第11話 舞い降りるエース


「話とはなんだ?」


 休み時間になったため、カイルはレオナを連れて屋上に来ていた。

 飛び降り防止を目的としてか、周囲はぐるりとフェンスに取り囲まれている。

 二人の他に人影は見当たらない。


「……さっきの授業で、どうしても気になって」


 レオナはたなびく金髪を抑えながら、ぽつりと言った。

 風が強い。

 スカートがめくれ、ちらちらと白いパンツが見え隠れしている。


 三日前に「俺は白が好きだ」と言ったら、この色しか穿かなくなったのだ。

 元は赤い下着を好んで使っていたそうだが、全部捨てたらしい。


 前世の生意気なお前はどこに行ったんだと言いたくなるくらい、従順な女になっている。

 

 そんなレオナが、なにやら悲痛な表情を浮かべているのだ。こんなにも尽くしてくれるレオナが。

 カイルには耐えられなかった。お前は何に苦しんでるんだ? 言ってくれ、お前の敵は全て殺し尽くしてやる!


 今すぐ叫び出したい衝動を押さえつけて、レオナの言葉に耳を傾ける。


「あの魔法術式、どうなってるの? あんなに詳しいなんて変だわ」

「……ああ」


 そういうことか、とカイルは合点がいった。

 さすが天才少女なだけはある。


 カイルが未来から来た人間だと、自力で見抜いたに違いない――


「察しの通り、俺はここではない世界から」

「ねえなんなのあれ!? 事前にアイリス先生と個人レッスンしてたの!? どうして二人だけ先に進んでるの!?」

「……何?」


 予想とは全然違う方向のアプローチに、面食らってしまう。

 何を言ってるんだレオナは?


「入学前からあの人と予習してたの? アイリス先生のこと好きなの? 私が飽きたから、あの人に乗り換えるの?」

「……少し落ち着け」


 レオナはカイルの胸に飛び込むと、声を上げて泣き始めた。


「……私、我侭だった? ウザかった? 嫌なところあったら言って、すぐ直すから……。もっとカイル好みの女の子になるから……。だからお願い、教師なんかと関係を持つのはやめて……」

「盛大に勘違いしているようだな」

「……お願い、私のこと見捨てないで……」

「俺がお前を見捨てるわけないだろう? 思いつめすぎだ」


 さてどうしたものかな、と空を見上げた。

 雲は高く、名前も知らない猛禽類が陽気に飛び回っている。


「お前、あの魔法術式を見て何を感じたんだ?」


 雷魔法が得意レオナなら、あれが時代の先を行く計算だと気付きそうなものだが。

 やたら黒板を睨みつけていたし、てっきりからくりを看破したのかと思ったが……。


「あれはアイリス先生がカイルにだけ通じるラブコールでも書いてるんじゃないかと思って、血眼になって探してただけよ。肝心の術式の方は、何書いてるのかさっぱりだったわ」

「……」

「私なんとなく上級魔法を撃てるけど、きちんと勉強したことはないもん。あんな小難しい計算式、わかるわけないじゃない」


 理屈ではなく感覚で魔法を習得しているらしい。

 これだから天才型は、とカイルは脱力した。


「……説明して。先生とどういう関係なの?」

「ただの昔馴染みだ。あっちは身に覚えがないだろうがな」


 前世のアイリスは、カイルのことを「かわいそうな男の子」ぐらいにしか思っていなかったのだ。

 明確な恋愛感情を抱いていたレオナとは、まるで立ち位置が違う。


「あっちは身に覚えがない……? カイルだけが覚えてて、アイリス先生は忘れてるってこと?」

「そうだ。あいつからすれば俺は初対面みたいなもんだろう。昔の俺は影が薄かったからな。記憶に残ってないんじゃないか」


 レオナはわかりやすく安堵していた。


「ほんと……? こっそり通じてるとかじゃないんだよね?」

「本当だとも。これが嘘をついている目に見えるか」


 淀みきった瞳でレオナを見つめる。


「……ハイライトが無くて心配になるけど、嘘をついてる感じじゃないっぽい」

「だろ?」


 えへ、とレオナは笑う。なんか安心したかも、と鼻をすすっていた。


「……どーしよ。私馬鹿みたい。急に自分の言動が恥ずかしくなってきちゃった」

「気にするな。恋は人をおかしくさせる」


 俺なんて好きな女を守るために転生したんだぜ? 一番おかしいだろ? とは口に出さないカイルだった。

 

「……ん。変に疑ってごめんね……。カイルのことを信じてないってわけじゃないんだけど……なんかこう、アイリス先生を見る目に妙に熱が籠ってた感じがしたから」


 その感想はとても正しいのだが、これ以上は面倒なことになりそうなのであえて何も言わない。

 カイルは無言でレオナの頭を撫で続け、ほとぼりが冷めるのを待つ。

 が、冷めたら冷めたでキスをしてきたり胸を揉ませようとしてきたりと、どんどん雰囲気がおかしくなっていった。

 

