第12話 完封試合
バザロフのヤケクソ気味の解説によると、A組とB組で綱引きを行うそうだ。
幼児じゃあるまいし……と思ったが、魔法の使用は完全自由と宣言されたことにより、一気に場の空気が引き締まる。
どんな魔法を使ってもよい。
それはつまり、単純に腕力を強化するだけでなく、遠隔攻撃も飛び交うということだ。
もはや綱引きではなく、一種の戦争と呼ぶべきだろう。
「殺人以外は何やってもいい。どうせヒールで治せるんだしな。オラ、これが綱だ」
バザロフは魔法で綱を出現させると、校庭の真ん中に放り投げた。
「さっさと配置につけや、クソガキども!」
品のない指示のもと、二組のクラスは向かい合う形で整列し、綱を握りしめる。
綱は真ん中が赤く塗られていて、これを指定のラインまで引っ張れば勝ちだそうだ。
あるいは――相手クラスを全員戦闘不能にしても、勝ちとなる。魔法学院という性質上、B組はこちらの勝利条件を目指してくる線もある。
一体どんな危険物が飛んでくるのか、予想もつかない。
カイルはレオナを守るべく、女子が固まっている箇所に紛れ込んだ。
十代男子からすれば、色んな意味で英雄的行為である。
「俺が盾になる。離れるな」
「う、うん……」
弾除けの役割を果たすため、迷うことなくレオナの前に立つ。
そのカイルの前には、まだ名前も覚えていない女子の背中が見える。
二人の女の子にむぎゅぅぅぅ……っと挟まれる形で、カイルは縄を掴んだ。
なんだかこの空間、異様にいい匂いがする。
てっきり抗議の声が上がるかと思ったが、女子達の反応は意外にも穏やかだった。
「彼女をガードするためなら仕方ないよね」「カイル君ならいいんじゃない?」といった感じに。
(前世と違って妙に女どもが優しいな)
銀髪・体育教師に歯向かう不良っぽさ・非童貞という思春期女子のツボをつく属性を獲得しているせいなのだが、そんな女心には全く気付かないカイルであった。
「いいかてめーら! A組にだけは負けんじゃねえぞ! 担任に恥をかかせたら、どうなるかわかってんだろうな!? あっちはなぁ、補欠合格者が十人もいんだぞ! 十人だ! で、うちのB組は何人だ? ゼロだろ!?」
バザロフは木刀を振りかざして、B組の面々に激を飛ばしている。
いくら自分の担当しているクラスだからといって、片方にだけ肩入れするのは教育者としてどうなのか。
レオナの言う通り、中々の問題教師である。
「おうし。準備はいいな?」
バザロフは校庭の隅に退避すると、獣のような声で「はじめ!」と叫んだ。
A組33名、B組34名。総勢67名の生徒による、壮絶な魔法合戦が幕を開けた。
「オーエス! オーエス!」
謎のかけ声が上がり、原始的な力比べが開始された。
どちらのクラスも魔法で筋力を強化して、素直に力勝負をしている。
懸念していた攻撃魔法の乱射戦は、一向に起きる気配がない。
なんとも平和的な立ち上がりだった。
考えてみれば、ただの学生がいきなり殺傷行為などできるはずもない。
戦線が荒れるまでは時間がかかるのではないか。
誰もがそう思っていたが、バザロフがB組に木刀を投げつけた瞬間、状況は一変した。
「やべえ、先生切れてる!」
「……向こうは三分の一が補欠合格者なんだ! ビビんな!」
よほど担任を恐れているのだろう。
何人かの男子が、A組に向けて魔法の矢を放ち出した。
パキュパキュンと甲高い音を鳴らして発射される、白い光線。おそらく光属性の下級魔法だろう。
(レオナに当たったらどうするんだ。殺すぞ)
カイルの精神は、生まれる前にひび割れている。
レオナと添い遂げる。魔物を殺す。たった二つの行動原理で動くキリングマシーンと化している。
そんな正真正銘の怪物に向けて、チャチな攻撃を行った対価は絶大なものとなるだろう。
(――重力にはこういう使い方もある)
カイルは右手を上げて詠唱し、B組の前に重力壁を展開した。
半透明の長方形が、二つのクラスを遮断する。総面積は校庭をすっぽりと覆い尽くすほどあった。
「な……っ。矢が曲がって……消えただと!?」
この壁は非常に薄く、魔力で練った膜とでも言うべき存在である。
だが貧弱な体積とは裏腹に、空間を歪ませるほどの力を備えていた。
たとえるなら、平たい形をしたブラックホール。
あらゆる物質を吸い込み、光すらも脱出できない死の防御壁だ。
しかも重力をかける対象を任意に選択できるため、カイル達の攻撃は壁をすり抜けるように調整することができるし、人間を吸わないようにすれば無用な犠牲者を出す恐れもない。
