第36話 ロゼッタの拘り

「聞いた? フットボール部のファンクラブが解散したそうよ」

「ほう。興味深いな」

「あとね、今朝起きたらロゼッタが一生懸命何かを洗ってたんだけど、あれはなんだったのかしら? あの子、私に隠し事してる気がする」

「ほう。興味深いな」

「……カイル、もしかしてこの件に関わってたりする?」

「いや全然」


 カイルは何事もなかったかのように、廊下でレオナと話し込んでいた。

 一時間目の授業は体育なので、グラウンドに移動しながらのお喋りである。


 ちなみに件のロゼッタはというと、噂をすれば影とでもいうのか、てててて、と二人の傍に駆け寄ってきた。

 まさか本人の前で噂話をするわけにもいかないようで、レオナは気まずそうに口を閉ざした。


「……今、私のお話してた……?」

「んー? ロゼッタはかわいいなーって」


 話をうやむやにするためなのだろう。レオナはロゼッタを後ろから抱きしめ、あまりよろしくない部位をもみもみと刺激し始めた。

 いや揉めるほどの大きさはないのだが、それでも完全な板切れではないことをカイルは知っている。

 

「……だ、駄目……変な場所、触らないで……」


 タイプの違う美少女同士の絡みを、周囲の生徒達は微笑ましそうに眺めていた。……中には興奮する者も混じっているようだが。

 一方カイルはというと、二人のもっと恥ずかしい姿に見慣れているせいで、なんとも思わないのだった。

 どうせ夜になったらどっちも抱けるしな、という余裕が冷静さに繋がっているのだ。


「おいあいつ……」


 そんなカイル達のやり取りを、遠巻きに眺めている集団があった。

 男子フットボール部のメンバーである。

 彼らはカイルと目が合うと、すごすごと姿を消した。取り巻きの女子生徒は、一人として見かけなくなっていた。

 なぜならフットボール部を追いかけていた女子達は、今はカイルの後ろを付いてきているからだ。


「カイル君の彼女ってどっち? ツインテールの子? 獣人の子?」

「両方じゃない?」

「いいなあ……三人目の彼女って募集してるのかなあ」

「実は私、カイル様のことは入学当初から注目してたんだよね。ルーカスのサイン入りハンカチ? あれは嫌がる私に無理やり書いて寄越してきたやつで、一種の痴漢行為だと思う」


 背後にぞろぞろと女子の群れを引き連れながら、カイルは昇降口へと足を進める。

 あいつらはいつまで付いてくるんだと思ったら、どうも同じ一年生らしい。あまり面識のない、C組の女子生徒達だ。


 次の体育は学年全員で行うことになっているので、目的地が一緒なのである。つまりずっとちやほやされながら運動することになるのだ。


「ねえなんか……カイル、今日は妙にモテてない?」

「そうか?」


 しきりに不思議がるレオナを他所に、カイルはそっけない返事をする。事情を知っているはずのロゼッタは、朝の出来事を思い出したのか真っ赤になって俯いていた。


「……カイルが女の子に人気なのは……いつものことだから。気にしない方が、いい……」

「怪しいわね。あんた色々と事情を知ってるんじゃない?」

「……し、知らない……」

「もしかして、今朝洗ってたものと関係ある?」

「……あう……!? 知らない……知らない知らない、何も知らない……!」


 このままではロゼッタが泣くぞと思ったが、そういえばこいつはレオナに泣かされるのもそれはそれで好きだったんだなと思い出したので、放置することにした。


「怪しいなー。まさかおねしょでもしちゃったとか? サイズ的にパンツを洗ってたっぽいなーって気がするのよね」

「……ち、違う……絶対、違う……」

「本当? 私の目を見て言える?」

「……言え……る……」

 

 ロゼッタはそこで、限界に達してしまったようだ。

 ぽろぽろと涙を流し、見る者全てに罪悪感を与えるようなえずきを始める。

 ひっくひっくと震える喉は、存在そのものが児童福祉に反しているようにさえ感じる。


「わわ! 私ってばまた……!」


 レオナは見ているこっちが気の毒になるほど慌てふためき、ロゼッタを抱き寄せた。頭を撫でながら、しきりに「ごめんね言いすぎたんだよね、私本当はロゼッタのことが大好きなの」と際どい謝罪を繰り返している。性別が男ならDV彼氏である。


「ごめんね、私すぐ調子乗っちゃうから。違うの……貴方を泣かせたかったわけじゃなくて、なんだかカイルと見えないところで仲良くしてる気配があったから……それでつい気になって、えっとあの、お願いだから泣き止んでよぉ……」


 平謝りするレオナに、ロゼッタは冷たい声で告げる。


「ごめん冷めるからそういうのやめて」

「……え? ロゼッタ? あなたいつも、台詞の前の『……』が付かなかったっけ……?」

「虐めるなら最後まで虐めてほしいんだよね。途中で妥協されるのが一番萎えるから。せっかく気持ちよく泣いてたところでヘタレるとか、やめてくれますか」

「あ、はい。すいません」


 多分これは、見てはいけないやり取りだったのだろう。

 ロゼッタはいつも通りたどたどしい話し方しかできない獣人少女だったし、レオナは強気な美少女だ。

 誰も、何も見ていない。

 皆が自分に言い聞かせながら歩いているうちに、いつの間にかグラウンドが見えてきた。


 そういえば体育担当のバザロフが懲戒免職を食らったわけだが、代役は誰が務めるのだろうか?

 妙な教師でなければいいのだがな、とカイルはぼんやりと考えた。 

 背後では、レオナとロゼッタが相変わらずじゃれつき合っている。

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