぎようとしたが、硬球部の連中はカイルほど大人ではなかったようだ。
「あの野郎……! 調子こきやがって」
坊主頭の集団は、ずんずんとフットボールに近付いていく。
おいおい、試合直前に喧嘩か? うんざりしながら後を追うと、とっくに口論が始まっていた。
「てめえ話盛ってんじゃねえよ! カイルに負けて泣き言吐いてたのはどっちだよ?」
「やれやれ。これだから暑苦しい丸刈り君は。女子にモテないスポーツだからって、妬いてるんだろうな」
ルーカスはいかにも女受けしそうな笑みを浮かべ、両隣の女子生徒達をうっとりさせていた。
「大体ね、そのカイルとかいうのはどこにいるんだい? 彼、硬球部の正式メンバーじゃないんだろう?……ははっ。あの日限りの助っ人で威張られてもねえ」
どうやらルーカスは、カイルをグラウンド争い限定の助っ人を思い込んでいるらしかった。
「そのカイルとやらが君達の仲間だというなら、今すぐ連れてきたまえよ?」
と楽しそうに挑発している。
「できないんだろう? そもそもカイルなんて一年が、存在しているかどうかすら疑わしいね。銀髪で、音より速い球を投げる? は、妄想の産物としか思えないな。ほらね? 野球やってるやつなんてのは、息をするように嘘が出てくるのさ」
ルーカスは、甘い声で女子マネージャーに囁く。
調子に乗りまくっているところを悪いが、そろそろ現実を見せつけてやらなければ。
カイルはそっと背後から近付くと、トントンと肩を叩いた。
「はは。なんだい君、今いいところなんだか邪魔しないでくれる、かい……?」
ルーカスは後ろを向くなり、凍り付いたように動かなくなってしまった。
「お前、俺に何か言うことがあるんじゃないか?」
ルーカスは、地面に額をつけて土下座した。
「すいませんでした」
「ちょっ、ルーカス君!?」
突然ヘタレまくったフットボール部のエースに、女子マネージャー達は驚きを隠せないでいる。
「言え。お前ら魔法フットボール部が、朝練をしなくなったのはなんでだ?」
「……実力でカイルさんに敗れたからです」
「お前らが魔法フットボールをやってるのはなんでだ?」
「……きつい練習が嫌で……なんかモテそうでイメージがあるから……なんとなくこの競技をやってます……」
「世の中には真面目にフットボールに取り組んでいる人間もいるってのに、申し訳ないとは思わないのか?」
「……思います……」
「お前らと硬球部、どっちの身体能力が高い?」
「……硬球部、です」
「だろうな。他所じゃ違うのかもしれんが、少なくともこの学院では、フットボールなんてのは野球でレギュラーを取れない二線級アスリートのゴミ捨て場だ。ゴミはゴミらしく地べたを這ってろ。おい、この女子マネージャーもらってくぞ。いいな?」
カイルはマネージャーを強引に引っ張り込むと、その場で硬球部専属マネージャーに鞍替えさせた。
ほぼ誘拐行為だが、カイルが放つ先発投手特有のオーラにより、彼女らは一瞬で虜になっていたようだ。
エースピッチャーに惚れない女など、この世に存在しないのである。……とカイルは信じきっているが、ルーカスをやり込めるほどの強さと悪っぽさ、あとは銀髪のミステリアスさに惹かれたというのが実情なようだ。
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