第28話 ロゼッタ、奴隷堕ちする
カイルとレオナは、「ひとまず場所を変えようか」で意見が一致した。
あどけない見た目でべそをかくロゼッタを、周囲の目から隔離したかったのである。気分が刑法犯だったのである。
というわけで三人は、カイルの自室へとやって来たのだった。
「意外と片付いてるだろ? そこのベッドに座るといい」
「……」
「ロゼッタ?」
「……この部屋、えっちな匂いがする……」
ロゼッタは首の付け根まで赤くなっていた。
思えばここは、連日のようにレオナを抱き、昨晩はアイリスまでよがり狂わせた空間である。
獣人の嗅覚が、淫らな残り香を感じ取ってしまうのは当然と言えた。
「わ、私換気してくるね」
ほのかに頬を染めたレオナが、大慌てで窓を開ける。
なんとも気の抜けたやり取りであった。
「……カイル、二人の女の人と、そういうことしてる……?」
答える義理はない。
カイルはさっさと本題に入ることにした。
「どうして予定より早くやってきた? 試験期間が終了したあとに転入してくるんじゃなかったのか」
「……じーじと同じ匂いがしたから。……そしたらカイルがいた」
「俺が理由か」
死んだはずの養父とそっくりな匂いを嗅ぎ取ったなら、フラフラと吸い寄せられるのも無理はない。
なるほどな、とカイルは納得した。
老人と体臭が似ていると言われたのは、若干ショックだったが。
ロゼッタ曰く「……カイルはいい匂い。優しい匂い」だそうなので、まあ受け入れるとしよう。
「では、オーク殺しとはなんだ?」
ロゼッタは、短い腕をせいいっぱい動かして説明する。
「……オーク殺しは、指輪を受け継いで魔物を討つ者。じーじで七代目」
いまいち要領を得ない解説だった。
だがこれは、ロゼッタの知能に問題があるわけではないだろう。
獣人族は、喉の造りが人間とは異なる。そのため喋るのが苦手なのだ。
年頃の少女にとって、それがどれほどのコンプレックスなのかは言うまでもない。
(そしてこのハンディキャップこそが、こいつを大魔法使いに育て上げる)
前世のロゼッタは、口を動かさずに済むという理由で無詠唱呪文を学んでいた。結果、地上で最も隙のない魔法連射ができるようになったのを、カイルは知っている。
カイルだけが、知っている。
「あのオークは指輪に引き寄せられたと言っていたな? 詳しく教えてくれ」
「……この指輪は、歴代のオーク殺しが身に着けてきた。魔物の血と臓物の匂いが、こびり付いてる。……オークからすれば、仇の証。持ってると狙われる」
何よそれ、とレオナが声を上げる。窓を開け終えたらしい。
「そんな危ないもの持ち込んできたわけ? 地下室のオークもあんたが呼び寄せたんじゃないの?」
「……でも、学院は魔法で守られてるから安全だって、じーじが言ってた」
「それは……確かに本来なら、ああいうのはありえないけど」
レオナが言うには、学院周辺は結界が張られており、地下だろうと上空だろうと邪悪なモンスターが入って来るのはありえないのだという。
「学院の内部に、やつらの侵入を手引きした者がいるのかもしれないな」
「魔王側に内通してる人がいるってこと?」
「考えたくはないが」
誰だか知らないが、見つけ次第殺すか。
カイルが殺意を発した瞬間、ロゼッタの肩がビクンと跳ねた。匂いで他人の感情すら読み取る種族というのは、なにかと気苦労が多そうだ。
「カーライルなら何もかも知ってるのかしら」
レオナはロゼッタの首元を見ながら言った。細い首から下げられた、吸魂の指輪を見ながら。
「ね、私がその指輪を嵌めるのって駄目かな?」
「……え?」
「カイルと違って、私は女だし。カーライルの記憶が入ってきても、そこまで人格が引きずられないと思うの」
「……駄目……! 絶対駄目……!」
「なんでよ? 別にいいじゃない。なんなら私が次のオーク殺しになってあげてもいいし」
「……だ、駄目なものは駄目……」
ロゼッタには何か譲れないものがあるらしい。
オーク殺しに嫁ぐだのと言っていたし、指輪を渡すのは異性限定と決めているのだろうか。
カイルは少し考えてから、
(多分あれだな)
と事情を察した。
獣人族には、なんというか……発情期が存在するのである。
一周目のロゼッタも、これには大層頭を悩ませていた。
まさか周りの男と無茶苦茶に交わるわけにもいかないので、やむをえず一人で処理していたようだが。
……その時の声は、パーティーメンバー全員に聞こえてたけど。聞こえないふりをしてあげてたけど。
カーライルは養父をやっていた以上、ロゼッタの狂おしい嬌声を耳にしてきたはずである。
もちろん、それ以外にも様々な粗相を見てきたのは確実だ。義理の親なのだし、おむつ替えをしたこともあったかもしれない。
指輪でカーライルの記憶を吸い取るということは、その手の恥ずかしい思い出も譲り受けるわけで。
