第44話 エスコートしてやるよ
カイルが捕らえた男は、「二ヵ国の交流? 糞食らえだね」と唾を吐いた。
「親父も兄貴も、あいつらに殺されたんだ。ぜってえ許さねえよ」
その言葉が放たれた瞬間、周囲に重い空気が流れ始めた。中には露骨に男へ同情する者まで現れたのだから、始末に負えない。
カイル達の住む王国と、リリーエ女学院の存在する共和国は、二十年前まで交戦状態にあったのだ。
男の年齢は、見たところ三十歳前後。幼少期に戦で家族を失い、未だ恨みの炎を燃やしているといったところか。
魔王の復活により「人間同士で争っている場合ではない」と同盟が結ばれたが、年代が上になるほどこの政策に反対している、とは聞いたことがある。
現にリリーエの女生徒を見物しに来た人々は、ほとんどが十代から二十代の男である。
二つの国が争っていた時代を知る世代は、仇敵の娘なんて見たくないのかもしれない。
「共和国の売女を、神聖な王都に入れやがって。あいつら、全員ブッ殺してやる。でなきゃ死んでいった英雄達が浮かばれねえ……そうだろう皆!?」
ローブの男は、血走った目で怒鳴り続ける。
もちろん、リリーエ側とて黙って聞いているわけではない。
「それは言うなら、こちらだって祖父を失った生徒が何人もおります!」
と反論する声が上がり、険悪なムードが広がっていく。
一触即発。
このままでは友好試合どころか、この場で乱闘が始まりかねない。
「……」
カイルは、無言でローブの男を見下ろした。復讐に取りつかれ、鬼と化した人間。
それは自分も一緒だ。
だから、お前の気持ちはよくわかる――なんて言うつもりは、一切ない。
お前は馬鹿か? としか思わなかった。
「くだらん」
今まさに男の上にのしかかり、取り押さえている人間の発言だからか、カイルの言葉は皆の注目を集めた。
「女学院の生徒は、戦争が終わってから生まれた子供達だ。あの中にお前の仇は一人もいない。これはただの八つ当たりだな」
「……あぁ? ガキが説教か?」
「わざわざ若い女を襲った時点で、お前の真の目的が報復でないのは明確だ。お前はな、先に女子供を襲ってスッキリしたいって動機があるんだよ。短絡的な犯罪衝動を満たすための動機として、復讐を持ち出したんだ。犯罪願望の言い訳に、二ヵ国の因縁を利用しているに過ぎない。お前、仮に家族を殺されてなかったとしても、道端で女を襲う変質者になってたんじゃないか?」
「こ、殺す……! てめえ、ブッ殺す!」
「そもそもな。お前の親父や兄貴は、残された家族が犯罪者になることを願って死んだわけではないだろうに。どうせなら、共和国に行って警備隊にでも入れよ。あっちの国の犯罪者を捕まえて痛めつければ、お前は報復感情を満たしながら出世できたぞ? せっかくの怒りと憎しみだ、世の中の役に立たせながら燃やせばいい」
「子供がわかったような口を利くんじゃねえよ!」
「子供には何もわからないというなら、なぜ女学院の子供達を襲った? お前は今、未成年には責任能力がないと認めたぞ? そんな相手を襲うのか? お前、本当にくだらないな」
怒りと悲しみに支配されて、身を滅ぼしながら復讐する。そんなのは駄目だと、カイルはよく知っている。なんたってほんの少し前まで、全く同じ闇に囚われていたのだから。
復讐は何も生まないとは言わない。ただ、生み出すものを考えろという話である。報復感情を動機に動いても構わないが、それで生み出すものが社会貢献と犯罪行為では、雲泥の差がある。
(俺はレオナに教えてもらったが、こいつにはその機会がなかったのかもな)
しょうもないやつだ。独房の中でたっぷりと反省するがいい。
カイルは、呆れながら男を兵士達に突き出した。
「協力感謝致す!」
敬礼を受けながら、カイルは服の汚れをはらった。
やれやれである。これからレオナとロゼッタとアイリスを抱かなければならないというのに、余計な体力を使わされた。
だが、無意味な行いだったわけではない。
(……この距離ならよく見えるな)
怪我の功名とでも言おうか。
妙なトラブルで人ごみを飛び越える機会をもらった結果、リリーエ女学院の目と鼻の先に着地することができたのだ。
あちらの人数は、精々四十人程度。交流試合の代表選手のみが遠征しているのだろう。
全員、きちんと首と胴が繋がっている。
ひょっとしたらレオナが見た予知は、この中の誰かが試合中に首を斬られ、その状態でカイルに襲いかかるというものなのかもしれない。
となると、事前にどの生徒が首無しになるかを予測するのは、不可能に近いが……。
「あの」
と。
カイルが凝視しているのに気付いたのか、リリーエ女学院の列から、一人の女子生徒が声をかけてきた。
特徴的な風貌の少女である。
ピンク色の巻き髪で、おっとりとした顔立ちをしている。ぱっちりとした緑の目と、柔らかそうな唇。美少女と言っていい。
騎乗しているのでわかり辛いが、あまり背は高くないように見える。しかし制服を押し上げる胸の膨らみは、かなりのボリュームを誇っていた。
トランジスタグラマーと呼ばれる体型だ。
「私はリリーエ女学院生徒会長の、モニカと申します」
言いながら、モニカはひらりと馬を降りた。やはり背が低い。一五〇センチあるかどうかだろろう。
周囲の男達が、「かわいい……」と声をため息をつくのが聞こえる。
「さきほどはありがとうございました。貴方の言葉は胸に響きました」
モニカはスカートの端を持ち上げ、小さくお辞儀をした。
お手本のようなカーテシーだ。
