第34話 約束された九人斬り

 寮に戻るなり、カイルはさきほどの件をレオナに相談してみた。

 球技大会の助っ人を頼まれたんだが、どう思う? と。

 すると返ってきた答えは、


「私は反対かな。今回は投げない方がいいかも」


 だった。


 おや、とカイルは首を傾げる。

 普段のレオナなら、魔法硬球部との交流は全面的に賛成するはずだ。

 このような反応を見せる場合、考えられる理由は一つしかない。


(予知が発動したのか?)


 嫌な未来が見えたのかもしれない。

 これは長話になりそうだな、とカイルはベッドに腰を下ろした。両側から挟み込むようにして、アイリスとロゼッタがしなだれかかってくる。

 

「何か見えたのか?」

「……ん。おぼろげだけどね。なんだろう……マウンドにいるカイルに、剣を持った女の子が襲いかかってくるところが見えたの」

「ひょっとしてそいつ、リリーエ女学院の生徒なんじゃないか」

「……当たり」


 つまり、来週の交流試合で物騒なイベントが発生するということだ。

 となると今シーズンは登板を見送り、調整に専念した方がいいのだろうか。

 

「その女子生徒は、どんな顔をしてる? 今のうちに特定できるとありがたい」

「ごめん、よくわからないの。だって首から上が見えないんだもん。私もこんな幻視は初めてで。……もしかしたら、頭部を切断された状態で動き回ってるのかも……」

 

 首無し女。

 女学生のデュラハンが襲撃してくるとでも言うのだろうか?


 カイルは背中に冷たいものが流れるのを感じた。恐怖心が麻痺している自分が、こんな感覚を抱くなんて珍しい――と不思議がっていたら、ロゼッタが背中を舐めているだけだった。会話の最中にご主人様をペロペロする駄犬っぷりに、驚きを隠せない。

 カイルは躾の一環として四回ほど強めにロゼッタと交わり、何事もなかったかのように話に戻った。


「硬球部のやつらには悪いが、今回は裏方に回るとしよう」

「それがいいわ」


 でも、とアイリスが口を開く。

 ずっと黙り込んでいた人間が急に言葉を発したため、自然と注目が集まる。


「次の試合で結果を出せないと、硬球部は廃部になるかもしれないんです。彼らはそれもあってカイル君に頼み込んできたのではないでしょうか」

「……なんだって?」

「ここ数年ほど、負けが続いているようですから。交流試合で華々しい勝利を上げて、学院側にアピールしたいと考えるのも無理はありません」

「廃部か」


 それもやむなし、とカイルは思う。

 弱い者が切り捨てられるのは、自然の摂理だ。


 そもそもカイルは、レオナと出会い、魔王を倒すために学院へやって来たのである。 

 わざわざ学生の身分に甘んじているのは、見込みのある生徒を見つけ出すためだ。魔王討伐軍に加われるような、優秀な人材を捕まえるためだ。


 当初の目的を忘れてはならない。

 魔法球技の助っ人をしたところで、戦力増強に繋がるとは思えない。


「残念だが、諦めてもらうしかないな」

「……そうですか。仕方ありませんね。彼らには私の方からそう伝えておきます」


 アイリスはどこか寂しげな顔で言った。


「手間をかけるな」

「いえ。カイル君が悪いわけじゃないんですよ。ただ、もったいないなと思いまして」

「もったいない?」

「この交流試合は、勝った方の学院が、負けた側から生徒を一人引き抜けるんですよ。……毎年そうやって転校生のやり取りをしてるみたいで」

「それを早く言え」


 なんだそれは、とカイルは脱力する。

 もしも試合に勝ったら、優秀な学生を手元に置けるわけだ。

 新しいパーティーメンバーを物色する、またとない機会ではないか。

 

