第14話 オークスレイヤー

 アイリスは王都の城壁付近まで来ると、ぴたりと足を止めた。


「ここです」


 見れば壁が広範囲に渡って壊れており、巨大なトンネルができている。

 モンスターからすれば、餌袋に穴が開いたようにしか見えないだろう。


(まさか俺が吹っ飛ばした測定器がぶつかったのではあるまいな)


 一瞬嫌な想像をしたが、アイリスが言うには昨晩自然に倒壊していたそうだ。

 となると原因は経年劣化だろう。


「補修工事に取りかかろうにも、魔物が寄り付いていては作業ができません。なんとしても露払いをお願いしたいとのことです」


 アイリスの白い指が、トンネルの外に向けられる。

 そこでは既に、番兵とオーク達の戦闘が繰り広げられていた。


「殺していいのか?」

「……どうぞ。でも『倒していいのか?』という表現を使った方が、誤解を招かないと思いますよ」


 前世のアイリスは「カイル君、ゴブリンは殺して酢漬けにすると美味しいんですよ」と豪語するような女だったのだが。


 調子が狂うなと思いつつも、カイルはオーク集団と距離を詰めていく。

 他の生徒達も恐る恐るあとをついてきた。


 また重力壁を張って、クラス全体を守るべきだろうか?


 ……いや。甘やかしすぎるのはかえって毒だ。少し鍛えた方がいいだろう。

 この中に魔王討伐の戦力となる人材が眠っているかもしれないし、実戦経験を積ませてみるか。


 カイルは瞬時にそう判断すると、フルプレートの甲冑を着込んだ番兵に「どけ」と声をかけた。

 この兵士、あろうことか体格のいいオークと馬鹿正直に鍔迫り合いをしているのである。


「が、学院の増援か!? 助かっ……。待て! 君のバッジは補欠合格者のものではないか!? 駄目だ下がれ、君の手に負える相手じゃない!」


 補欠合格者だとぉ? と兵士達は次々に落胆の声を上げた。


「今すぐ引き返して応援を呼んで来い! 学生の無謀には付き合えない!」

「いや。俺一人で十分だ。お前はそのへんで休んでろ」

「何を言ってるんだ!? 敵は強力な亜人種なんだぞ!? 馬鹿やめろ、俺の責任問題になる……!」


 強力だとわかっているなら、真正面から切り合うのは避ければいいものを。

 カイルはぐるりと首を動かし、状況確認に入った。

 どうしてこんな有様になっているのか推測するためだ。


 ……番兵達は全体的に若く、武装は近接武器が中心に見える。

 オーク族の筋力を過小評価して斬りかかり、混戦に陥ったといったところか。


 敵味方が入り乱れて切り結んでいるとなると、大掛かりな魔法や弓矢の一斉掃射は使えなくなる。味方を巻き込みかねないからだ。

 こうなれば腕力で劣る人間族はジリ貧である。

 なぜ最初に飛び道具で牽制をしかけなかったのか、理解に苦しむ。


(こいつらはアホだな)


 狂気に侵されたカイルにこのような感想を抱かれるのだから、とんでもない弱兵だ。

 練度に問題があるとしか言いようがない。

 

 予想はしていたが、前世より兵士の質が下がっているようだ。

 早めに助けてやるか。


 カイルは懐からダガーを取り出すと、鍔迫り合い中のオークに狙いを定めた。

 ちなみにそのオークと対戦中の兵士はというと、汗をダラダラ流して遺言のようなことを口走っている。


「お、俺はもう駄目だ。ここで死ぬ……。補欠合格の少年よ、俺の名前はライアンだ。冒険者ギルドの受付に、メアリーという女性がいる。彼女にライアンは勇敢に戦ったと伝えてくれ。……それと俺は南東の兵士詰所で寝泊まりしてるんだが、ベッドの下に猫耳女性の絵画集が隠してある。何も言わずあれを焼いてほしい。部屋にある金は全部君にくれてやろう! た、頼んだぞ少年」


 もしやメアリーとやらは、猫耳を生やした獣人娘だったりするのか?

 ……あまり詮索しない方がいいだろう。

 男同士ならではの気遣いを見せながら、カイルはダガーをブン投げた。


 ボッ!


