第18話 レオナは見た(後編)
交際を続けるにつれ、疑念は確信へと変わっていった。
カイルが過去、女性と交際していたのはもはや確実である。
そして大切な人を殺されたという発言からすると――
(死別)
レオナは胸を痛めた。
私がカイルの心を癒してあげなければ、と努めて明るく振る舞うようにした。
が。
一人の女の登場により、死別説が誤りだったと思い知らされる。
「み、皆さんの担任を務めさせて頂く、アイリス・ミステスです。一年間よろしくお願いします」
カイルはこのお色気女教師に対し、異常な反応を見せたのだ。
まるで顔なじみのような口ぶりで、やたらと噛みついていた。
なのにアイリス先生の方は、カイルのことを覚えてないらしい。
これが意味するところは?
カイルの言動を一個ずつ思い返し、推測してみる。
(……そういうこと?)
レオナの中で、一つの回答が導き出された。
全てが繋がった。
かなりの確率で――アイリス先生はカイルの元恋人だ。
二人は昔付き合ってたんだ。
けれどなんらかの事情で別れることになり、カイルは激しい自暴自棄に陥った。
そのせいで目が死んだのだろう。
多分、アイリス先生の方から振ったんだ。
では、昔大切な人を殺されたという発言はどうなるのか?
一番しっくりくる仮説はこうだ。
カイルとアイリス先生には共通の知り合いがいて、その人を魔物に殺されてしまった。
当時のカイルは今では考えられないくらい弱くて、守りきれなかったのかもしれない。
それが原因で、アイリス先生に見限られたんじゃないだろうか。弱い男なんか要りません、と。
この解釈ならば、カイルの語った断片的な過去と一切矛盾しない。
我ながら恐ろしいほどの名探偵ぶりだった。
(一人で悩んでないで、話してくれればいいのに)
きっとカイルは、相当やけになっていたはずである。
オークを殺すのが趣味だと言ってたし、荒んだ毎日を送っていたのだと思われる。
それがレオナと出会うことで、やっと立ち直れたのだろう。
新しい恋人を得ることで、元気を取り戻す。よくあること話だ。
次の恋人に、前の恋人の影を重ねる。これもよく聞く話だ。
(私と先生、顔は似てないけど体型は似てるしね)
どちらも身長は一六〇センチメイテル前後で、グラマーな体つきをしている。
こういうのがカイルの好みということか。
レオナはたまらず爪を噛んだ。
そっか。カイルは私の中に、失ったアイリス先生を見出してたんだ。
別に、初めての相手が自分じゃなかったとしても構わない。
ちょっと悔しい気持ちはあるけど、しょうがない。
問題はアイリス先生の態度だ。
「え? 私カイル君とは初対面なんですけど?」みたいな振る舞いは、いくらなんでも酷すぎる。
前の彼氏なんて他人ですし、とすっぱり割り切っているのだろうけど、それにしたってあんまりだ。
以前付き合っていた人に、無視を決め込まれるだなんて。
かわいそう……。
カイル、かわいそう……。
年上の悪女に弄ばれて、凄く辛かったよね……。
これはぜひとも体で慰めてやらなければ、とレオナは決意した。
即座にカイルを押し倒し、二十六回交わった。
(今のカイルには私がついてるから)
この人を支えてあげられるのは、私だけなんだから。
レオナは同情を感じると、余計に燃え上がる性質らしい。
おかげでますます激しくカイルを求めるようになったのだが、蜜月の時は長く続かなかった。
アイリス先生が、急にカイルへの態度を軟化させたのである。
それも、課外授業でカイルが大活躍した途端にだ。
(ま、まさか。昔振った男が意外と優秀だとわかったから、よりを戻そうとしてるの?)
怒り心頭である。
なんとしてもあの女教師はとっちめてやらねば、と決意した。
そんな折、カイルがアイリス先生に呼び出されるという事件が起きたのだからたまらない。
なんでもあの悪女は、カイルと個人的に話したいことがあるのだという。
レオナは「じゃあ私、先に帰ってるね!」と魅惑の笑顔でホラを吹き、すぐさま二人を尾行した。
場所は進路指導室。……こんなところで何をするというのだろう?
(ちょっとくらい、いいよね)
レオナは扉に耳を当て、室内の声を盗み聞きしてみた。
『これ……私から出てるの?』
『そうだ。体の奥から湧き出てくるような感覚があるだろう?』
『……あります』
『お前の体は一級品だ。持ってるものが違う。他の有象無象とは器が違うんだ』
ピシ、と全身が凍り付く。
待って。
この人達、何やってるの? アイリス先生は体の奥から何を出してるの?
なんで私以外の女の体を褒めてるの?
(浮気? ……違う! カイルに限ってそんな……)
嫌だ。もう聞きたくない。レオナは声を殺してその場から立ち去った。
ぎくしゃくとした走りで寮に戻り、ベッドにダイブする。
ここは男子寮なのだが、カイルと堂々と同棲を決め込んでいる。二人の愛の巣というわけだ。
もちろん、ぶっちぎりで規則違反である。
けれど父親が寄付金を送った効果で、教師達は何も言ってこない。うちのレオナにはぜひ一番いい寮を……と勝手に裏工作したらしい。
大人って汚い。
特にアイリス先生は汚い。
(私のカイル、取らないでよ……!)
