第13話 弱りきった世界
早いもので、カイル達が入学してから一週間が過ぎようとしていた。
学院生活はあまりにも順調で、いっそ退屈なくらいである。
あらゆる授業を簡単にこなせるので、拍子抜けたしたと言っていい。……不自然なくらい簡単なのだ。
カイルの中で、ある疑問が膨らみつつあった。
(いくらなんでも周りが弱すぎる)
どうも魔法や剣術の平均レベルが、一周目の世界より落ちているように感じる。
アイリスだけでなく、国家規模で弱体化が発生しているのだ。
カイルのいた村では、こんな現象は起きていなかったのだが……。
何が原因なんだ?
疑問を抱えたまま、カイルは席に着いた。
予鈴が鳴り、相変わらず押せば倒れそうなオーラを放つアイリスが教室にやってくる。
冷徹なオーラを放っていた前世とは大違いだ。
「おはようございます。今日は皆さんに奉仕活動をして頂きます」
教壇に立つなり、アイリスは言った。
楚々とした声に男子達が聞き入っている。
「奉仕といっても、ゴミ拾いや寄付金集めではありません。……そういうのは修道院の仕事ですから」
アイリスは一瞬だけ辛そうな表情を見せたが、その微妙な感情の機微に築いたのはカイルだけだった。
かつての仲間でなければわからないほどの、本当に些細な変化だったからだ。
「本校は魔法学院です。生徒達は皆一流の戦闘力を持ち合わせています。ですから定期的に課外授業の一環で、魔物狩りを行ってもらうことになってるんです。……これをやると近隣住民からの受けがよくなるとかで……えっと……なんだっけ……あと教頭先生も特に力を入れてまして……ま、待って、からかわないでください」
先生ー、そういうの俺らに聞かせていいのー? と調子のいい男子達に茶化された途端、アイリスはたじろいでしまった。
前世の根性はどこへ行ったのやら。
なんだかおかしな世界に迷い込んでしまったな、とカイルが頬杖をついていると、アイリスから名指しで注意される。
「カイル君、今の話聞いてましたか? 貴方はA組の最高戦力なのですよ? くれぐれも個人行動に走らないように。……それと先生の傍から離れないように。貴方は問題児ですからね」
お前、魔物が怖いから俺を護衛にしたいだけなんじゃないか?
さすがのカイルにも、それを口に出さない配慮があった。アイリスは今の時点で泣きそうな兆候があるのだ。
課外授業を一番怖がっているのは、どうやらこの担任教師なようだ。
「では行きましょう。ちゃんと先生の後をついてきてくださいね」
これは面倒なことになったな、とカイルは立ち上がる。
廊下に出たところで、とととと、とレオナが駆け寄って来た。
「大丈夫? なんか先生に目付けられてるんじゃない?」
「そうかな」
「多分カイルが格好いいから、狙ってるんだと思う……気を付けてよね」
レオナの瞳には、ハートマークが浮かんでいた。
そのはしたない虹彩はなんだ、そんなふしだらな娘に育てた覚えはないぞ、と父親のようなことを考えてしまう。
「カイルって結構、女の子に人気あるみたいだから。油断しちゃ駄目」
近頃のレオナは、ずっとこの調子である。
女子に一声かけられただけで走り寄ってきて、「多分カイルが格好いいから狙ってるんだと思う。気を付けてよね」と警告してくるのだ。
少々愛されすぎかな、とカイルは苦笑する。
付き合ってみてわかったが、レオナは独占欲が強いタイプらしい。
それともカイルの方に原因があって、恋人に危機感を抱かせるほどモテそうな雰囲気があるのだろか?
あるいは一週間で百五十回も抱いたせいで、レオナから正常な判断力が蒸発したのだろうか?