 と空気の壁を叩きつける音が鳴り、オークの左肩から下が消し飛ぶ。

 二投目で右肩をえぐり、両腕を喪失させる。

 血霧がライアンの顔に、バチャバチャと吹きかかった。


「……え?」


 茫然とするライアンを安全地帯にどかし、オークにとどめを刺す。

 大柄で、見事な鎧に身を包んだ雄のオークだ。


 素晴らしい。新しい弾を確保だ。

 投擲に特化しているカイルは、戦場に転がっているあらゆる物体を武器にできる。


 殺した敵をちぎって投げる。そうやって仕留めた敵をまた次の弾にする。

 死体が追加される限り、カイルはまず弾切れを起こさない。

 単純だが、それゆえに厄介な戦法と言える。


「オークってのはな、こうやって狩るんだよ」


 カイルは魔法で腕力を強化すると、オークの頭をねじ切った。

 そのまま腕を反らし、サイドスローのフォームで敵集団へと投げつける。

 横方向の回転をかけてやったので、首は滑るような軌道で飛んでいった。


 魔球と化したそれは、まるで巨大なかまいたちだ。

 オークの群れを横一列に切り裂き、あちこちで鮮血が吹き上がる。


 ただの生首なら、ここまでの切れ味は発揮しない。さきほど投擲した頭部は、角飾りのついた兜を被っていた。あれが刃物の役割を果たしたのだろう。

 これもまた、死体を投げる利点の一つだ。敵の装備が豪華であればあるほど、破壊力が増すのだから。


「な……!? あの補欠合格者、一撃で敵の前衛を崩壊させたのか? 俺はにゃんにゃん画集を焼かずに済むのか!?」

「……しかも味方を巻き込まないようにして投げている。恐るべきコントロールだ」

「本当の意味で切れ味鋭いスライダーか……なんであの強さで補欠合格なんだ……?」


 兵士達は、カイルの投擲技術に目を見開いていた。

 投げるという原始的な攻撃手段が、ここまで強力だとは想像もつかなかったのだろう。


「見ろ。あの豚人間ども、さっそく同士討ちを始めたぞ」


 倒れ伏した前衛に足を取られて、無数のオークが転倒している。

 我先に城壁の外に逃げ出そうと、醜い押しのけ合いをしているのだ。

 傷ついた仲間を抱えて運ぼうなど、一瞬たりとも考えないらしい。


 所詮は魔物。血の繋がった我が子は可愛がれても、戦友に情を向けるのは難しいようだ。


「ブゴオ!」

「ブオオオオ!」


 ブヒブヒうるせえな。カイルは眉をしかめながら死体を切り刻み、次々に放り投げていった。

 オークの腕がオークに刺さる。オークの脚がオークを貫く。

 死後もなお武器として利用され、生前の同胞を殺傷する。これほどの屈辱もあるまい。


(こいつらはレオナを食った。アイリスとロゼッタも食った)


 報いを受けろ……。

 カイルは執念に突き動かされ、残党狩りを始める。


 奪い取った剣を投擲し、胸に風穴を開ける。

 開いた穴から心臓を引っこ抜き、それを顔面に当てて目つぶしにする。


 ひるんだところに槍を投げ、一度に三体刺殺する。敵が密集している地点に槍を投げると、貫通が狙えて美味しい。豚の串刺しなんて、字面からして美味そうではないか。


 命乞いをしてきた個体は念入りに殺した。堂々と対峙してきた個体もやはり念入りに殺した。

 もう何をやっても見逃してもらえないと悟った豚人間達は、不毛な突撃を繰り返しては撃破されていった。


「そら、逃げろ逃げろ。苦痛と恐怖を感じる時間が伸びるだけだろうがな……」


 楽しくなってきた。

 暗い喜びが、カイルの中を埋め尽くしていく。


 いつしかクラスメイトを育てるために戦わせるという目的も忘れ、単身で敵を壊滅させる鬼神と化していた。

 カイルは素手でオーク集団をむしり殺し、返り血にまみれながら追撃を行う。

 

 何がしたくて。何を守りたくて。何が悲しかったのか。

 全てが頭の中から消え失せて、殺意一色に塗り替えられていく。

 

「そうか……あの少年のジョブは、狂戦士ベルセルク……」


 ベルセルク。

 軍神の加護を受け、忘我の状態となって戦う狂戦士。

 慈悲も理性もなく、ただ殺すだけの存在。


 今の自分にぴったりのジョブだとカイルは思う。

 

 前世の錬金術師は、全く向いてなかった。

 調合レシピはいまいち頭に入ってこなかったし、アイテム鑑定もコツが掴めなかった。

 悪女を演じていたとはいえ、レオナには何度も叱られた……。


 ああでも、カイル君は丁寧に錬成をするのですね、とアイリスは褒めてくれたっけ。


 そんなことを考えたせいだろうか。

 視界の端に、尻もちをつくスーツ姿の女性が映った。

 アイリスだ。

 

(――あの馬鹿、何をやってる)


 アイリスの前には、二頭のオークが立っていた。ぬらぬらと眼を光らせ、舌なめずりしている。

 もはや敗北は避けられない以上、最後に美味しい思いをしておこうという腹積もりか。

  

 なぜアイリスは逃げ出さない? 腰を抜かして動けないのか?

 カイルは足を止め、目をこらす。

 ……アイリスの背後に、負傷した女子生徒が座り込んでいた。

 

 まだ能力が覚醒していないのに、弱っちいのに、それなのに生徒を庇っている?