枕を嚙んで泣いていると、コンコンとドアがノックされた。
カイルが帰って来たのだ。
「悪いな、待たせてしまって。いい子にしてたか?」
「……うん」
「なんだ、泣くほど寂しかったのか。わかった。すぐ抱いてやる」
何はともあれ二回ほど体を重ねたあと、本題に入る。
「先生と何してたの?」
カイルの顔色は変わらない。しらを切っているのだとしたら大したタマである。
「あえて言うなら個人授業だな」
その言葉は、酷くいかがわしいものを連想させた。
それ以降も、カイルはアイリス先生に呼び出しを受けていた。
放課後になると二人で進路指導室に籠もり、何やらゴソゴソやっているのだ。
しかもそれが十日続いた。
カイルを信じてるからこそ、聞き耳を立てるような真似はしなかったが……。
(もう無理。気になるものは気になる)
自分の気持ちに正直になって、何をやってるのか探りに行こう。
いても立ってもいられず、レオナは進路相談室に駆け込んだ。
ドアに耳を当て、盗み聞きを開始する。
『……貴方がいけないんですよ。カイル君が、私をこんな風にしたの』
『アイリス?』
『……カイル君も脱いで。それとも、私に脱がせてほしいですか……?』
だ、だめ!
レオナは咄嗟にドアを開けると、勇者候補の身体能力を生かして猛然と部屋の中に飛び込んだ。
こんなことに生かすべきではないとわかってるのに、体が勝手に動いてしまう。
「レオナ……!?」
「レオナさん!?」
アイリス先生、いやアイリスは、あろうことかスーツの胸元をはだけ、カイルの上に馬乗りになっていた。
「この、淫行教師……!」
レオナはカツカツとアイリスに歩み寄ると、平手打ちをお見舞いしてやった。
「人の彼氏に何やってんのよ!」
視界がにじむ。怒りを通り越して、悲しみがこみ上げてくる。
ふざけたことに、アイリスも顔を覆って泣きじゃくっていた。
女狐め……。
「カイル! 大丈夫だった!?」
「あ、ああ」
解せぬ、といった顔でカイルは首を傾げていた。
年上の女に犯されかけて、恐怖のあまり混乱しているのかもしれない。
「カイルとよりを戻したいからって……無理やりするだなんて!」
正義感満ち溢れる雄たけびを上げたところ、カイルとアイリスは同時に「は?」と口を開けた。
あれっ……。私、何か間違えてる?
カイルは「ふむ」と呟いてから、
「妙な誤解をさせてしまったようだな」
と言った。
「俺はただ、あいつに魔法を教えてただけだ」
「ま、魔法?」
「そうだ。だろ? アイリス」
アイリスはこくこくと頷いた。
カイルに言われるがまま、上級光魔法・ディバインスフィアを生成して見せたので疑いの余地はない。
以前のアイリスに、ここまでの魔法技術はなかったはずだ。
なんたってこれを作れたら、その瞬間から世界でも十指に入る光魔法使いになるくらいだ。
そんな人材が無名で埋もれていたはずがない。
カイルの指導を受けて、つい最近能力を開花させたと見るべきだろう。
となると、本当に魔法のレッスンに専念してたわけであって。
「……私、勘違いしてた?」
途端に申し訳なくなってきた。
よりによって早とちりから担任を打つなんて、私ったらなんてことを……。
「いや待って。ただ魔法を教わるだけなら、半裸になってカイルにのしかかる必要はないでしょ」
未だベソをかいているアイリスを、じろりと睨みつける。
この女、一体何を考えてるのか。
そもそも二人はどういう仲なのか。
「アイリス先生って、貴方の元恋人?」
とカイルにたずねてみたところ、
「全然違う」
「……証明する手段はある?」
「そうだな。アイリスはまだ生娘なはずだ。体をまさぐってみたらどうだ。やつの純潔がその証左となる」
アイリスが無言で耳を赤く染めているのが見えた。
体の関係がないのは、ほぼ確かなようだ。女体の場合はごまかしが効かないだろうし。
それでもアイリスが、カイルに本気で惚れているのは伝わってくる。
濡れそぼった目でカイルを見つめる表情は、完全に恋する乙女なのだ。
(カイルは真面目に魔法のアドバイスをしてたのに、先生の方が一方的に好きになったと)
やっぱり淫行教師じゃないか、と腹が立ってくる。
この人はクビにするべきだ。
その思いが伝わったのか、アイリスはふらりと立ち上がった。
「……退職届、出してきます。教職者失格ですから。……ごめんなさい、レオナさん。カイル君は貴方のものなのに。そんなのわかってたのに……」
目尻に光るものをたたえながら、アイリスはいそいそと身支度を始めた。
えっと……。
なんで私は胸を痛めてるんだろう? とレオナは不思議な気持ちになる。
この人は恋敵で、憎たらしい相手なはずなのに。
なぜか遠いどこかで、とても仲が良かったような気がしてならない。
私とアイリス先生は……以前、友達だった?
以前っていつ?
(――な、何この感覚)
私、泣いてる?
説明のつかない涙に戸惑っていると、カイルが重々しく口を開いた。
「いや。辞める必要はない」
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