(ロゼッタからすると、将来の夫にしか渡せない物体になり果てているのかもな)
指輪をどうでもいい人間に嵌めさせるのは、女心が許さないのだろう。
「なんの拘りがあるか知らないけど、若い女の子ならカーライルの記憶に飲み込まれないんだってば。ね? 私にそれ嵌めさせてよ。……それとも私じゃ嫌? じゃあもう私じゃなくてもいいから、誰か適当な女子に指輪をあげればいいじゃない。カイルに拘る理由ないわよね?」
「……駄目……なの……絶対、駄目なの……カイルじゃなきゃ、駄目……」
「どうしてこう頑固かなぁー。なあに? その指輪、恥ずかしい記憶でも詰まってたりするの?」
「……あう……。ふ……う……ぅ……っ」
「待って待って、なんで泣き出すのよ!? ご、ごめんなさい、言い方きつかった? 別にいじめてるわけじゃなくて、私はこう、合理的な解決手段をと思って……うー……」
ちらり、とレオナが視線で助けを求めてくる。
やれやれ。ロゼッタを泣き止ませろときたか。
ちょうどいい機会だし、もう色んな目的を全部済ませてしまうとするか。
カイルはロゼッタの耳元に口を寄せ、ひそひそと囁いた。レオナには聞こえない大きさの声で。
(お前、今興奮してるだろ。指輪に恥ずかしい記憶が込められてるなんて言えなくて、レオナみたいな美少女に泣かされて、それを俺にじろじろと見られて。たまらなく滾ってんだろ?)
ロゼッタは顔面蒼白になり、一瞬で泣き止んだ。この人何言ってるの、と言いたげだ。
(一目見た時から、俺にはわかっていた。お前は生来の奴隷だ。虐められて喜ぶ雌犬だ。誰かに飼われたい犬人間だ。違うか?)
(……ち……がう……私、喜んでなんかない……)
(でもお前、さっきから内ももをすり合わせてるじゃないか)
(……こ……これは……)
(辛いか? 俺に抱いてほしいか?)
(……う……)
(俺はもう、レオナとアイリスと付き合っている。彼女が二人もいるんだ。それでも抱かれたいか?)
ロゼッタは目尻に涙をにじませながら、弱々しく首を縦に振った。
(他の二人には俺が話をつけてやる。お前も俺の女にしてやろう)
幼い獣人少女は、小刻みに唇を震わせている。
(……で、でも……私だけ、見て、ほしい……他の二人とは……別れて、ほしい……)
(駄目だ)
そんなのはありえない。
かつて勇者パーティーに所属していた三人の少女は、戦力として誰一人欠かすわけにはいかない。
なのにその全員がカイルに恋愛感情を持ってしまったのだから、まとめて抱くしかないではないか。
カイルとしても、好きでやっているわけではない。あくまで魔王討伐と、レオナを守り抜くためなのである。
そう。これは愛と平和のためのハーレムなのだ。
(お前の意思なんてどうでもいいんだよ。俺はレオナとアイリスを捨てるつもりはない)
(……う……ふ、ぅ……)
カイルは知っている。
ロゼッタの好きなタイプが、オレ様系鬼畜男子であることを。こうやって虐められている時、実は大喜びしていることを。
犬型獣人のせいか、首輪が大好きなことも。
(お前は今から、俺の三番目の女だ。理解したか?)
(……ぁ……ぅ……)
(返事は?)
(……り、理解……した……)
(お前は俺の奴隷だ)
(……私は……カイルの……奴隷……。カイルの、ペット……)
(いい子だ)
カイルは、ロゼッタの頭を優しくよしよししてあげた。
レオナは少しだけむっとしたが、自分が泣かせたのが原因という負い目があるせいか、何も言ってはこなかった。
なので、安心して調教を続けられる。
(ほら、言ってみろロゼッタ。お前は何者だ?)
(……私は……カイルの……せ、せっくす奴隷……カイルが好きな時に……抱いて遊ぶ……お人形……)
(素晴らしい回答だ。お前ほど覚えのいい犬は初めてだぞ)
(……あ、ありがとう……ございます……御主人……様……)
(お前、明日は俺の班に入れよ? 最終試験はダンジョン攻略になってる。お前の魔法が必要になるかもしれないんだ)
(……入る……ご主人様のためなら……なんでも、する……)
カイルはロゼッタから顔を離すと、レオナに向き直った。
「もう大丈夫だ。な? ロゼッタ。悲しい気持ちは消えただろ?」
「……ん。消えた。どっか行った……」
「しかもそれだけじゃない。なんとこいつは、俺達に協力してくれるそうだ。指輪の件は保留したまま、明日の試験を手伝ってくれるそうだぞ」
ロゼッタはすっかり涙が乾いた顔で頷く。
「凄いわねカイル! どうやってこの短時間でそこまで説得したの?」
「子供の扱いは得意なんだ」
「一歳しか違わないでしょうに」
精神年齢なら二十歳は違うからな、とカイルは胸の中でぼやく。
さて、あとはレオナとアイリスを体で説得するだけだ。
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