転生のベルセルク ~俺をパーティーから追放した女勇者が死んだけど、実は愛する俺を守るため仕方なく追い出したのだと知り、過去に転生して二人の出会いをやり直すことにした~
第35話 ご主人様、私のこと忘れてない……? もう、出そう……。
第35話 ご主人様、私のこと忘れてない……? もう、出そう……。
翌朝、カイルは充実した気分で目を覚ました。
寝る前に美少女の柔肌をたっぷりと堪能したため、身も心も絶好調である。
窓の外に目を向けると、まだ日が昇り切っていない。
人気のない街並みを見ていると、なんだか体がウズウズしてくる。
せっかくだし、登校前にジョギングでもしてみようか?
交流試合も近いことだし、体力維持は大切だ。
「よし」
レオナ達を起こさないよう、音もなく身支度をしていると、ロゼッタがとことこと歩み寄ってきた。先に起きていたようだ。
「……おはよう、カイル……」
「おはよう。早いな」
獣人の少女は、両手に首輪とリードを握りしめていた。潤んだ瞳は、「繋いでくださいご主人様」と言外に告げている。
(まあ、半分は犬だしな)
朝の散歩がお望みというわけだ。
ちょうど体を動そうと思っていたところだし、付き合ってやるとするか。
カイルは着替えを済ませると、ロゼッタに首輪を嵌めた。カチリと金具を留まったのを確認すると、優しくリードを通してやる。
ロゼッタは、ブンブンと尻尾を振って喜んでいた。表情はトロトロに蕩け、腰はくだけそうになっている。
「……ご主人様……好き……あいしてる……」
拘束具を着けられて、「アイラブユー」と囁く少女。
本当にどうしようもない奴隷娘である。
まあ、犬だし。
これも多分、魔王のせいだし。
カイルはリードを握ると、足音を殺して玄関へと向かった。
幼女を紐で繋ぎながら歩くという、絵面的にヤバすぎる散歩の始まりであった。
誰かに見られたら、二人の関係を疑われる前に人格を疑われる。
明るくなったら、離れて歩かなければならない。
きっとそのスリルが、余計にロゼッタを火照らせるのだろう。
「……わ……ふ……う……っ」
カイルは、すっかりできあがった飼い犬を引っ張り、学院へと向かった。グラウンドを一周し、ついでに投げ込みなんかもやってみようかという気になったのだ。
「おや。あんなところに爺さんがいるぞ」
「……!」
こんな時間帯でも、全く人通りがないわけではない。前方に通行人を見つけるたび、ロゼッタの耳元で「見られてるぞ」と囁いてやった。
ロゼッタはそのたびに泣きそうな顔になって、路地の隙間に身を隠した。
「……あうぅ……カイル……私の好きなこと……どうして、知ってるの……?」
前世でお前の記憶を吸ったら、羞恥責めが大好きだってことがわかったからな。それを説明すると長くなるので、言わないでおくが。
カイルは内ももをもじもじと擦り合わせるようにして歩くロゼッタを引っ張り、グラウンドへと到着した。
「オーライ! オーライ!」
見れば既に、硬球部の連中が朝練を開始している。
人目があるどころではないので、ロゼッタには茂みに身を隠すよう命じた。
「……おトイレ、行かせて。……漏れ、そう……」
ここは我慢させた方が喜ぶと思ったので、あえて「耐えろ」と指示を出してみる。カイルは空気の読める男だった。
「……ふ……う……う……」
ロゼッタは股間を抑え、真っ青な顔で背後の藪に飛び込んでいく。
それと入れ違うように、見知った顔が駆け寄ってきた。
「おーすカイル。朝の散歩か?」
坊主頭のクラスメイト。キュウジである。
「珍しいな、こんな時間にお前が来るなんて」
「そうか?」
「どうしたんだよ今日は」
「……犬の散歩をしに来たんだ」
「へえ……犬? どこにいんの? 見せてくれよ」
カイルの後ろで、ガサガサと音が鳴った。ロゼッタが動揺しているに違いない。
「今はちょっと、紐を離した隙に逃げ出してしまってな」
「大丈夫かよそれ!? 硬球部の皆で探してやろうか?」
「いや、いい。朝食の時間になると勝手に戻ってくるんだ」
「ふーん。なんだかんだで懐かれてるんだな」
「ああ。可愛いもんさ。……少々、トイレの躾に手こずっているところだが」
キュウジはグローブをパシパシと叩きながら、「犬はどこでも用を足しちゃうもんな」と笑った。
「あー……そういやカイル。来週の交流試合なんだけどさ」
「助っ人の件か? 試合なら出るぞ」
「マジか!?」
「このままだと廃部なんだろう?」
「……カイル……お前ってやつは……」
キュウジは、男泣きに伏せながら手を握ってきた。
「お、お前ほど友情に厚い男を他に知らねえ。いつも女を侍らしてるし目つきも危ないけど、中身は爽やかな風が吹いてんだよな、お前ってやつは……」
まあな、と頷く。
あどけない犬耳少女におしっこを我慢させながら、好青年として評価を爆上げする。
常人であれば、頭がおかしくなりそうな状況だろう。
とうにおかしくなっているカイルからすると、どうだっていいことだが。
「お前がいるならうちも安泰かな。いや、ほんと助かったよ。ここ数年、女学院側に負け越してるらしくてさ。今年も負けたら部が潰されかねなかったんだ」
「……女子生徒しかいないチームに負け越すとはな」
「しょうがないだろ。先輩が言うには、あっちは学院全体が剣術に力を入れてるらしいんだ。おかげでバッティングが異常にいいんだよ。……おまけにどの子も美声の持ち主で、試合中にプルプル乳尻が揺れるとなると、まともに集中できるわけがねえ! わかるだろ!? 俺ら女っ気ねえんだもん!」
野球少年には刺激が強すぎるかもな、と笑っていると、グラウンドの周りで黄色い声が上がり始めた。
今まさに女の子に耐性がないと打ち明けたキュウジは、石のように固まってしまう。
「な、なんで女子がこんなとこにいんだよ」
運動部に所属している女子が、朝練しに来たのだろうか?
