第43話 プロご主人様
授業を受ける。ロゼッタを抱く。投球練習をする。
また授業を受け、ロゼッタを抱き、投球練習をする。
ひたすらそれを繰り返しているうちに、ついに交流試合は翌日に迫っていた。
リリーエ女学院の生徒達は、今日中に王都に到着するらしい。当日に慌ただしく移動すると、コンディションが調整できないからだそうだ。
……というのは建前で、試合前に観光を楽しむのが目的なのではとアイリスは笑っていた。
まあ、年頃の少女達がやってくるわけだし。半ば修学旅行と化しているのは否めないとかなんとか。
もうすぐ、お嬢様学校で知られるリリーエの生徒がやって来る。
なんだか学院中の男子がそわそわしているように見えた。
いや、王都全体が浮ついていると言っても過言ではない。商売を営む者からすれば稼ぎ時だし、遊び人からすれば絶好のナンパ日和なのだから。
「まるで祭りだな」
カイルとレオナ、それにロゼッタの三人は、普段より人気の多い商店街を歩く。
まだお昼時なのだが、大会前の準備期間ということで、午前中のうちに授業が終了している。いわゆる半ドンというやつだ。
増えた自由時間は、偵察に充てることにした。
レオナの予知によれば――明日の試合で、首の無い女子生徒がカイルに襲いかかってくる。
女学院の中に、一匹だけ怪物が紛れ込んでいるのだ。
物騒な未来を回避するためには、王都の入り口で片っ端から侵入者を調べる以外にない。そのためこうして出向いてきたわけだ。
王都は周囲をぐるりと城壁に囲まれていて、地上から入るには正門を通るしかない。
となるとそこに張り付きさえすれば、人の出入りを把握できるわけだが……。
「なんだこれは」
厄介なことに、門の周りはとっくに人だかりができていた。
若い女子生徒が集団で入ってくるためか、男だらけの野次馬が集まっているのだ。
「とんでもない人数ね」
「こいつらが邪魔で、門が見えないな」
カイルの身長は一七五センチメイテル。十五歳の少年としては決して小くないが、大人の男が集まると埋もれてしまう。
どこかの建物に移動して、二階から観察するか?
と思ったが、同じことを考えた者は無数にいたようで、周辺の建物は屋根もベランダもぎっしりと人で埋まっている。
新しく登れるスペースは、一切残されていない。
「しょうがない。肩車をする」
カイルはその場でしゃがみ込むと、背中に乗るようレオナを促した。
「え……恥ずかしいんだけど。見た目的にロゼッタがやるべきじゃない?」
「犬型獣人は視力がよくないんだ、物見役には適さない」
「そ、そっか」
しばらく待っていると、頭の上にパサリと布が乗った。多分、レオナのスカートだ。
それから、首筋をむっちりとした太ももで挟み込まれる。内ももの肉が、両頬に当たる。軽く汗ばんでいるせいか、しっとりした肌触りだった。
レオナは下半身が蒸れやすい体質らしい。
「うむ」
カイルは勢いよく立ち上がると、「どうだ?」とたずねた。
「……悪くないかも。ちっちゃい頃、お父様やお兄様にしてもらった時を思い出して、童心に返れるっていうか。あとカイルのツンツン髪が肌をくすぐる感じが、こう……」
「肩車の感想ではなく、きちんと見えるか? という意味なんだが」
「え?……ええ、うん。大丈夫大丈夫、門ならちゃんと見えてるから」
揺れを抑えるため、レオナの膝をがっちりと掴んで固定する。なんだかさっきより一層汗ばんでいるように感じるが、気のせいだろうか?