まさに人類史上最強の盾であり、体育の授業で使うにはあまりにもオーバースペックなのだった。
さながら子供の草野球に160キロ左腕の助っ人を混ぜ込むような暴挙で、そいつは助っ人じゃなくて変質者な気がするし、「ママー、あのおじさんなんで昼間からキレのあるスライダー投げてるの?」と後ろ指をさされる可能性大なのだが、それはあくまで普通の社会人の話。
カイルの場合は見た目が十五歳なので、学校でどれだけ反則技を使っても通報されるリスクはない。
転生とは、とても便利なのである。
「うおっ、なんだこのバリア!? カイルが張ってくれてるのか!?」
「なんてこった……あいつ、ブロックもいけるのか! 肩が強い、頭が回る、ランナーも妨害できる! あいつの適正ポジションはキャッチャーだ! 球界の頭脳になれる器だ!」
「駄目だ! 本塁ブロックはルール改正で禁止されたんだぞ!? 大体あれだけの剛速球でピッチャーをやらせないのは、宝の持ち腐れだ!」
「まさか、キャッチャーとピッチャーと野手の三刀流をやらせるのか? 自分で投げた球を自分でキャッチするカイルか。それもう違う競技だけど、あいつならやれそうだから怖い」
「凄すぎてポジションに迷うとはな……とんでもない素材だよ。負けたぜカイル。お前がドラ1だ……」
魔法硬球部の男子達が少々ズレた方向で感心しているが、とにかくこれでA組が被弾する可能性は限りなく低くなった。
重力の壁を貫通する魔法もなくはないのだが、どうやらB組の面々は飛び道具で攻めるのを諦めたようなのだ。
きっと、光線をねじ曲げられたインパクトが大きすぎたのだろう。
(我ながら大人気ないな。さっさと終わらせてやるか)
とうに勝敗は決したというのに、B組は懸命に綱を引き続けていた。
まだ勝利を信じているというより、自分達は手を抜いていないとバザロフにアピールするための、消化作業の雰囲気が漂っている。
敗軍にはとどめを刺してやるのが慈悲だろう。
カイルは重力魔法を唱えると、次々にB組の生徒へ当てていった。さきほど屋上から飛び降りた時と同じ、重量軽減魔法だ。
綱引きの最中に体重を失うのが、どれほどのハンデかは言うまでもない。
カイルが思い切り綱を引くと、B組はクラスごと壁を通り抜けて転倒した。
なぜ自分達が壁を通れたのかを不思議がっているが、教える必要はない。
二年後のロゼッタと会えれば、お前らもこれの正体がわかるさ。勇者パーティーに入る必要があるけれど。
カイルはレオナの肩についた砂埃をほろいながら、重力壁を解除する。
あまりにも一方的な勝利だった。
「……て、てめえら……!」
バザロフが、憤怒の表情を浮かべて走り寄ってくる。
てっきり自分の担任しているB組を心配しているのかと思いきや、「なんでそんなに使えねえんだてめえらは!」と説教を始めたので、全くもって救いようがない。
しょうがないやつだ。少しお灸を据えてやらねば。
「なあバザロフ。勝ったらクラス全員に加点してくれるんだよな?」
「……貴様……覚えてろよ……この借りは必ず……」
「どうなんだ?」
バザロフは苦虫を嚙み潰したような表情で、
「A組に加点だ……」
と呟いた。
A組の生徒達は、一斉に喜びの声を上げた。
「うおおおおお! カイル、お前やっぱすげえや! マジもんのエースじゃねえか!」
「ありがとうカイル……お前のおかげでここまでこれた……まさか優勝できるなんて、俺、思ってなくて……うちは投手力が課題だったから、こんな、いい試合ができるだなんて……俺がエラーしたのに、完封しちまうだなんて……」
「う、うちの部員がすまん。こいつ感極まりすぎて、綱引きと野球の区別がつかなくなったみたいだ。それはともかくありがとな。もし魔法硬球部に興味があるなら、ぜひ見学に来てくれ。お前なら本当にエースになれると思う」
「カイル君……あの、私の宗教は重婚を認めてるんだけど、レオナさんさえよければ私を二号さんに……」
「二号ホームラン!? カイルは打力もあるのか!?」
「だから野球の話はしてねーんだってば。お前は水飲んで頭冷やしてこい」
クラスの連中にもみくちゃにされながら、カイルは突発のヒーローインタビューに応じていた。
女子にちやほやされているせいかレオナが頬を膨らませているが、それでも悪い気分ではなかった。
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