声のした方に目を向けると、長髪の男子達がボールを蹴っているのが見えた。
魔法フットボール部のメンバーだ。
女子集団は、彼ら見たさに集まってきたらしい。各々がお目当ての男子の名を叫び、熱心に声援を送っている。
「ルーカス様ぁー!」
「こっち向いてー! ルーカスー!」
中でも一番人気があるのは、ルーカスと呼ばれる男子だった。
金色の髪を風になびかせ、颯爽とボールを追う様は確かに絵になっている。どこかの王子様のようなルックスだ。
「……おかしいな。今日のグラウンドは硬球部が使用することになってるんだが」
連絡ミスか? とキュウジは首をかしげる。
他の硬球部員達も、怪訝そうな顔をして練習を切り上げていた。なにやらグラウンドの中央に集まり、フットボール部員と怒鳴り合っている。
「――だから――今日のグラウンド割は俺らって決まってて――」
「――ろくに結果も出ねえくせに――練習して意味あんのか――お前らうざいよ――」
揉めてるみたいだな、とキュウジと顔を見合わせる。
「俺ちょっと行ってくるわ」
キュウジは帽子を被り直すと、小走りでチームメイトの元へ向かった。
が、次の瞬間。
フットボール部の放った強烈なシュートを顔面に浴び、ばたりと倒れ込んでしまった。
やったのは、ルーカスだった。
……ただのボールではない。
音といい威力といい、確実に魔力で強化してある。
「ふむ」
カイルは首をコキコキと鳴らしながら、ゆっくりとキュウジの元へと近付いていった。
ネットの向こうでは、女子生徒達が「ルーカス様やっちゃえー!」と叫んでいる。
いきなり暴力行為に躍り出た男子を、顔がいいからという理由で応援する。その心理はカイルにもよくわからなかった。
「キュウジ。キュウジ。動けるか?」
カイルは回復魔法をかけながら、周囲の声に耳を澄ませた。
すぐ横で、ルーカスが両手を上げて演説している。
「ははは……そら見たまえ。ギャラリーも僕の味方なようだ。わかるかい? 君らみたいな不人気競技がグラウンドを使うのは、誰も得しないと言ってるんだよ。野球なんて時代遅れもいいところさ。今時丸坊主なんて、正気じゃないしね」
「……っざけんじゃ……げふっ!?」
また一人、硬球部の生徒が蹴り倒された。
キャプテンだった。
うずくまったキャプテンを、フットボール部員達が取り囲む。
一人の相手に、四人がかりの追撃――容赦ない、背中への踏み付けが始まる。
(……人数で負けているようだな)
王都はもう何年も前から、野球とフットボールの人気が逆転したと聞いている。きっとそのせいで部員数に差が生じているのだろう。
魔法硬球部の面々は、三~四倍の人数を誇る敵に、容赦ないリンチを受けていた。
「だっせえ。こいつら見た目も中身もクソだせえわ」
「もうさ、お前ら朝練すんなよ? 誰も望んでないってわかんねえのかな。野球なんておっさんのスポーツだだろ?」
「女の子にちやほやされない競技やって、何がおもしれえんだろうなあ。ホモなんじゃねえのこいつら」
ぎゃはははは、と下卑た笑い声が響く。
……カイルからすれば、硬球部の連中にそこまで義理があるわけではない。
休み時間にキャッチボールをする程度の仲だ。
しかし――
「おい、動けるか」
カイルはふと、キャプテンの体をひっくり返してみた。
何かを庇うような姿勢で背中を蹴られていたので、どうしても気になったのだ。
「……」
魔法硬球部のキャプテンは、腹にピカピカのグローブを抱えてうずくまっていた。
それは『カイル・リベリオン』と名前が縫い付けられていた。
……助っ人用に用意したグローブを、身を挺して守っていたようだ。
カイルは、そっと回復魔法を唱えた。
「なんだお前? お前も硬球部の関係者?」
「いやー、髪長いから違うっしょ」
治療を終えたカイルが立ち上がると、フットボール部員達が群がって来た。中央にはあのルーカスがいる。
「君……確かカイル君だったね。知ってるよ、中々見込みのある一年らしいじゃないか」
「知ってんのかルーカス?」
「ああ。二年では僕、一年では彼が一番の実力者だろうね」
へえ……と感嘆の声が上がる。
ルーカスの言葉には、人を従わせる力があるようだ。