「……門が開くみたいよ」
「ふむ」
レオナの声が少々震えているのが気がかりだが、それよりも今は門だろう。
巨大な扉が、内側に向かって開き始める。
ギギギギギ……という重低音が鳴り響き、群衆の興奮は最高潮に達した。
「――退け、貴様ら! 客人が通れないであろう!」
騒ぎを鎮めるべく、兵士達が声を荒げる。騎乗して槍を振り回し、門の前にたむろする群衆を左右に寄せていた。
いよいよだ。
「リリーエ女学院一行の、お通りー!」
おおおおおお! と男達が歓声を上げる。怒号と言ってよかった。
これではかえって、鋭い聴覚はあだとなるだろう。ロゼッタは両耳を抑えてうずくまっていた。
「どうだ? 首の無い女はいるか?」
カイルの問いかけに、レオナが答える。
「まだ先頭の方しか入ってきてないから、なんとも言えないわ。今のところ普通の子しかいないけど」
「そうか」
微かだが、カイルの耳はカポカポという蹄の音を捉えた。どうやら女学院の生徒は、馬に乗っているようだ。さすがはお嬢様学院といったところか。
カイルは人ごみの隙間から、何本もの脚が通り過ぎていくのを覗き見た。どれもこれも、毛並みのいい白馬だ。
深窓の令嬢をこんなものに乗っけて引き連れてきたら、男達が興奮するのも無理はない、と思う。
だから、物を投げるような輩が出たってしょうがないし、詠唱を始めるような輩が出たって――
(詠唱?)
カイルの目は、その男の挙動を逃さなかった。
赤いローブを着た男が、妙な動きを見せているのだ。
人だかりに紛れているが、右手を掲げて唇を動かす仕草は、間違いなく大がかりな魔法の予備動作だ。
まさかな、と片眉を上げる。
親睦試合をするために、隣国からはるばるやってきた少女達に不意打ちをしかけたら、外交問題に発展しかねない。そんなたわけたことをする輩がいるはずなど……。
いや。それが狙いだとしたら?
王国と隣国で戦争が起こったら、間違いなく両者は疲弊する。第三国の使い走りか、それとも魔王の手下かは知らないが、テロをしかけるなら今がまさにベストのタイミングだろう。
――させるか。
カイルはレオナを肩車したまま、大きく飛び跳ねた。
「ちょ、カイル!? 首が食い込むから、縦方向の運動はやめてよ!?」
生憎、緊急事態である。一刻の猶予を争うのだ。
カイルは二人分の体重をものともせず、空中で器用に姿勢制御を決めた。
くるくると回転し、ローブの男に壮絶な飛び蹴りを敢行する。
「おおおおおおおお!」
「きゃああああああ!?」
着地の瞬間は凄まじい振動が伝わってきたし、ガクガクと揺れる首はレオナに色々な振動を与えているかもしれない。
だが、全ては国際平和のためである。ここは耐えてほしいと言わざるを得ない。
「な、なんだ……!? マジでなんだ!? 女の子を背負った少年が落ちてきたぞ!?」
「どういう種類の事故なんだ!? どんなシチュエーションでこうなるんだよ!?」
カイルはレオナを下ろすと、ローブの男の腕をひねった。不発に終わった魔法が、あらぬ方向で爆発する。
その瞬間、周囲の人々は全てを悟ったらしい。
「……テロか!?」
「そうだ! こいつは女学院の行列に向かって、攻撃魔法を唱えていた!」
よくやった坊主! と兵士達が声を上げる。
「すまない! 本来なら我々がしっかり目をつけておかねばならないのだが……。しかし、彼女を背負ったままあの体術を見せたのか? 凄いな君は。卒業したらうちに就職しろよ、すぐに隊長になれるぞ」
「また隊長のスカウトが始まった。悪いな坊主、あんたなら一兵卒なんかじゃなく、エリート街道が待ってるんだろうさ。つーか勇者に選ばれちまうかもな」
「なるほど……いい歳した彼女を肩車するという羞恥プレイと、重さを増して蹴りの威力を引き上げることを両立させたのか。大した男だ。一瞬の判断で調教と戦力向上を同時にこなせるやつは、プロのご主人様でもそうそういない……」
一人おかしな観点から感心しているが、おおむねカイルの判断は英雄的に解釈されているらしかった。
女学院の生徒達も足を止め、て恍惚の表情でカイルを眺めている。
「誰? あの人」
「わかんない。なんか助けてくれたみたいだけど」
「結構格好良くない?」
「でも彼女持ちっぽいけど……」
「何言ってんの! この国ってうちと違って一夫多妻なはずでしょ」
「あ、そっか。ならチャンスあるわね」
……なんだか大変な交流試合になりそうだな、といきなり疲労感を覚えるカイルであった。
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