(まあ、やきもち焼きなんだろうな)
カイルは己の絶倫ぶりがもたらす影響はしれっと無視して、アイリスの元に歩み寄る。
当然、カイルにへばりついているレオナも接近することになるため、一瞬で険悪な空気が発生した。
「……レオナさん。ボーイフレンドが好きなのはわかりますが、授業中は節度を持った態度で……」
「多分カイルが格好いいから狙ってるんだと思う。気を付けてよね」
「貴方は成績も素行も優秀なのであまり心配していませんが、カイル君が好きすぎるのが玉に瑕ですね」
「多分カイルが格好いいから狙ってるんだと思う。気を付けてよね」
レオナはアイリスの会話を容赦なくスルーし、カイルに警告を繰り返していた。
とても外に出せる状態ではないので、小声で命令を出す。
(正気に返れ。今日の課外授業で活躍したら、お前の好きな格好で抱いてやる)
レオナは数秒ほどポカンとしていたが、すぐに我に返ったらしかった。
「私は一体……あ、先生おはようございます」
これで使い物になるのかと危惧する声もあったが、カイルが指導してやっている甲斐もあって、レオナは順調に力をつけている。
というか目がハートマークの時は、理性が飛んでるせいか前世より強いのではないかと感じさせるほどだ。
無我の境地とでも言うべき、凄まじい剣技を見せるのである。
……余計なことを考えない方が、太刀筋がよくなるのかもしれない。
要するに、抱けば抱くほどレオナの戦闘スタイルは洗練され、生存率が上がるということだ。
やはり女の子は愛されて輝く生き物なのだろう。
これからもどんどん可愛がってやらねば、とカイルは思う。
「えっ、課外授業ですか? しかも魔物狩り? よかったわねカイル、得意分野で単位もらえるじゃない」
「……先生は貴方達がとても心配です……うちのクラスのツートップがこの調子では……」
胃痛を堪えるような仕草をしながら、アイリスは職員用玄関へと進んでいった。
生徒達とはここで一端お別れだ。
カイルとレオナは昇降口を出ると、再びアイリスと合流した。
他のクラスメイトも後ろに集まってきて、カルガモの親子のような大行列ができあがる。
引率のアイリスを先頭とする、魔物狩り集団の完成である。
校門を出る際、カイルはそれとなく聞いてみた。
「今回の授業では、どんな獲物を殺すんだ?」
アイリスは素っ気なく答える。
「オークですね」
ブチ、とカイルの中で何かが切れる音が聞こえた。
レオナとアイリス……。前世の仲間を二人も連れた状態で、彼女達を踊り食いした種族と相まみえる。
正常な人間であれば、トラウマを刺激される場面であろう。
だがカイルの壊れた心は、すぐさま虐殺者のスイッチを入れた。
「王都周辺では滅多に見かけないモンスターですから、対処法が知られてないんです。それで学院に駆除要請が来たのでしょうね」
「……知られていない?」
妙な話だ。
オークの弱点など、冒険者の間では広く知られているはずだが。
やつらの短所は、その粗暴さにある。
頭は悪くないが、心が歪んでいるせいで連携が取れないのだ。
よって威力を調整した範囲攻撃を打ち込み、負傷者を増やすだけで戦列が壊滅する。
味方の手当てなど考えようともしないため、仲間割れを始めるのだ。
さすがに魔王城周辺にいるハイ・オークはこうもいかないが……。
「オークは恐るべき種族です。人間並の知能と怪力、それに……は、繁殖力を持つ邪悪な亜人です。言葉を話せないため呪文こそ唱えられませんが、油断は禁物です……」
口にするのも恥ずかしいのか、アイリスは「繁殖力」の部分でつっかかりながらもオークの解説を始めた。
カイルを除くA組一行は、固唾をのんで耳を傾けている。
(野良オークをここまで警戒するとはな。教養の方もレベルが落ちていると見える)
いいだろう。俺があいつらの殺し方を教えてやる。豚人間の屠殺法ってやつをな。
冷たい殺気を放つにカイルに、どこか緊張した様子のレオナが話しかけてくる。
「……私ちょっと怖いかも。亜人って見たことないし」
怯えた顔は、前世の怒りと悲哀を的確に思い出させてくれた。
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