「あー、どうかなカイル君? 君さえよければ、フットボール部に入ってみないかい? なに、君ならすぐにレギュラーになれるだろう。ちょうど球技大会も近いことだし、明日から練習に参加してみるといい」
「断る」
今なんて言った? とルーカスの顔が歪む。
「悪いが球蹴り遊びには興味がない。俺は投げるのが専門なんだ。今なら見逃してやる。……とっとと散れ」
「投げるのが専門? だったらキーパーはどうかな? このポジションならボールを投げる動きもあるが――」
「俺はまだSFFを教わってないんだ。さっさとここをどいて野球をやらせろ」
「……いやあ、本当に残念だよ。君のような優秀な下級生が、既に悪い毒に侵されていたなんて」
ルーカスの右足に、炎が集まる。
火属性の魔法を込めた蹴りを狙っているのだろう。
カイルは両手をだらりと下ろし、無防備な姿勢で観察し続ける。
「……ははは! 怯えて防御行動も取れない、か!」
ルーカスが用いたのは、非効率的なエンチャント呪文だった。
四肢に炎をまとわせ、熱と打撃でダメージを与えるというオーソドックスな魔法だ。
(……古すぎる)
この時代では一般的かもしれないが、カイルからすれば一世代前の戦法だ。
こんなのは全身に魔法反射をかけて受け止めればいい。まあ、この技術が普及するのは、もう数年後の話なのだが――
「直撃、だ!」
ルーカスの足が、カイルの脇腹に触れた。
瞬間、ゴキリと嫌な音が鳴った。ルーカスの足首が折れた音だった。
「ぎゃ、あああああああああああああああああ!」
間抜けな男だ、とカイルは呆れる。魔法反射でコーティングされた体に、魔力で強化した蹴りを入れれば、ダメージが跳ね返るのは当然のこと。
あげく本来カイルが食らうはずだった、炎による攻撃まで弾き返されるわけであり……。
「ああああああああああああ! あ゛つ゛い゛いいいいいいいいい!」
ルーカスは燃えていた。
一本の火柱となって燃え上がっていた。
悪臭を放ち、声帯を煮溶かし、人間から焦げカスへと変わろうとしている。
「水! 水だ!」
フットボール部の一人が、はっと気付いたように水魔法を唱えた。
ルーカスの身を包む炎はすぐさま消し止められ、変わり果てた姿で倒れ込んだ。
「……ふざけんな……これは殺人未遂だ。 わかってんのか!? 退学もんだぞ!?」
「誰に口を効いてるんだ?」
カイルは、ピーピーとうるさい茶髪の男子を蹴り飛ばした。
グラウンドの反対側にあったゴールに見事シュートされたそれは、茫然と瞬きを繰り返していた。何が起こったのか信じられない、といった様子だ。
「な……人間を蹴って、ボール並みの飛距離を……?」
「お前らそれでもフットボール部か? 本業がピッチングの俺に、足技で負けるのはどうなんだ」
カイルは、焦げカスになったルーカスを踏みつけながら告げる。
「こいつを治してやってもいいが、その代わり条件がある。お前ら、二度と朝練をするな。この燃えカス、主力なんだろ? 元に戻らなきゃ困るんじゃないか?」
「そ、そんな条件飲めるわけが……大体、そこまで炭化した人間を治せるわけないだろ!?」
カイルは、無言でルーカスの脚を治して見せた。
未来のアイリスが使っていた、最高位の回復魔法を用いたのだ。
「あ……あ……嘘だ……こんなの……これじゃもう、神様だ……」
「ピッチャーやると、こんなこともできるようになんのか!? 糞っ、俺もガキの頃にフットボールじゃなくて野球を選んでれば……」
「そ、そうだ、聞いたことがある。野球ってのは一番上手いやつに投手をやらせるんだ! 俺らに勝てるわけがない……競技人気が落ちたといっても、まだまだフィジカルエリートはあっちに集まってるんだし……そんな競技のトップに、敵うわけがないんだ……」
交渉成立。
カイルはルーカスを治療する代わりに、グラウンドの永久使用権を獲得した。
ネットの外では、ミーハーな女子達が「フットボール部ださっ」「カイルくーん! こっち向いてー!」「実は私、子供の頃から野球派だったんだよね」と手のひら返し極まりない声援を発していた。
ルーカスのサインが書かれているハンカチは、その場で捨てられて宙を舞っていた。
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