第24話 水も滴るいいカイル
カイルが酷薄な笑みを浮かべていると、他の班員も次々に使用魔法を申告していった。
「私は無難に雷魔法かしらね」
と、自慢の金髪をかき上げるレオナ。
「俺は粘着魔法かなぁ。守備固めで陣地を守り抜くぜ」
とはキュウジ。
「……私は視力強化にします。見張りなら任せてください」
か細い声で囁くのはネトリスだ。
「アタッカー二名に、防衛役二名か。そこそこバランスが取れてるんじゃないか?」
全員の戦力を確認すると、カイルは雑に練った作戦を語り始めた。
「まず俺が全力疾走で敵陣に突っ込み、敵の旗を強奪する。歯向かうものは暴力で蹴散らし、もしも自陣に敵が接近した場合は、投石で妨害する。他の連中は素振りでもして遊んでればいい。――これでどうだ?」
「お前どんだけ個人プレイ好きなんだよ」
キュウジはむっとした顔で抗議する。
「野球は一人でするもんじゃねえんだぞ。……確かにカイルは投打で傑出してる。俺の見る限り最高の素材だと思う。でもなあ、十代で投げすぎた投手ってのは大成しねえんだぞ? お前の将来を守るためにも、ここは負担を分散しようや。そりゃあ、俺の投げる球は130キロも出ねえよ。でも……それでも控えにはなるんだぜ」
「……お前」
「お前は俺らのスターなんだよ。頼むよ。お前がプロで投げる前に壊れたら、皆に申し訳が立たねえ」
カイルは級友の熱いハートに胸を打たれていたが、よく考えたら自分は野球選手になるつもりが全くないと気付き、すぐにどうでもよくなった。仮に投げすぎで肩や靭帯をやったところで魔法で簡単に治るし、雰囲気とは恐ろしいものである。
レオナも涙を拭いながら「男同士の友情っていいわね……」とほろりとしているほどだ。
「とにかく攻め手は俺に任せろ。その代わり旗を守るのはお前らにやってもらう。これでいいか?」
「まあそれなら」
カイル達が作戦会議を終えるのを見計らっていたかのように、陣地戦開始の笛が鳴る。
(静かだな)
序盤は相手の出方を待っている者が多いのだろう。
どこの班も自陣営から動こうとしないので、カイルは本日最初の切り込みをかけることにした。
目標は……前方の陣に籠もっている、男四人の班にしよう。位置が近いのもあるが、女子がいないので心理的な負担が少ないのも大きい。女を怖がらせるのは好きではない。
「うああっ!? カイルだ! カイルがこっち見てんぞ!? 結界張れ結界!」
地面を蹴り上げ、一気に距離を詰める。
なにやら貧弱なバリアが張られているが、お構いなしだ。
四層バリア? それがどうしたというのだ。魔法で強化した肉体は、もはや攻城兵器に等しい。
カイルは魔力の壁をやすやすとブチ破ると、容赦なく旗をもぎ取った。
「な……っ。四人がかりで用意した結界が、こうも簡単に破られるのか……!? どうしてここまで高倍率の身体強化ができるんだ……!?」
この時代の肉体強化術式は、精々筋力を四~五倍に引き上げる程度。
一方カイルは、百倍以上にまで跳ね上げることができる。
王都周辺の技術劣化を考慮すると、その差はもっと大きいかもしれない。
「――ふっ」
カイルは呼吸を整え、次の獲物へと襲いかかる。
今度の班は、水魔法を得意とするメンバーで固まっているようだ。
「わああああああ!? 次はこっち来るのか!? ウォ、ウォーターブラスト!」
なにやら水流弾で迎撃されているが、強度の上がった肉体の前ではちょうどいいシャワーだ。
(制服が濡れたか)
カイルは目にも止まらぬ速さで跳躍し、二本目の旗を奪い取るのに成功した。
ぴちょぴちょと前髪から雫を垂らす顔は、湯上りのような余裕に満ちている。
「嘘、だろ……。あれ、岩に大穴を開けられるんだぞ……」
ぬるい、ぬるすぎる。
もはやこのグラウンドに俺の敵はいない、とほくそ笑んだところで、自陣営から悲鳴が上がっているのに気付いた。
「だ、駄目だ……俺じゃ抑えきれねえ!」
顔を向けると、キュウジが押さえつけている旗を、複数の男子生徒が強奪しかけているのが見えた。
粘着魔法とやらを使って旗の根元を地面と接着しているようだが、あれでは長く持つまい。
カイルは足元の小石を拾い上げると、指先で微妙な変化をかけて投擲した。
石は空中で直角に近い曲がり方を見せ、襲撃者の足元に当たる。まさか負傷させるわけにもいかないので、地面に衝撃を与えたのだ。
「うおっ!」
突然の振動で転倒し始めた男子達を、レオナが電撃魔法で仕留めていく。
軽めの麻痺状態にしているようだ。
「どう? 動けないでしょ? ってカイルそれ……!?」
ん? とカイルは訝しんだ。
レオナの反応がおかしい。なにやらこちを見て、石のように硬直している。
……トラブルだろうか。
カイルは大急ぎで自分の陣地へと戻った。手土産に二本のフラッグを抱えながら。
「どうした? 何があった」
「カイル……貴方……」
レオナは口元に両手を当てて震えている。
「俺?」
「貴方……制服が水で透けてるじゃない!?」
「……ああ」
「ワイシャツがびしょびしょで……肌に貼りついてるじゃない!?」
「ああ」
「煽情的すぎない……!?」
「大丈夫そうだな。俺はもう一度旗を取りに行ってくる」
「あ! 待ってカイル! せめて乾かしてから……他の女子にそれ見せちゃ駄目!」
カイルはその後も獅子奮迅の活躍を見せ、バシバシと旗を奪い取っていった。
そのたびにレオナが興奮し、「濡れ透けカイルが動いてる!」と怒ってるのか喜んでるのかわからない実況をしていた。今では「かいゆぅ……かいゆぅ……」と舌足らずになり、危うい空気を放ち出している。
これで陣地防衛ができるのかと心配でならなかったが、日中から発情し始めたレオナの痴態に男子生徒がうろたえ始めて、攻撃の手が緩むという幸運な状況が発生していた。
レオナは赤面して息を荒げることによって、最強の盾として君臨しているのだった。
女子生徒達は元々戦力差を恐れて攻撃してこないので、完封勝利すら可能であろう。
(ここまで上手くいくとはな)
カイルが両手に大量の旗を抱えて陣地に引き返した瞬間、試験終了の鐘が鳴った。
スコアはカイル班が七本の旗をゲット、他の班はゼロ。
圧倒的な満点合格であった。
「おっしゃああああ! やっぱカイル班で正解だったわ!」
飛び跳ねて喜ぶキュウジの横を迂回するようにして、レオナが歩み寄ってくる。
そのままひしっとカイルに抱き着いてきたので、てっきり勝利を分かち合うのかと思えば――
「……しよ?」
まあ、予想はしていた。
子供には見せられない顔してるし。
カイルは「予測の範囲だ」と答えると、レオナをトイレに連れ込んで二回交わり、教室へと戻った。
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