第38話 クラスのカリスマ

「なんとかなりそうなの?」

「当然だ。なんたって今朝、キュウジからSFFを教わったばかりだからな」


 カイルは人差し指と中指を立て、ボールを握る動作をしてみせた。


 SFF――正式名称、スプリットフィンガー・ファストボール。

 回転数を抑えて投げる球種で、いわゆる落ちる変化球である。

 フォークボールよりも球速があり、打者に近い位置でカクンと落下するのが特徴だ。

 そのため現代の魔球とも呼ばれ、数々のタイトルホルダーを生み出してきた実績がある。


 ただこのSFFにもいくつか問題点があって、それは肘にかかる負担が大きいことと、野球の技術なのでフットボールの授業とは全然関係がないということだ。


「か、カイル……? そのスプリットなんとかを、足を使う球技でどう活かすの……?」

「野球もフットボールも同じ球技なんだ。なんとかなるだろう」


 カイルは不敵な笑みを浮かべた。

 レオナは数秒ほど困惑していたが、「よくわからないけど自信満々なカイルは色気があるから、なんでもいいや」と笑った。レオナの頭の中は、カイルが格好いいかどうかで占められている。


「ほら、皆移動してるぞ。俺達も行こう」

「うん……私は試合そっちのけで応援してるから、頑張ってね!」


 いやちゃんと授業受けろよ、と額を優しく小突いたら、にへにへと嬉しそうな顔をされた。

 重症だった。

 登校前に二回抱いたのがよくなかったのかもしれない。今日もレオナは光彩がハート型である。


(休み時間にもう一回抱けば直るかもしれないな)


 的外れなことを考えながら、カイルはA組の輪に加わった。

 グラウンドの真ん中で円陣を組み、突発の作戦会議に参加する。ちなみにカイルの両隣はレオナとロゼッタなので、両手に花な状態である。


「いいかお前ら! クラス対抗で魔法フットボールをするわけだが……実は俺、ルールがよくわからないんだなこれが」


 声を荒げているのはキュウジだ。当たり前だが、硬球部の彼は今回役立たずであろう。

 フォローを入れるように、レオナが説明に入る。


「魔法フットっていうのは、簡単に言うと魔法使い用のサッカーね。本来は十一人で行う競技なんだけど、今日は三十四人でやらなきゃいけないのよね? 対戦相手も同じ条件となると、ごちゃまぜの乱闘試合になると思うわ」


 大丈夫なのかそれ? とキュウジが聞き返す。


「まあ、またカイルが重力壁を張ればいいんじゃない? ……と思ったけど、ポジションごとに使える魔法に制限があるのよね……」

「どういうことだよ?」

「結界系の魔法は、キーパーしか使えない決まりなの。逆に攻撃系の魔法は、フォワードしか使えないわ。それ以外の魔法は、全ポジションが自由に使ってよし」


 カイルに重力壁を使わせるには、キーパーに回す必要がある。

 その代わり攻撃魔法を使えなくなるので、オフェンス役が務まらなくなってしまう。

 うーん、と一同がうなり出す。


「最強戦力をどのポジションに回すか、だよなあ」

「こんなの俺らの一存で決められるもんじゃないよな……」

「つーかレオナ、魔法フット詳しいんだな。あ、そっか。親父さんがフットボール部のスポンサーなんだっけ」

「サッカー家系で彼氏がピッチャー? いいのか? 親父さんにカイルを紹介したら絶対揉めるだろこれ」

「SFFを投げるような男に娘はやれん、とか言われて交際を反対されるかもな」

「駆け落ちしかないじゃねえか……」

「いやあそれはちょっと二人が可哀想なような……だってよお、レオナみたいな顔がよくて胸がおっきくて常にムラムラしてる彼女と駆け落ちなんてした日には、旅先で毎晩激しく求めあって……あれ? これ全然可哀想じゃねえな? 普通に羨ましいな?」


 相変わらず好き勝手言ってくれるクラスメイトに呆れながら、カイルは咳ばらいをした。

 クラス中の視線が一気に集まる。


「キーパーは俺がやる。ゴールを守るのは任せろ。ボールを手で掴んで、投げることが許されるのはこのポジションだけだしな。他に適任はいないはずだ」


 いいのかカイル? と安堵の声が上がる。

 それもそのはず。学年一の運動能力を誇る人間に、ああだこうだと動きを指図するのはとても勇気が要ることだ。

 きっと皆、心のどこかで「カイルが自主的にポジションを決めてくれればいいのに」と思っていたに違いない。


 そんな時、迷いを断ち切るような言葉がカイル本人から放たれたのだ。

 空気が、一気に変わった。雑然とした学級会議から、一人のカリスマを讃える作戦会議へと。

 

「やっぱカイルは、自分のやるべきことをわかってんな。さすがだわ」

「カイル君、いいよね……」

「即断即決! 男らしいね」


 一部の女子が妙な表情をしているが、努めて無視をしながらカイルは続ける。


「レオナはフォワードをやってくれ。クラス第二位の戦力なんだ、得点力を上げるにはお前が攻めるしかない」

「わかったわ。本当は司令塔ボランチやりたかったんだけどね」


 ボランチ。そういうのもあったか、とカイルは思案する。

 誰かルールに詳しい人間に任せる必要がある。


「この中にフットボール部のメンバーはいるか? いるなら挙手してくれ」


 誰も手を上げない。A組は野球派なようだ。


「仕方ない。ボランチはロゼッタがやれ」

「……ふぇ!?……わ、私、フットボールよくわからない……」

「自分で考えなくてもいい。幸い、お前は人間族より聴覚が鋭いんだ。俺がゴール前から送った指示を聴き取って、皆に伝えればいい」

「……でも、私……喋るの苦手……」


 本気で怒るとハキハキ喋れるようだが、まさか授業中ずっとぷりぷりさせておくわけにもいかないし、どうしたものか。

 カイルはちょっと考えたあと、


「ボディランゲージを使うんだ。そうだな……スカートをたくし上げたら『前に出ろ』で、尻を振ったら『後ろに下がれ』だ。これで伝令役をやれ」

「……わふっ!? そ、それ、ただの痴女……」

「好きだろ? こういうの」

「……あ、あぅ……ふぅ……」


 ロゼッタは尻尾を上に立て、ブンブンと右方向に振っていた。これは犬のボディランゲージで、上機嫌を示している。「嬉しい、楽しい、幸せ!」と体を使って表現しているのだ。

 

「……やる……恥ずかしい伝令、する……」


 ロゼッタの顔は、とても人に見せられない状態になっている。

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