 その姿は前世のアイリスを連想させた。強くて優しい、パーティー皆のお姉さんだったアイリスを。

 二頭のオークが、アイリスの上に覆いかぶさった。


(アイリスさん!)


 瞬間。

 カイルの中で、一番辛い記憶が弾けた。

 レオナ達が魔王軍に捕まり、生きたままオークに腸を食われる場面だ。

 吸魂の指輪で植え付けられた、三人の女性の断末魔が蘇る。


 それは一瞬でカイルの自我を粉砕した。


「オオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」


 人間とは思えない咆哮が、喉の奥から勝手にせり上がってくる。


 俺の仲間に、こいつらは何をやってくれてんだ? 

 俺のパーティーメンバーに……!

 俺の師匠だった人に……!

 俺の守るべき人間に……!


 錯乱したカイルは、言葉足らずな叫びを発する。

 俺の昔のパーティーメンバーだったアイリスさんに手ェ出してんじゃねえよ! と叫んでいるつもりで、


「俺のアイリスに手ェ出してんじゃねえよ!!」


 ……一息で叫ぶには長すぎる内容だったし、縮むのは仕方ない。

 カイルは自分でも何を言っているのかわからないまま、二頭のオークを瞬殺した。

 両腕はそれぞれオークの胸を穿ち、心臓を握り潰していた。


「……カイル、君……?」


 アイリスは目を白黒させて、血染めの教え子を見上げている。

 

「……カイル君!」


 年上だというのに、縋りつくような動きでカイルの腕にしがみついてきた。

 危うく犯されるところだったのだ。相当の恐怖を感じていたのだろう。


「……感謝します……」


 アイリスはしばらく震えていたが、すぐに冷静さを取り戻したようだった。

 背中で守っていた女子生徒を指さし、


「あの子は毒を塗った剣で斬られたようなのです。解毒を手伝ってくれませんか」


 と頼み込んできた。


「……毒?」


 アイリスに言われ、うずくまっている女子生徒を見下ろす。 

 顔が土気色になり、脂汗をかいている。全身に毒が回っているようだ。


 どうしてこうなるまで放っておいたのか、不思議でならない。

 回復魔法の使い手なら、そのへんにいくらでもいるだろうに。

 

(ああ、解毒系の魔法が効かないのか?)


 なら解毒ポーションを作ればいい。魔法でカバーできない範囲は、錬金術が引き受けるものだ。

 カイルは即興で錬成を行うと、女子生徒の口内に注ぎ込んだ。

 効果はてきめんで、見る見る生気を取り戻していく。

 

「これで大丈夫なはずだ」

「……ありがとうございます。やけに慣れてますね、狂戦士なのに」

「ポーション作りなら昔散々やらされたからな。適性がなくても、さすがに体が覚える」


 冷静になった頭で周囲を観察すると、とうに生きたオークはいなくなっていた。

 少し離れたところでは、レオナが死体の山を築き上げていた。あちらもあちらで大活躍だったらしい。


「圧勝だな。地元住民への点数稼ぎならこれで十分だろう?」

「え、ええ」


 アイリスは何か言いたそうにしている。


「あの……さっきのって……」

「なんだ?」

「いえ、なんでも、ないです」


 戦闘中はちょくちょく記憶が飛ぶカイルからすると、アイリスの反応は不可解なものだった。



 一週間後。

 カイル達はオーク狩りの戦果に基づき、表彰されることになった。

 また担任からは、生徒一人一人に手書きの採点用紙が贈られるそうだ。

 

「わ、見てこれ! 100点だって!」


 レオナははしゃいだ声で採点用紙を見せびらかしてくる。

 アイリスの達筆な女字で書かれた、「大変よくできました」の文字。


「認められるのって嬉しいね。カイルも100点よね? あんなに頑張ってたんだし」

「いやそれが……違うようだ」

「え」


 なにそれ、とレオナの表情がこわばる。今にも「私抗議してくる!」と叫び出しそうだ。


「まさか減点食らったの? どうして?」

「……減点ではないんだが……」


 カイルの手には、120点と書かれた採点用紙が握られていた。


「な、なにこれ。『とっっってもよくできました』って書かれてるし、でっかい花丸が描かれてるし、あとなんかウサギのキャラクターとかハートとかも描かれてる……」

「俺のだけ妙に丁寧だよな。なんでだ?」


 疑いの目を向けてくるレオナであったが、理由がわからないのだから答えようがない。


(なんなんだあの女は)


 アイリスの変化は、全くもって理解できない。

 あの日以降、廊下ですれ違うと露骨に嬉しそうにするし、バザロフと揉めると一方的にこちらの肩を持つようになったし、カイルの好物を聞き出したかと思うと、翌日から学食のメニューにそれを追加させるよう働きかけるし。 

 なんというかこう……えこひいきとしか思えない振る舞いを見せ始めたのである。


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