第16話 レオナは見た(前編)
レオナ・ブレイブはある悩みを抱えていた。
物心ついた時から、定期的に奇妙な夢を見続けているのだ。
それは恐ろしく臨場感があって、残酷で……とても人に話せるような内容ではない。
悪夢と言ってよかった。
幸い、年々内容がおぼろげになってきているし、見る頻度も減りつつある。
ひょっとしたらこれは生まれる前の記憶で、大きくなるにつれて忘れるものなのかもしれない。
だったら早く忘れたい、脳の中からあますことなく消してしまいたい、と切に願う。
……願ったのに。
あまりに強く意識したせいだろうか。今夜は久しぶりに、その夢が始まろうとしていた。
(もういや……)
必死の抵抗も空しく、お決まりの物語が幕を開ける。
夢の中のレオナは、魔法学院の卒業式に出席していた。首席だった。
その日のうちに勇者に選ばれると、仲間達と共に冒険の旅を開始する。
気の合うパーティーメンバー。人々の喝采。きらびやからな鎧とスカート。
何もかもが楽しかった。勇者業は転職なんだと思った。
ところがある男の子と出会ってから、運命の歯車が狂い出す。
どうやらレオナはその男の子が好きらしいのだが、だからこそ彼を虐めなければならないのだ。
この冒険は絶対に失敗する。私達は魔王に殺される。
……なんとしても彼をパーティーから追放しなければ!
やがてレオナは男の子に指輪を渡すと、たった二人の女性を引き連れて魔王軍へと突撃した。
――大好きだよ、×××。
名前も知らない誰かのために、レオナは果敢に戦った。
けれど多勢に無勢。徐々に押されていき、ついには捕らわれの身となり……。
「きゃあっ!」
レオナが目を覚ますと、ベッドは涙とおねしょでビショビショになっていた。
まだ六歳の幼女からすれば、あの夢は刺激が強すぎるのだ。
「……お母様に怒られちゃう」
レオナはこっそり寝室を抜け出すと、メイドを呼びに行った。
母親にシーツを汚したと知られたら、こっぴどく叱られてしまう。なので秘密裏に処理しなければならない。
ああ……憂鬱だ。
自分がいつおしっこを漏らすのか、事前に把握できれば対策が取れるのに。
たとえばおねしょをする日は、夕食のスープを飲まないようにするとか。
(少し先の出来事がわかったら、便利なのに)
レオナは夜空を見上げて、そんな子供らしい願い事をしてみた。
――刹那、脳裏に電流が走った。
『しゅきっ、しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきっ。×××しゅきっ、最初からしゅきっ、全部らいしゅきっ』
レオナの目の前に、幻影が浮かび上がる。
それは十代半ばほどに育った自分が、はしたなく男の子の指をしゃぶるというものだった。
「なにこれ……怖いよ……」
レオナはメイドに泣きつき、今夜は添い寝してもらうことにた。
翌朝。
レオナが昨日見たものをお父様に告げると、「なんてことだ」と驚かれた。
「お前は才能がありすぎる……まさか六歳で目覚めるとは。それは予知能力だ。ブレイブ家は代々預言者を輩出している。そのおかげで富を築いた部分があるのは確かだが、娘にだけは遺伝してほしくなかった」
お父様はどこか言いにくそうにしていた。「赤ちゃんってどこから来るの?」と聞いた時と雰囲気が似ている。
「いいかレオナ。人前では絶対に予知スキルを持ってるだなんて話しちゃいけない。直感スキルを持ってるということにしなさい」
「どうして? 予知って未来が見えるんでしょう? すごいことなはずよ」
「凄いとも。そのせいで政治利用されるかもしれないし、悪い人にさらわれるかもしれない。それに……」
予知能力者ってやつはやたら結婚が早まるんだ、とお父様は嘆いた。
レオナにはよくわからなかったが、まだ親に歯向かうような年齢ではなかったので、素直に従った。
(こんなに凄い力なのに、どうして隠さなきゃいけないのかしら)
ところがレオナは、すぐに予知の厄介さを思い知ることとなる。
