第47話 外道探偵カイル

 結論から言うと、モニカの乳房に怪しい点はなかった。

 見た目や触り心地だけでなく、匂いや味まで確かめてみたのだが、偽乳とは思えなかったのだ。

 そうなると、この生徒会長はシロということになる。


(他を当たるか)


 身長的にまずありえないであろうイルザとミリアはともかく、残りの六名は中肉中背。

 ならばこの六人の中にデュラハンか何かが紛れ込んでいて、作り物の首を繋げているのではないか? 

 その可能性もなきにしもあらず。


 というわけで、カイルは町を案内しつつ、ボディチェックを敢行した。

 女子硬球部のメンバーを物陰に引っ張り込んでは、「お前の体に興味がある」と次々に口説き落としていったのだ。


 人気のない暗がりで、ゴソゴソと体をまさぐる作業を六回。


 主に首筋を中心に調べたのだが、途中から相手がその気になってしまい、他の部分も触ってほしいとねだってくるアクシデントが五件ほど起きた。

 やむをえず、人道的な観点から全身をタッチするはめになってしまった。


 箱入りのお嬢様に対して、人としてありえない狼藉の繰り返し。

 同意の上だったので、あまり問題はなかったと思いたい。仮に問題になったとしも、カイルならば責任能力の欠如で逃げ切れる気がする。取り調べの際はいつもより念入りに狂戦士っぷりをアピールしなければ。

 なぜか捕まることを前提に考えながら、カイルは己の指先を嗅いでみた。


(……女臭い)


 短時間のうちに、何人もの美少女をまさぐったのである。

 カイルの指先は、今やすっかり雌臭い匂いがこびりついていた。

 これはもう、手首から先が女子更衣室になったようなものだ。

 女の子の汗で漬物を作ったら、ちょうどこんな匂いになる気がする。もうこの発想が思想犯である。


(これだけ触ってもわからなかったんだ。試合前に誰が危険人物かを特定するのは無理だな)

 

 結局、この日はガイドとジゴロをこなしているうちに終わってしまった。

 寮に戻ると、嫉妬に駆られたレオナと発情期のロゼッタ、それと特に理由がなくとも溜まってたらしいアイリスに求められ、試合前日だというのに三十八回も登板することになった。



 * * *



 そして、球技大会当日。

 普段より少し遅く目が覚めたカイルは、急いで身支度を始めた。

 ひょっとして腰痛になっているのではないか? という懸念があったが、今のところ問題ないようだ。

 むしろ普段より好調なくらいである。どうも寝てる間にレオナがマッサージしてくれたらしい。


 こんな甲斐甲斐しく尽くしてくれる彼女を持てて幸せだなと一瞬思ったが、「寝てるカイルを見てたらムラムラしたので、カッとなって触ってしまった」と少年犯罪のような動機を告白されたため、あちらもあちらで楽しみながら指圧をしていたようだ。

 持ちつ持たれつということだろう。


 カイルは軽くなった体で、悠然と登校を済ませた。

 通学路の周りに、妙に赤いローブを着込んだ人間が多かったのは気になるところだが。

 ……昨日、テロ未遂をしでかした男と同じ服装だ。

 まさか過激派組織のユニフォームだったりするのか? この色の服を着た集団が大規模テロでも行なうのか? と勘繰ったが、いかにも無害そうな青年まで着込んでいたので、カイルは首をかしげた。

 

「なんで今日はこんなに赤が多いんだ」

「あれ、王都のサポーターカラーなのよ」


 見かねたレオナが説明してくる。


「毎年、交流試合の時期が来るとこの色が流行るの。王都側のチームを応援する人は赤、女学院側のチームを応援する人は青を着るのよ」

「……そういう事情か」


 共和国嫌いをこじらせたテロリストが、赤い服を着ていたのは至って自然なことと言える。赤は愛国心を表明する色なのだ。

 

「って待てよ。その口ぶりだと、王都の中に女学院側のサポーターもいるのか? わざわざ隣国の生徒に声援を送るやつがいることになるが」

「あっちの父兄も何人か応援に来てるだろうし。あとやっぱ、向こうは若い女の子だらけのチームだから。たとえ王都の人間だろうと、ファンになる人は出てくるわよ」


 言わばアイドル的な存在なのだろう。

 なのに、そのうちに九人は今日カイルに食べられてしまうのだ。王都中の男が悔しがるに違いない。

 

(ん?)


 と。

 ふとカイルは、己の思考に引っかかりを覚えた。

 レオナの予知によれば、試合終了後、女子硬球部の九名はカイルに処女を捧げることになる。

 それが意味するところは。


(じゃあ、全員シロなんじゃないか?)


 そういうことである。

 自分に危害を加えてきた女子生徒と、肉体関係を持つとは思えない。

 つまり今日の試合で――女子硬球部以外の生徒が乱入してくるのでないだろうか? そいつをとっ捕まえたあと、九人斬りを果たすのではないだろうか?


「……」


 なぜもっと早く気付かなかったんだ、と思わなくもない。

 おかげで無駄に女の子を触り、懐かれてしまった。多分、これが原因で全員を抱くはめになる気がする。

 やはりカイルは、予知された通りの未来を歩んでいるらしい。


 ……今は試合のことだけを考えよう。そうしよう。自分に言い聞かせながら、校門をくぐる。


 昇降口を通り抜け、一年A組の教室に入ると、いきなり左右を魔法硬球部に挟まれた。


「ミーティングのお時間だぜ」


 ああ、わかってるよ。カイルは鞄を机にかけると、慌ただしく部室へと向かった。

 弱小硬球部と、エリートお嬢様硬球部。作戦会議でどこまで戦力差を埋められるのか、見ものである。

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