第46話 触診のお時間

 学院前に到着したリリーエの生徒達は、一斉に宿でチェックインを済ませた。

 一部の生徒はそのまま寝てしまったらしいが、大半は荷物を部屋に置くと、再び外に飛び出してきた。

 遊びたい年頃なのである。


 ありがたいことに、女子硬球部のレギュラーは全員が外に出ていた。


(九名の女子か)


 顔と名前を覚えるのに時間がかかりそうだな、とカイルはげんなりする。

 このくらいの年頃の少女は、よほど目立つ容姿でない限り皆同じ顔に見えるものだ。


 モニカ、イルザ、ミリアの三人を覚えるのでもやっとなのである。


 他の無個性な面々は、一度自己紹介された程度では頭に入ってこない。全員整った顔立ちをしているのだが、それゆえにかえって特徴がなかった。

 こういう時は、ポジションで覚えればいいのかもしれない。カイルはそれとなく、誰がどこを守っているのかを聞いてみる。

 

 モニカは少し迷ったあと、「どうせ公開されてる情報ですしね」と気前よく教えてくれた。



 投 メイ・ヨハエヌーキ

 捕 モニカ・ヤキウスキー

 一 イルザ・カラブラナイ

 二 ミリア・ソウワーヨ

 三 キャロライン・サン・ガツ

 遊 マリア・ワンモヨウ

 左 ガブリエラ・グーチク

 中 オリビア・メグタイ

 右 オルガ・ソダテータ



「モニカはキャッチャーなのか。意外だな」

「そうですか?」

「普通はもっとタッパのある選手が任されるポジションだろう?」

「ふふ……巧みなリードを評価されて、任されたのかもしれませんよ? あるいは、いやらしいささやき戦術を使うのかも。そこは明日対戦してのお楽しみですね」


 なんにせよ、モニカがカイルに惹かれた理由がわかった気がする。捕手が優れた投手に関心を示すのは、本能的なものなのだ。ましてや相手が異性となると、夜のキャッチャーミットをバシンバシン言わせてほしいと感じてしまうのも無理はない。


「イルザがファーストで、ミリアがセカンドか。こちらはイメージ通りだな」


 長身で左利きのイルザ、小柄で足の速そうなミリア。概ねこの二人は見た目通りの守備位置に付いていると言える。


 他の生徒達は……名前も大して特徴がないので、ポジションを聞いてもやっぱり覚えられなかった。特徴など、ないったらない。

 あえて言うなら同じ投手としてメイが気になったくらいだが、カイルが視線を向けると恥ずかしそうに俯いてしまった。あまり男慣れてしていないようだ。

 

(この中に一人、物騒な人物が混ざっているわけだが……)


 これから距離を縮めて、特定するしかない。

 カイルはモニカ達と共に、学院の周りを散策することにした。

 相手は女子なのだ。仲良くなるためには、爽やかな笑顔と軽快なトークが重要だ。


 カイルは犬歯を剥き出しにして笑い、オークを生きたままなぶり殺したエピソードなどを披露してみた


「腸を引きずり出すと、あいつらはピギィピギィと鳴くんだ。最高だぜあれは」

「ちょ、ちょっとカイル。ごめんなさいね、この人オークとは因縁があって……」


 慌ててレオナがフォローに回ったが、どうやらその必要はないらしい。

 女学院の生徒達は確かに驚いているのだが、悪い反応ではない。


「オーク退治が趣味だなんて、正義感が強いんですのね」

「なんて男らしい……」

「いい婿になりそうね」


 王都よりも魔物被害が深刻な地域に住んでいるせいか、カイルのスプラッタな喋りは好意的に受け入れられたようだ。


「な、なにこれ。どうなってんの?」

「都会と田舎では価値観が違うということだ。都市部で熊退治をしたら動物虐待だが、田舎なら害獣駆除として英雄扱いだからな」

「なるほど……え? その理屈でいいの?」


 細かいことはどうでもいいのである。重要なのは成果なのだから。

 カイルはそれからもオーク虐殺談義を繰り広げ、女子硬球部のメンバーと交友を深めていった。


「ではハイ・オークは人間並みの知能があると考えてよろしいのですね?」

「ああ。常に怒りと欲望を抑えているので、高度な思考はできないとされているがな」

「オークが堕落したエルフの成れの果てという噂は、本当なのでしょうか?」

「どうだろうな。確かにその二種族は交配が可能なようだが、それを言うなら人間も一緒だ。ハーフオークなんて代物は考えたくもないがな」

「おじいちゃんの畑にオークが出るんだけど、これはどうすればいい!?」

「土にやつらの血を撒けばいい。しばらくは寄ってこなくなる」


 矢継ぎ早に飛んでくるオーク関連の質問に、カイルは次々と的確な答えを口にしていく。 

 モニカ達はため息をつきながら、「オーク退治のプロフェッショナルなんですね」としきりに感心していた。

 うら若い女の子集団に褒められて、悪い気はしない。

 それは、いい。


 問題はモニカの、歩くたびにゆさゆさと揺れる乳である。


(これは本物なのか?)


 という疑念が、カイルの中で膨らみつつあった。

 別に、スケベ心でじろじろと眺めているわけではない。不自然に大きいので、詰め物を入れているのではないか、と不審に思ったのである。

 もしもこれが偽物の乳で、本当は至って平凡な体型なのだとしたら――


 モニカは、首無し女の有力な候補となる。


(確かめるしかないな)


 カイルは、オークの赤子殺しというロマンチックな話題を切り上げると、モニカに耳打ちをした。

 お前の胸、それは本物か? と。

 モニカは一瞬、何が起こったかわからないという顔をした。それから、両手で己を体を抱くような仕草を見せた。

 

 ……怪しい。

 実はパッドで大きく見せかけている胸だから、見抜かれて動揺してるんじゃないか?

 本当はやましいところがあるんだろう?

 

 カイルはさらなる追い打ちをかける。

 二人にしか聞こえない、ひそひそとした声で。


(お前の胸が気になってしょうがない。直に触らせろ)

(そ、それはどういうお誘いなのでしょうか……!?)


 そりゃあもちろん、世界の平和のために、危ない首無しを女を炙り出すためだ。

 もう気になって気になってしょうがないのだ。だからカイルは、素直な気持ちを打ち明けてみた。


(もう我慢の限界なんだよ。お前のことは最初から目を付けていた)


 妙に馴れ馴れしいし、身体能力も高いようだし、刺客になるとしたらこの女しか考えられない。

 カイルの言葉に、モニカは上気した顔で頷いた。


(よし。お前、俺と一緒にトイレに来い。全身くまなく調べ倒してやる)


 モニカの息は、すっかり熱っぽくなっていた。

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