第37話 私の彼は最強の補欠合格者
授業が始まると、用具入れから一人の女教師が出てきた。
まだ若い。二十代半ばから後半といったところか。
髪は茶色で、緩いウェーブがかかっている。長さはウェストラインに届くほどだ。
おまけにレディーススーツの上から白衣を羽織っているとなると、まず体育教師には見えない。
数学教師、あるいは錬金術師と言わればしっくりくる出で立ちだ。
顔は……一応美人の範疇に入るが、表情に少々険があるのが気になった。
「私はレティシアと申します。皆さんとは入試以来ですね。……バザロフ先生があのような形で退職することになったため、新たにB組の担任、および一年の体育を担当させて頂くことになりました」
ああ、あいつか、とカイルは思い出した。
入学試験の的当てで、口をあんぐりと開けていたあの女試験官だ。
(やけに俺を見てくるな)
レティシアは長い髪をかき上げ、冷たく言い放つ。視線はカイルに固定されていた。
「補欠合格者にはなんの価値もありません」
どよ、と生徒達がざわつく。
「真っ当な能力があれば、入学時点で高評価を得るはずですから。素質がないと言わざるを得ません。現に毎年、補欠合格者の三割が自主退学しています。ここにいる皆さんも、果たして何人が三年生まで残っているやら」
カイルは直感した。この言葉は俺に向けられている、と。
きっとレティシアは、的当て試験で鼻っ柱を折られたのを根に持っているのだろう。
「たとえ入試の成績が優秀でも――見込みがないと判断されれば、容赦なく面接で評価を下げられるが当学院です。ゆめお忘れなきよう」
カイル、カイル、とレオナが耳打ちをしてくる。
「あの先生、フットボール部の顧問なのよ」
「ほう」
「嫌いなスポーツは野球、ですって」
「……よくわかった」
ひょっとしたら、今朝カイルがグラウンドで行った大立ち回りも、フットボール部経由で耳に入っているのかもしれない。
これは色々な意味で目を付けられてしまったかな、とカイルはため息をつ……かなかった。
(だからなんだ)
としか思わない。
というのも、レオナは耳元でこしょこしょと話しているうちに変な気分になってきたらしく、「ねぇねぇ、今日も班を組むなら私とやろうよぉ」と甘えた声で囁いてきたのだ。なにやらカイルの脇腹をくすぐるような動きも見せている。
しょうがないやつだな、とカイルも笑いながらくすぐり返す。
レティシアが自信満々に皮肉を吐いているのに、全部無視してイチャイチャしていた。
余談だが、レティシアは二十八歳独身で、浮いた話は一つも聞いたことがないと有名である。
「……そ、そこの二人……聞いてましたか? 面接で評価を下げられた生徒に、未来など……」
名指しで注意を受けたカイルは、きょとんと顔を上げた。
隣では、レオナがにっこりと微笑んでいる。この顔は割と本気で怒っている時の顔だ。
「私なら面接で最高評価を頂いたので、どうぞご心配なく」
「貴方、レオナ・ブレイブ……!? あ、貴方ほどの生徒が、なぜ補欠合格の男子なんかと……?」
とっくに別れたと思ったのに、レティシアは教師にあるまじき失言をする。
「言っておきますけど、カイルは私よりずっと強いですよ? 学業の方でも、既にどの一年生より上です。先生ってば、お綺麗なのにどうして独り身なのかなって不思議だったんですけど、男性を見る目が曇ってらっしゃったんですね。……自力ではいい男を見抜けないみたいですし、生涯独身も覚悟しておいた方がいいんじゃないかなあって……」
えげつないな、とカイルは感心した。まさかそっち方面で攻めるとは。
これは普通に殴るよりダメージが大きいだろう。
「……こ、このことは職員会議にかけさせてもらうわ!」
「どうぞ? ところでフットボール部のスポンサーって、ブレイブ家でしたよね? 大会のたびにお父様が遠征費用を寄付してたの、よく覚えてるわ。部室やボールだって、うちのお金で用意したんじゃなかったかしら」
レティシアの表情が凍り付く。
「先生? 職員会議でなんて報告するつもりなんです? 当学院に多大な貢献をなさっているブレイブ家のご令嬢と、その恋人が気に入らないのでなんとかしろ、と若手教師の身で進言なさるのですね?」
「……あ、貴方という生徒は……覚えておくことね……!」
そのへんにしておけ、とカイルはたしなめる。
実家を盾に恫喝するのは、レオナには似合わない。
だから、
「これ以上は品位を下げることになる。もう十分だ」
と穏やかに諭した。
「だって……」
レオナとしては、まだ言い足りないらしい。むーと唇を尖らせて上目使いに抗議してくる。
参ったな、とカイルは苦笑した。ここはフォローを入れておいた方がいいだろう。
さてどうしたものかなと考えたあと、頭を撫でてやることにした。
それから、耳元で優しく囁く。
「でも俺のために言ってくれたんだよな。ありがとな」
どうやらレオナは、機嫌を直してくれたらしい。「そうね。これじゃ嫌味な貴族だもんね。もうやめとく」と邪気の無い笑顔を見せている。
いやはや、困ったお嬢さんだ、とカイルは空を見上げる。レオナは人懐こい性格をしているが、カイルが馬鹿にされると目の色を変えて怒り出すから手に負えない。
指輪で吸った記憶によれば、「自分はともかく他の誰かがカイルを悪く言うのは許せない」と考えているようだ。
ところで完全にやり込まれたレティシアはといえば、二人の世界に入り込んだカイル達を見て、二重三重の悔しさを感じているようだった。「不純異性交遊禁止! 不純異性交遊禁止!」と意味不明なことを叫んでいる。
が、この学院は男女交際が大いに奨励されているので、そんな規則は存在しない。
魔法の才能が親から子に遺伝すると判明している以上、生徒同士の恋愛・結婚は国力増強に繋がるからだ。
在学中の妊娠さえ避けてくれるなら、どんどんカップルになるべき、が国の方針である。
そういうわけで、生徒同士の恋愛にいちゃもんをつけたレティシアは、あとで減給処分を食らうこととなる。
まあ、どうでもいいことである。
それよりも今は体育に専念するべきだろう、とカイルは意識を切り替えた。
未だ錯乱中のレティシアが言うには、魔法球技大会に備え、授業中も練習時間を設けるのだという。
今日は学年全体で、魔法フットボールを行うそうだ。
(どう考えてもレティシアの私情が入っているな)
よりによって球蹴りか……と思わなくもないが、カイルの運動能力であれば、どのような球技でもエース級の活躍が約束されている。
それに今のカイルには、新しい武器もある。
「大丈夫そう?」
心配そうに覗き込んでくるレオナに、「任せろ」と力強く頷く。
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