第45話 チョロインズ


「道案内? 悪いけど私は反対かな。あの中にカイルを襲撃するかもしれない生徒が紛れ込んでるのよ? あまりあの子達とはかかわらないでほしいんだけど。し、しかも、カイルに色目使ってる人も混じってるじゃないの」


 つれない様子のレオナだったが、物陰に連れ込んで唇を吸ったり乳を揉んだりしてみたところ、


「よく考えたらいいアイディアね。一緒に行動しながら探れば、怪しい子を特定できるかもしれないし」


 とあっさり前言を撤回した。

 ロゼッタは最初から発情で判断力が失われているので、説得の必要すらない。必要なのは正気である。


「今日はどこに泊まるつもりなんだ?」


 気を取り直して、カイルはモニカに質問をした。

 約四十名の生徒に、引率の教師。これだけの人数が泊まれる宿となると、候補が限られてくる。ひょっとしたら、各自バラバラのホテルに泊まるのかもしれないが。


「その点についてはご心配なく。貴国の王様のはからいにより、学院周辺の宿を提供してくれることになっております」

「なるほど」


 二ヵ国の友好関係は、やはり国策ということなのだろう。

 カイルは、


「それならとりあえず学院まで連れて行く」


 とエスコートを申し出た。

 麗しの生徒会長は、ぽーっとした顔で首を縦に振る。


「王都に来るのは初めてか?」

「いえ。……去年も来ました」

「ん、そうか。生徒会長だしなモニカは。もしかして三年生か?」

「はい」

「じゃあモニカ先輩とでも呼んだ方がいいのか?」

「えっ? ちょっと待ってください、カイル様は何年生なのですか?」

「一年」


 リリーエ女学院の面々が、凄まじい驚きを見せる。


「あの風格で……?」

「そういえば去年の試合では見なかった顔だわ」

「なんか発情してる女の子を二人も侍らせてるんだけど、あの年で既にハーレムを作ってるの……!?」


 と戦慄していた。


「カイル様……明日の交流試合で、勝った方が負けた側の生徒を一人引き抜けるのはご存知ですよね?」

「ああ」

「私、もしも勝てたらカイル様を指名いたします」

「俺は男子だぞ?」

「……校則なんて、会長権限で書き換えればいいだけですから……」


 この調子だと初恋なんだろうか? お嬢様の恋路は情熱的らしい。


「で、ですから、もしも私達が負けた場合は、ぜひ私を指名してくださればと思うのですが」

「そんなことをしたところで、お前はたった数ヵ月しか在籍できない転校生になるだけだろう。三年生が卒業するまで、あと一年もないんだ」

「留年するから大丈夫です」

「……そこまでして俺と過ごしたいのか?」

「……は、はい!」

「お前、俺が好きなのか?」


 公然と恋愛感情を確認するカイルに、モニカは真っ赤な顔で「はい」と答える。


「見ての通り、俺は既に恋人が複数いるんだが、これについてはどう思うんだ? お前の家の信仰は、一夫多妻を認めているのか?」

「あ、改宗するから大丈夫です」


 モニカは首から下げていたペンダントを、地面に放り投げた。十字架だった。それは一夫一妻を教義とする堅苦しい一神教のシンボルであり、なんとも雑な棄教の瞬間であった。


「とにかく、色々全部大丈夫なので……私はずっとカイル様のお傍におります」

 

 大丈夫ではないと思うのだが。

 まあいい。ここまで俺にぞっこんなら、情報収集がやりやすくなるだろうし。

 カイルはくるりと踵を返すと、「ついて来い」と告げた。学院に向かって、まっすぐに歩き出す。

 モニカ達はいそいそと馬に乗り直すと、カイルの後を追ってきた。


「宿に着いたらそのまま休むのか? 違うよな。荷物を置いて町で遊び倒す……だろ?」

「え、ええ」


 十代の行動パターンなんてそんなもんだ。女学院の生徒達も同じだったことに安心しながら、カイルを足を動かす。


「適当に、遊べる店を紹介しておくか」

 

 商店街を練り歩きながら、服屋や小物屋、アクセサリーショップなどをそれとなく見せていく。レオナ達で慣れているので、この年代の少女が何に興味を示すのかは大体把握している。

 おかげですっかり打ち解けた空気になったことだし、そろそろ探りに入らせてもらうとしよう。

 

 カイルは首を上げ、馬上のモニカに話しかける。


「なあ。女学院で、最近変わったことが起きたりはしてないか?」

「と言いますと?」

「たとえば、首に違和感を感じている生徒がいたり」

「そういった話は聞いたことがありませんね」

「じゃあ、王都に悪感情を抱いている生徒が、この中に混じっているということは?」

「……私達を疑っておられるのですか?」


 その通り。

 だが口に出すわけにもいかないので、カイルは適当にごまかしておいた。


「悪く思うな。うちの男子達はお前達に興味津々なんで、色々聞いてくるよう頼まれててな。王都側を激しく嫌っている生徒がいるとしたら、ほら、口説けないかもしれないだろう?」

「ああ……半分はお見合いですものね、この交流は」

 

 今年は何組のカップルが誕生するのでしょうか、とモニカは笑っている。口元に手を当てて、クスクスと囁くような声。何から何まで、上流階級の香りを感じさせる少女だ。


「確かにさきほどは、言葉のあやで祖父の戦死を持ち出した者もおりましたが、あれはローブの男性に挑発されたからでしょう……普段は誰もそんなことを意識してませんよ。私達の世代からすれば、二ヵ国間の戦争は既に『日常』ではなく『歴史』ですし」


 カイル、カイル、とレオナが耳打ちをしてくる。

 どうしたのだろう? まさかカイルがモニカといい雰囲気になっているので、妬いたのだろうか?


(多分ね、この会長さんは予知で見た首無し女じゃないと思うのよね)


 ポソポソとした声で話しかけてくるレオナに、同じく声量を落として返事をする。


(なぜそう思う?)

(予知で見えた女は、なんていうか……極端な体型じゃなかったもの。背丈も肉の付き方も、至って普通。特徴のない体つきだったわ)

(……そうか)


 モニカは極端に胸が大きいため、とても「特徴のない体つき」とは言えない。

 となると極端に背が高いイルザと、極端に背が低いミリアも首無し女ではないということだ。


 女子硬球部レギュラー九名のうち、三名が安全と確定したことになる。

 残る六名の中に、明日カイルを襲う生徒がいる。

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