「カイル……私今日、安全日だから……」


 これは、一回抱いてやらなければ収まらないかもしれない。

 退学ものの覚悟を決めた瞬間、授業の開始を告げる鐘が鳴った。

 にわかに地上が騒がしくなり始める。校庭に人が集まっているようだ。


「あそこにいるのって、うちのクラスの人達じゃない?」


 言われてフェンスの下を覗き込むと、確かに一年A組の面々が走り回っているのが見える。

 

「だな。……二時間目は屋外授業なのか?」


 入学初日は、簡単な自己紹介しかやらないと聞いていたが。

 カイルに己を認めさせるため、いきなり術式を書き始めたアイリスという例外もいるが……。


「あーわかった。あれ体育よ。バザロフがいるもん」


 レオナは校庭の真ん中で威張り散らす、黒衣の男を指さしている。

 あのなりで体育教師とは、酷いギャップだとカイルは顔をしかめた。

 数学や国語を担当するよりはマシだろうが……。

 いや、科目の問題ではない。教職に就いていること自体が悪い冗談だ。

 

「あいつちょっと変な先生みたいだし、いきなり外に集合とか言い出したのかも。……やばくない? 私達、このままじゃ遅刻だけど」

「任せろ」


 言って、カイルはレオナを抱き上げた。

 いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる持ち方で、「待ってこれ恥ずかしい!」と抗議の声が聞こえてくるが、背に腹は代えられない。

 第一、屋上で性行為をねだるのは平気なのに、こんなものが恥ずかしいという感覚がよくわからない。


「さて」


 人間二人分の重量で、屋上から飛び降りる。

 なんの問題もない。


「ちょっと!?」


 カイルはフェンスを乗り越えると、迷うことなく身投げした。

 魔法で体重を軽減し、羽のような軽やかさで目標地点――バザロフの横へと降下していく。


「おやぁ? どうしたA組? あの白髪小僧はサボりか? 補欠合格のカイルはよぉ? くはは、ざまぁねえな! よーし。てめーらには今から、クラス対抗戦をしてもらう! うちのB組とだ! 残念だったなぁー、A組は主力のカイルがいなくてよお。もしもA組が負けたら、クラス全員が減点評価だぜ? 恨むんならカイルを恨むんだな、肝心な時に授業をふける裏切り者をよぉ……!」


 そのバザロフはというと、木刀を振り回し、嗜虐的な口調で授業内容を説明していた。

 A組の面々が顔色を失ったのを確認すると、こんなに愉快なことはない、といった様子で笑い出した。

 背中を大きく反らした、お手本のような高笑いだった。


「ゲハハハハハハ! カイルウゥゥゥ! 前歯のケジメ、つけさせてやっからなぁ! てめーのいない間に、A組はやられっぱだ! 所詮は補欠合格のクズだもんなぁ! ゲハッ、ゲハハハハハハ!」

「――俺がどうしたって?」


 すとん、と着地しながら、カイルは声をかけた。

 バザロフはちらりとこちらを見て、「まさかな」と首をひねる。

 それからもう一度こちらを見て、「げえっ!? カイル!?」と飛びずさった。


 お手本のような二度見である。


「お、おま……どっから来やがった……!?」

「ん? 空から」


 空ァ!? とバザロフは顎が外れんばかりに叫ぶ。


「……なっ……まさか、屋上からか……!? ありえねえ、投身自殺じゃあるまいし……。て、てめえ、どんなトリック使いやがった……?」


 まだ発見されていない重力制御魔法を使っただけなのだが、わざわざこいつに教えてやる義理はあるまい。

 無知とは哀れなものである。

 

「お前は自分の体重も操れないのか? 重量級には必須の技術だと思うが」


 そんなだから歯を失うはめになるのだ、カイルはせせら笑う。

 バザロフは巨体をブルブルと震わせ、こめかみに青筋を浮かばせていた。


「……ぐ……ぎ……っ。てめえはそうやって、俺の邪魔ばかり……っ」

「クラス対抗戦だろ? やろうぜ、バザロフ先生。入学一日目からこんな楽しいイベントを用意してくれるなんて、あんたも中々いいところがあるじゃないか」


 背後からクラスメイトの歓声が聞こえる。


「カイルがいるなら百人力だぜ!」

「もう全部カイルに任せようぜ!」

「俺らは見学してようぜ!」

「なんでレオナを抱っこしてんだ?」

「あんまそこは探らない方がいいぜ! どうせ屋上でイチャイチャちゅっちゅしてたんだろうし!」

「畜生、なんであいつばっかり……! 不平等だぜ!」


 途中から妬みの声に変わった気がしないでもないが、そんなところを気にしてもなんの利益もないので、スルーしてレオナを地面に下ろす。

 

「ありがと。スカートの中身、下の人に見られてないといいんだけど」


 なんとも女子らしい心配をするレオナに頬を緩ませているうちに、合同授業が開始された。

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