第23話 ちょろい彼女、やばい彼氏

 二次試験は、班を作って団体戦を行うそうだ。

 カイルはレオナにまとわりつかれながら、グラウンドへと足を進める。

 

 いつも通りイチャイチャしているだけなのだが、周囲はA組ツートップの実力者がペアを作った、衝撃の瞬間と認識しているらしい。「これは恐ろしいことになった、きっと団体戦の打ち合わせをしているに違いない」などとざわいている。

 けれど当のカイルは、全く違うことを考えているのだった。


(バルザックの剣術は、弱体化の影響を受けていない……?)


 二周目の世界では様々な変化が生じており、主に王都周辺で戦闘技術の劣化現象が起きている。

 なのにあの男は、前世の基準から見ても抜群の剣技を持っていた。

 カイルには劣るが、十分「強い」部類に入るだろう。


 ――技術の弱体化には、地域差や個人差がある?


 確かバルザックの出身地は、辺境だったはずだ。王都の外で育った人間ならば、一周目と同レベルの戦闘力を維持できているのだろうか?


 ……いや。

 生まれも育ちも王都なはずのレオナは、前世と同じくらい優秀な魔法剣士ではないか。

 となると地域差ではなく個人差なのもしれない。


 狂った頭なりに考えをまとめていると、レオナに腕を引っ張られる感覚があった。


「聞いてるの? ねえってば。あのラブレターなんだけど……」

「ラブレター?」


 ああ、とカイルは思い出す。

 そういえばレオナは、やたらと例の恋文を気にしてたっけ。自分の彼氏が他の女子に狙われていると知り、独占欲に火がついたのかもしれない。

 というか教室を出てから、ずっとこの件で問い詰めてきてたかもしれない。


 ほとんど全部聞き流してたので、何を言ってたかはよくわからないのだが。


「まさか返事書いたりしないよね? ……私もああいうお手紙書いた方がいい? ちゃんと文章で好きだって伝えるべき?」

「なんだそりゃ」

「だってカイル、あれ読んでからずっとぼーっとしてるし……なんかもう、心を奪われてる感じじゃない」

「手紙は関係ない。レオナのことを考えてたんだ」

「え、私?」


 途端、ぱあっとレオナの顔が明るくなる。

 一体この少女はどこまで俺を愛しているのだ、むずがゆくなるカイルだった。


「え、なになに? どんなこと考えてたの?」

「レオナは誰に剣や魔法を習ったんだろうな、と思ってさ。周りの王都出身者より、明らかに優秀だろ」

「私の師匠にジェラシー感じてるわけ? カイルもやきもち焼いたりするんだ。……ちょっと安心したかも」


 何か都合のいい勘違いをしているようだが、大体いつもこんな感じなので放置推奨だろう。

 勝手に機嫌が良くなったので、カイルとしてもありたがい誤解である。


「ふふっ。私ね、剣も魔法も亡くなったお兄様に教わったの。もちろん兄妹愛以上の感情はなかったから、心配しないでね?」

「そうか」

「あーでも、カイルってお兄様と似てるから、無意識に影を追ってる部分はあるのかな……? 自分でもわからないけど」

「そんなに俺と兄貴は似てるのか?」

「うん、そっくり。生き写しっていうか……」


 ――黒子まで同じ位置にあるのよね、カイルとお兄様って。


 レオナの言葉はいやに引っかかったが、今は試験に集中するべきだろう。

 グラウンドはもう目と鼻の先の距離にあるのだ。


 カイル達は足並みを揃えて階段を降り、班を作る作業に入った。

 四人一組で班を作るそうなので、あと二人クラスメイトを捕まえる必要がある。


 常識的に考えれば、できるだけ有能な生徒に声をかけるべきだが……。


「俺がカイル班に入るぜ」

「俺も!」

「私も!」

「僕も!」


 カイルとレオナが所属している班ならば、間違いなく試験に合格できる。

 誰もがそう思っているようで、A組の全員が名乗り出てきたのだ。

 この中からたった二人を選び出し、残りを説得して切り捨てなければならない。

 骨の折れる作業である。


(団体行動を取れるかどうかの試験なのだし、班決めの段階で始まっていると見るべきか)


 ふっ、とカイルは鼻で笑った。

 確かに俺は狂戦士だ。正気なんてものは前世に置いてきた。だが狂気とも呼べる闘争心は、常に最善の手を選んでくれる。


「支援役の女子を入れるべきだな」

「魔法硬球部の男子を入れるべきだわ」


 カイルとレオナの意見が割れた。

 真っ二つであった。


「……俺とレオナがいれば、戦力に関してはなんの問題もないんだ。なら学力や分析力に特化した人員が欲しいとは思わないか? ペーパーテストで上位を取っている女子が二人いたはずだ。足りないところを補おう」

「魔法硬球部の男の子って皆ノリいいし、運動もできるし、悪くない選択なはずよ。いつもみたいに、ピッチング談義で盛り上がりながら試験受ければいいじゃない。……これ以上、カイルに女子を近付けたくないし」


 議論は平行線。どうしたものか。

 ……しかたない、互いに譲歩しよう。

 カイルはレオナの右手で頭を撫でながら、あやすように語りかける。左手は別の場所に添える。


「それなら折衷案でどうだ? 男子と女子、一人ずつ取ろう」

「……でも……」

「駄目か? 折衷案なんだぞ」


 レオナはしばらく唇を尖らせていたが、やがて観念したかのように言った。


「……いいわ」


 これ以上話し合っていてもらちが明かないし、時間を優先したのかもしれない。

 あるいは左手で尻を揉みしだきながら「レオナ可愛いよ。一番可愛いよ」と耳元で囁いたのが効果的だったのかもしれない。いや確実にこのおかげであろう。やはり困った時は体に訴えるに限るのだ。


(ちょろい)


 カイルは丸刈りの男子と、おかっぱ頭の女子を選抜し、班に入れた。

 名前はそれぞれ「キュウジ・クサハエチラカス」と「ネトリス・ヨコレンボス」である。


「やっりい! これで楽に合格できるわ。ほんと助かるぜ。あとでお礼にSFFの握り方教えてやるよ」

「……カイルさん……あの……よろしくお願いしますね。……バルザック先生のセクハラを辞めさせたの……格好良かったです」


 レオナの顔がこわばりかけているが、今は構っている場合ではない。

 四人はグラウンドの真ん中に集まり、試験の説明を受けることにした。

 他の生徒達も遅れてやってくる。

 一年A組が全員揃ったのを確認すると、担当教師は説明を開始した。


「皆さんには、これから陣地戦を行ってもらいます。簡単に言うと旗取り合戦ですね。後衛が自陣のフラッグを守っている間に、前衛が敵陣のフラッグを取りに行く。チームプレイが重要です」


 俺一人で無双すればいいじゃないか、とカイルは考える。

 だがその目論見を看破していたかのように、教師は告げる。

 

「なお、魔法は一人につき一種類しか使えないという制限をつけさせて頂きます。これは限られた戦力でどこまで連携できるかの試験ですからね」


 ふむ、とカイルは瞑目した。

 自分が防御に回れば最強の盾となるが、敵の旗を奪えなくなる。

 逆に攻撃に回れば、防御がおそろかになる。

 皆で力を合わせて、団体行動を取らなければ不味いことになるだろう――


(と、思うとでも? くだらん。俺単独でなんとかなりそうだ)


 どの魔法を使うかは事前に申告せよとのことだが、カイルは迷わず「筋力強化」を選んだ。

 あとはただ、旗の奪取と投擲に専念すればいい。

 

 この陣取り合戦は、一方的な蹂躙劇になるであろう。

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