「ふむ」
挨拶をされたら、返すのが礼儀である。
カイルはモニカに歩み寄ると、そっと手の甲に口付けをした。
これは王都式の正しいマナーとされており、学院でしつこく教師達に教わったものだ。
「カイル・リベリオンだ。オークをブッ殺すのを趣味としている。よろしく頼む」
「……」
「モニカ?」
レオナが叫ぶ。「か、カイル! 共和国は挨拶の時にキスをする習慣がないのよ!」と。
「うん?」
そういうことは先に言えよな、と教師達に不満の念を抱かないでもなかったが、やってしまったものは仕方ない。
「文化の違いというやつだ。許せ」
「え、ええ。いきなりで驚いただけですから……」
モニカは両手で頬を抑え、真っ赤な顔をしている。女学院に通っているくらいだし、男に免疫がないのかもしれない。
「……その……あ、あの……ええとですね。当学院の生徒達にも、わだかまりがないわけではないのです。自分達が生まれる前の戦とはいえ、ここはかつて敵対していた国の都。罵詈雑言や投石くらいは覚悟しておりましたし、実際に襲われる事態となりました。……ところが、貴方のような人もいたわけですから……おかげで無益な争いをせずに済みました。リリーエの代表として感謝します」
カイルとしては、俺の目を見て話せよな? の一言に尽きる。
モニカは、もじもじと下を向いたまま今の台詞を言い切ったのだ。
「……カイル様。魔法学院の制服を着ているようですが……貴方はもしや、明日の交流試合に出るのではありませんか?」
「よくわかったな。魔法硬球部でピッチャーをやることになっている」
「まあ! 奇遇ですね! 本当に……運命としか……実は私も、女子硬球部でキャプテンを務めてるんです」
モニカはようやく顔を上げた。潤んだ緑の瞳は、完全に恋する乙女だった。
……なるほど。女子硬球部のレギュラーならば、明日カイルに処女を奪われる運命にある。
この調子ならば無理もないな、と誰もが納得する仕上がりだ。
「カイル様は、投手なのですね。どうりで身のこなしがいいわけです。あれほどの体術は、共和国では見たことがありません。鍛えてらっしゃるのですね。……貴方が投げるなら、明日の試合は負けてしまうかもしれませんね、私達」
未来からやってきた超体術だし、この時代の人間が見たことがないのは当たり前なんだけどな、とカイルは胸の中で呟く。
「ま、野球はやってみるまではわからんだろ。投手一人でなんとかなるものでもない」
「……御謙遜を……あう、人格者でもあるのですね……」
モニカはもう、カイルが何を言っても肯定的に受け止めてしまうようだ。
「あ、あの!」
「なんだ?」
「カイル様、凄い筋肉をしてらっしゃいますよね。服の上からでもわかるくらい盛り上がってますし」
「そうか?」
「……失礼かとは思いますが、触ってもよろしいでしょうか?」
「別に構わないが」
「……で、ではお言葉に甘えて……」
モニカは、目をきらきらと輝かせながらカイルの肩に触れた。
一々「こんなに硬いなんて」「凄い」「逞しい」と大げさに感動するので、少々むずがゆい気分になってくる。
これはレオナが怒りそうだなあなんて考えていると、女学院の生徒達がにわかに騒ぎ始めた。
「か、会長! 男の体にベタベタ触れてはいけません! おかしな勘違いをされたらどうするのですか!」
「お姉様は私のなんでしてよ!?」
声のした方に顔を向けると、黒髪長身の美女やら、ツインテールのコケティッシュな少女などが次々に馬を降りている。
彼女達は慌てた様子でモニカに駆け寄ると、ずるずるとカイルから引き離した。
まるでボディガードだ。
「暴漢を取り押さえたのは感謝するが、不用意に会長に近付くのはやめて頂きたい。……男は信用できんからな」
この「いかにも男嫌いな堅物です」な黒髪は、イルザ・カラブラナイという名前らしい。
生徒会では書記を任されており、女子硬球部の四番バッターでもあるんですよ、とモニカがほわほわとした声で解説している。
つまり、あとでカイルに抱かれる運命にある女だ。
そう思うと、どんなに生意気な態度を取られても全然腹が立たなかった。
むしろこんなにつんけんしているのに一晩でデレるなんて、どんだけちょろいんだこいつ、と好奇心が湧いてくるくらいだ。
「お姉様はわたくしのものなのでしてよ? 殿方に入る込む余地なんてありませんわ!」
そして次。
こちらの小柄なツインテールは、別にモニカの妹でもなんでもなく、ただの後輩なようだ。
名前は「ミリア・ソウワーヨ」。やはり女子硬球部の一番バッターで、俊足を誇るとかなんとか。こんな百合少女のような雰囲気を醸し出しておきながら、やっぱりカイルに惚れる未来が待っているようだ。
「……二人はこう言っておりますが……私は、明日カイル様とマウンドで相まみえる日を楽しみにしております」
「ああ」
うっとりした顔のモニカに見つめられながら、カイルは考える。この少女が自分に好意を抱いているのは、まず間違いない。
恋愛感情に付けこむのは気が進まないが、他に方法がないのである。
「なあ、よかったら俺が街を案内してやろうか?」
「よいのですか?」
今日一日、彼女達と行動を共にすれば、内部に潜んでいる不審者を見つけ出せるかもしれない。
あとは死にそうな顔で口をパクパクさせているレオナさえ説得すれば、大体上手くいくはずである。
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