なぜならこの能力は、どんな未来をどのタイミングで見るかを、全くコントロールできないのだ。
ある時は誰かの死が食事中に見えるし、またある時は大洪水が入浴中に見える。
楽しい未来が見えた時はいいが、不幸な未来を見てしまった時は気分が沈む。
なにより一番辛いのは……。
(こういうことだったんだ)
レオナは、頻繁に白髪の男の子に抱かれる幻覚を見るようになっていた。
そう。予知で見える未来はランダム。
将来の恋人と夜の営みをしている場面が、真昼間に見えることだってある。
(あ、頭おかしくなりそう)
レオナは六歳にして、世の男女が寝室で何をしているのか知ってしまった。
自分がどんな人と結ばれるのかもわかってしまった。
これが運命の相手。私はいずれこの男の子と出会い、激しく愛し合うようになる。
そう考えると、本当に好きになってくるから不思議だ。
……なんだか例の悪夢に出てくる少年とも似ている気がするし。お兄様ともちょっと似てるし。
根本的に、レオナの好きな系統の顔なのである。
思春期が訪れる頃には、すっかり白髪の男の子の虜になっていた。
彼と交わる場面を予知した夜は、トイレに駆け込むのが習慣と化している。
(寝る前にあんなの見せられちゃうんだもん……)
どうしよう。私どんどんえっちな女の子になってる。自分自身の予知能力に調教されてる。
レオナは誰にも言えない悩みを抱えたまま、十三歳になっていた。
この力を何に用いればいいのか、さっぱりわからなかった。
精神的な限界はすぐそこまで迫っていた。
さらにその年、追い打ちをかけるような悲劇がレオナを襲う。
慕っていた兄が、流行り病にかかったのである。
黒死病――回復魔法は負傷こそ治せるが、病気の前では為す術もない。
もう助からないと悟ったのか、兄は淡い笑みを浮かべて言った。
「俺の人生に悔いはないよ。やることはやったからな。レオナに剣も魔法も教えられたし。……糞カスの魔王をこの手でブチ殺せないのは残念だが……」
兄の遺言は、「泣くなよ。またすぐ会えるんだから」だった。
いつも冷静で優しかった兄が、病の苦しみで錯乱した発言をするのは見ていられなかった。
無力感と喪失感が、レオナを支配した。
葬儀の際、実は兄が養子で、自分とは血の繋がりがないと知らされたのもショックだった。
だから兄はブレイブ一族が眠る墓地ではなく、庶民用の共用区画に埋葬されることとなる。
なにそれ、とレオナは激怒した。
名家の因習を、心の底から侮蔑した。
家柄にある種のプライドを抱いていただけに、嫌悪感に変わった時の反動は大きい。
とにかくもう、家のために働くのだけはごめんだった。
父親からは予知能力を生かして商売に携わることを期待されていたが、お断りだ。
資産家の汚い一面なら、嫌というほど見てきた。兄の件以外にも、ブレイブ家は何かと後ろ暗いことを繰り返している。
お金を貯め込んだ末に、人の心を失くしてしまうというなら……そんなものはいらない。
自分の力は、もっと綺麗なことに使いたい。
レオナは未来が見える。剣と魔法の才もある。
ならば、魔王を倒すことこそ我が使命なのではないか。
ただのお嬢様ではなく、誰かを救えるような人間になりたい。
(私は勇者になる)
レオナはさっそく、勇者になるべく魔法学院へ入学したいと打ち明けた。
結果、猛反対を受けた。
お前は何を考えてるんだ、貴族院に入って淑女の教育を受けるべきだ、と予想通りの答えが返ってくる。
レオナはこの時、得意とする雷魔法で少々派手な「説得」を行った。
それ以来、家の中では腫れ物に触るような扱いを受けることとなった。
(私、一人になっちゃった)
レオナの孤独は、誰にもわかってもらえない。
誇りと引き換えの、灰色の毎日。
この寂しさを埋めてくれるのは、あの白髪の男の子しかいないのかもしれない。
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