第40話 一方的な虐殺
その後もカイルは悠然と腕を組み、次々に相手チームを拘束していった。
身動きの取れないキーパーなど、ただの飾りである。レオナのシュートは面白いように決まった。
最強カップルの活躍により、スコアは「11ー0」に達している。
もはやフットボールのスコアではないし、野球でも珍しいほどの点数差だろう。
「私のB組が、一方的に蹂躙されて……!? おかしいでしょう!? フットボール部員が七名も在籍してるのよ!?」
レティシアの泣き言を聞きながら、カイルは目元を抑えた。
担任の前で恥をかかせすぎるのもあれだし、魔眼の使用は解除してやるとするか。
「ハンデだ」
カイルは眼球付近の魔力をカットし、敵チームが再び動けるようにしてやった。
これこそスポーツマンシップだよな? とレティシアに笑いかける。
「……貴方ね? 貴方の仕業なのね……?」
「はっ。あまり睨みつけるな。お前も動けなくなるかもしれないぞ?」
その言葉で全てを察したのか、レティシアは両目を抑えて唇を嚙んだ。
「おや、お前の生徒も頑張っているようだぞ。見えていないのは残念だが、ボールを強奪するのに成功したようだ。はは、こっちに来るな」
「――! そ、そうよ! 決めなさい! カイル・リベリオンはフットボールに関してはずぶの素人なのよ! フェイントを使いなさい!」
体育教師は中立であるべきだろうに、そんなこともわからなくなってしまったようだ。
レティシアのヒステリックな指示に従い、B組の男子達がゴール前に迫ってくる。器用な足使いからするに、フットボール部員に違いない。
「入れなさい……一点でもいいから入れなさい! A組のキーパーは補欠合格で、普段はボール投げばっかしてるのよ!? こんなのに負けていいの!? ありえないわよね!?」
悲壮とも言える顔つきで、B組のフォワードがディフェンスを突破した。
ここから先は、カイルとの真っ向勝負だ。
「あああああああ!」
長身のフォワードは、叫びながら利き足を後ろにそらした。全身全霊を駆けた、気迫のキック。
軌道は、カイルの頭上狙いだ。
きっと彼は素晴らしい選手なのだろう。拍手すら送ってやりたい気分だった。
「お前はよく頑張った。これが通常のサッカーなら、ここで一点が入っていたかもしれない」
――けどこの試合は、魔法フットボールなんだよ。
ゆらりと右手を動かし、カイルは結界を展開した。
重力を自在に制御する魔法障壁は、頭上を通過したボールを難なく捕まえる。
「あ……ああ……嘘だ……またあの壁かよ……」
勇敢なフォワードは、絶望に打ちひしがれながら膝をついた。
ボールは、空中で静止している。頭より少しだけ高い位置で、結界に絡め取られている。
カイルをそれを、まるで木の枝に引っかかったハンカチでも取るかのように、ひょい、と掴み取った。
レティシアはその様子を、指の隙間から覗き見ている。
「さて。腕の見せどころだな」
「貴方、まさか……!?」
「そのまさかだ。俺は今から――直接ゴールを狙う」
カイルの頭には、レオナ経由でフットボールのルールが入っている。
キーパーが手で投げたボールが、相手ゴールに入った場合、それは得点として認められると知っている。
本来、足で行う競技だからこそ存在する、ルールの穴。
もしも投擲に特化した化物キーパーがいた場合、このスポーツは違う競技になり果てる。
「や、やめなさい……やめるのよ……やめなさい……やめてやめてやめて、やめて! どうしてそんなことするの……どうして虐めるのぉ!? もう、嫌なの……野球部に予算取られるの、嫌なのぉ! 野球の技術で、フットボールをぐちゃぐちゃにしないでよぉ!」
「悪いが俺は、投げるのが好きなんだ」
レオナが見つけてくれた、本物の才能なんでな。
カイルは笑いながら両手を振りかぶり、ボール投げ放った。
ドムンッ!
と空気の壁を破る音が鳴り、恒例の音速突破が始まる。
「……あ、あはっ。あははっ! 愚かね……軌道が高すぎるわ!」
「知ってる。だから変化球にしたんだ」
「……なんですって?」
カイルが投げたサッカーボールは、ゴールの前で急激な角度をつけて落下した。空中で何者かに押さえつけられ、叩きつけられたかのような変化だった。
「なんだこの球は!? 直角に近い角度で落ちてくる!?」
スプリットフィンガー・ファストボールを腕で再現したから、スプリットアーム・ファストボールになるのかもな。
カイルの独り言は、敵キーパーには聞こえない。
距離が離れすぎているし、それに、揺れるゴールネットを見つめるのに夢中で、周囲の声など一切耳に入らないだろう。
「12点目だな」
それからの試合は、一方的な虐殺と言ってよかった。
カイルは落ちる変化球を投げ続け、何度も相手ゴールを撃ち抜いた。時々、落下地点をレオナの足元に調整して、変則的なパスとしても用いた。
最終的なスコアは、「39ー0」で終わった。なぶり殺しである。
授業そのものは余裕だったが、泣きじゃくるレティシアを医務室に運ぶ作業だけは、少々疲れたかもしれない。
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