第39話 開眼

 レティシアの吹くホイッスルを合図に、A組一行はそれぞれの配置についた。

 カイルはゴールポストの前に陣取り、手前にロゼッタを立たせる。


 視線の向こうには、対戦相手のB組がいる。

 彼らとは綱引き以来の因縁だ。

 あの時はあちらの担任がバザロフだったため、恐怖で従わされているような印象があった。

 だが今回は若く美しい女性担任に変わったせいか、生徒自らがやる気を出しているように感じる。


 お前ら、レティシア先生に恥じかかるせんじゃねえぞ。おう! などといったかけ声が聞こえてくるのだ。 

 傲慢な女だが、あれで中々生徒には慕われているのかもしれない。単にB組はフットボール部が多いというのもあるだろうが。


「……あう……B組、ずるい……担任が見てたら、皆張り切るに決まってる」


 ロゼッタの吐いた弱音に、「確かに」とカイルは頷く。

 指揮官が前線に立てば、士気が上がるのは戦の道理だ。担任が体育を担当している時点で、B組には有利がついている。


 その分こちらにはカイルという圧倒的な戦力があるわけだが、これがどう影響するか。大将のいない軍隊は、最強の兵士でどこまで持つか。


(……いや。今は俺が大将か)


 そう考えると、カイルの責任は重大と言える。

 だというのに、実は数十人規模の人間に指示を出すのは、これが初めてだった。前世のレオナがパーティーメンバーを務めていたので、その記憶を頼りにクラスメイトを動かすこととなる。

 

 いずれ魔王討伐隊を率いる時に、この経験が役に立つかもしれない。

 そうとも、これは予行演習なのだ。

 カイルが気持ちを引き締めた瞬間、試合開始を告げる笛が鳴った。


 二つのクラスが代表が歩み出て、コイン投げを行う。

 A組の代表は、レオナだ。


「……後攻を引いたって、聞こえる」

「レオナは意外と運がないからな」


 魔王に殺されてしまうくらいだしな。

 痛ましい過去を思い出しているうちに、B組の男子がボールを蹴った。小さめのパスだ。フットボールとして至って常識的な立ち上がりだが、そこにかつての勇者が混じっているとなれば、話は変わってくる。


「見え見えだわ!」


 レオナは風の速さでパスの軌道に割り込み、いきなりボールを奪い取るのに成功していた。

 やはり、他の生徒とは動きが違う。天性の運動神経に加え、度胸がある。これに加えて強力な雷魔法を身にまとっているとなると、B組は恐れをなして近付けないようだ。


(これは、俺の出番はないかもしれんな)


 ゴール前で棒立ちしているだけで、レオナが試合を決めてくれるのではないか。

 そう思った矢先、B組のフットボール部員達がレオナに群がり、次々に妨害を行い始めた。

 スライディングに、タックル。

 魔法球技は通常のスポーツと異なり、多少荒いプレイも認められている。


「痛っ!」


 大柄な男子達に取り囲まれ、無粋な肉弾戦を挑まれるレオナを見ているうちに、段々カイルは腹が立ってきた。

 もうあいつら、殺そうかな。


「あそこに転がってるスイカ大の石を頭にぶつけたら、一発で仕留められるな。やるか」

「……ご主人様、落ち着いて……!」


 ロゼッタになだめられ、危ういところで思い直す。


「ん、そうか。……とりあえずレオナの援護が足りていないように見受ける。ミッドフィルダー連中に前進するよう伝令だ」

「……らじゃ」


 とととと、とロゼッタは駆け出し、クラスメイト達に次々とスカートの中身を見せつけていく。

 これは「前に出て」のサインだ。真っ赤な顔をした幼女の、破廉恥なゴーサイン。さきほどの殺人未遂といい、犯罪臭は高まるばかりである。

 

(膠着状態に陥ったようだな)


 ゴール付近のアウトローっぷりはともかく、センターラインでは健全な攻防が繰り広げられていた。

 二つのチームが入り交じり、くんずほぐれつの大乱戦になっている。

 ……このような状況だと、どさくさに紛れてレオナを触る輩も出てくるのではないだろうか?


 やっぱり全員殺そうかな、とカイルはスポーツマンシップに反する思考を膨らませ、レオナに群がる者達を睨みつけた。

 その時だった。


「ん?」


 B組の生徒が、足を押さえながらバタバタと倒れていく。

 特にレオナを包囲していた者ほど具合が悪そうで、膝が激しく痙攣している。


「な、なんだこりゃ……!? 体が勝手に震えて……!?」

「どうなってんだよこれ!?」


 腰を抜かし、カチカチを歯を鳴らすB組の男子達。

 まるで小動物が、上位の存在に捕食されているのを恐れているかのような。

 これはつまり――


(――俺の殺意で、体が言うことを聞かなくなったのか)


 魔力を有した人間が強力な視線を送ると、魔眼めいた力を発揮すると聞いたことがある。人間族には珍しい現象だが、前例はあったはずだ。

 前世で地獄を見たことによって強化された憎悪、俺の彼女に変なことしたらムカつくという雄の本能、それらが合わさって、憧術に開眼してしまったらしい。


「あのキーパーがやってるのか!? なんなんだよあいつ!?」

「ゴルゴーンかなんかかよ……人間の眼光じゃねえ……あれは、過去に何度も殺ってるやつの目だ……」


 ふああああカイルしゅきいいいい! 私のためにありがとおおおおおお! と叫びながら、レオナがシュートを決めた。

 A組に先制点が入る。


「あのキーパーが発情させたのか!? なんなんだよあいつ!?」

「インキュバスかなんかかよ……人間のフェロモンじゃねえ……あれは、過去に何度もヤってるやつの目だ……」


 レオナは頭がトんでいる時の方が動きがいいので、結果オーライであろう。

 だが、しかし……まさかここまで強くなってしまうとは。


(これでは見るだけで試合を支配してしまうな)

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