「こっちは共学で、あっちは女学院だろう。これで生徒のトレードなんて成立するのか?」

「あちらが女子生徒しか引き抜かないようにすれば、何も問題ないでしょう?」


 聞けば両学院の校長は、双子の兄弟らしい。なので、普通の学校とは少々距離感が違うのだ。

 もしかすると、兄弟でおもちゃの貸し借りをしていた頃の感覚で、生徒の取り引きをしているのかもしれない。


「決まりだな。大体、どんなトラブルが起きるのか知らないが、俺が負けるはずがないんだ。その首無し女を追い払って、試合の方も完封勝利してやるよ」


 カイル君ならそう言うと思ってました、とアイリスは目を輝かせる。


「そうですよ。カイル君が逃げるなんて、似合わないです。危ない目に遭っても、絶対乗り越えるはずなんです。……私、試合に出られるよう手続きしておきますね」

「だ、だめ! 絶対出ちゃ駄目!」


 うっとりとするアイリスとは対照的に、レオナは頑なに登板拒否を主張した。

 この予知能力者は、どんな未来を見たのだろうか?

 そんなに危険な状況に陥るのか?


 カイルはレオナの両肩に手を置き、静かにたずねた。


「教えてくれ。俺は試合に出たら死ぬのか?」

「……そういうんじゃ、ない、けど……」

「手足を失うのか? 誰か犠牲者が出るのか?」

「……違う……けど……」


 ならどうしてそこまで反対するんだ? 

 カイルには理解できない。レオナがここまで助っ人を嫌がる理由とは、果たして……。


(まさかな)


 カイルはふと、「女心」というフレーズが頭に浮かんだ。


「なあ。もしや俺が女学院と交流試合を行ったら、あっちの生徒と親しくなるんじゃないか?」

「そ、そんなわけないし。あの学院のレギュラーメンバーって、全員地味顔な上に男には興味ないみたいよ?」


 そうなのか? とアイリスに聞いてみると「いえ、今年のリリーエ女学院は美人揃いとされていますね」と真逆のことを言われる。


「……レオナ、お前……」

「違うもん……私嘘ついてないもん! カイルは私と先生、どっちを信じるの!?」


 こんな時は体に聞くのが一番だ。

 カイルはレオナを押し倒し、七回ほどかわいがってみた。


「んあああああーっ! 言う! 言いまひゅう! カイルは交流試合に出たら、美少女だらけのリリーエ女子硬球部と仲良くなって、その日のうちにレギュラー九人の処女を奪うことになりまひゅう! わらひはそれが嫌で反対してましたあっ!」


 レオナは顔の横でダブルピースを決めながら白状した。

 

(……なんてことだ)


 一度に九人……そんなことが許されるのか?

 確かに魔法で下半身を強化してやれば、一晩に一二〇~一三〇回まで抱けることは確認済みだが、ここまでくると体力よりもモラルの問題であろう。


 いくら一夫多妻が当たり前の社会とはいえ、四人を越えると申し訳なさの方が上回ってくる。

 

 カイルとしてはあまり気が進まないのだが、強力な魔王討伐軍を作るためには交流試合に出る他ない。

 すると自動的に、九名の処女を散らすはめになってしまう。

 一体全体、誰が悪いのであろうか?


 もちろん、魔王が悪いに決まっている。


 あいつさえいなければ、カイルは試合に出ずに済んだ。

 人間族は一夫多妻にならずに済んだ。

 魔王軍との長きにわたる戦いで、戦死する男性が多いばかりに……男女比が偏って……こんなことに……。

 きっと女子硬球部全員を抱くのも、このへんが原因に違いないのだ。


 もしもこのようなハーレムに怒りを覚えるのならば、ぜひ不満のお便りを魔王に送って頂きたい、とカイルは思う。

 畜生、魔王さえいなければ。大体全部あいつが悪いんだ。なんてやつだ!


(やはりあいつだけは生かしておけんな)


 胸の中で正義の炎を燃やしていると、アイリスが物欲しげな顔でちょいちょいと袖を引っ張ってきた。


「あの……私だけ何もされてないのですが」

「ああ、すまんすまん」


 カイルは礼儀作法として、アイリスも三回抱いた。

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