第9話 なんでお前がここにいる

 カイルはこの三日間で、レオナを六十七回抱いていた。

 とても充実した日々だった。


 幸せな時間は、あっという間に過ぎていく。気が付けば入学式当日である。

 カイルはレオナと腕を組んで登校し、和やかに式を済ませた。


「校長の訓辞は、もはや一種の催眠魔法だったな。教師ってのは話がつまらないことが採用条件だったりするのか?」

「カイルしゅきいぃぃぃ」

「ん、皆移動してるな。俺達も行こう」

「ねえしよ……っ。早く帰ってまたしよ……っ」


 身も心も完全に虜となったレオナを伴って、新入生の群れに紛れ込む。

 なんとなく混ざってしまったが、これは何を目的とした行列なのだろう?


 隣の生徒にたずねてみたところ、一階のホールに掲示板が設置されていると判明した。

 そこにクラス表と新入生の簡易評価が貼り出されているそうだ。


「俺の評価か」


 俄然興味が湧いてきたカイルは、早足で掲示板に近付く。

 総勢百人もの名前が羅列された、巨大な板切れ。

 レオナの名前は、すぐに見つかった。


 受験番号6。レオナ・ブレイブ。一年A組。

『バランスの取れた能力と勇者にふさわしい人柄から、文句なしの合格とさせて頂きます』と書かれている。


(だろうな)


 カイルは満足げに頷くと、自分の名前を探す作業に移った。

 受験番号は一番最後のはずだから、端っこの方にあるはずだ。


「これか」


 受験番号200。カイル・リベリオン。一年A組。

 レオナと同じクラス……それはいい。

 問題は『戦闘力はずば抜けているが、人間性に大いに問題があるため補欠合格とさせて頂きます』という一文だ。


「……馬鹿な」


 不味いことになった。

 なんとしてもレオナの代わりに勇者にならなければいけないのに、学校側はあまり自分を高く評価していないようだ。

 おそらく面接で評価を下げてしまったのだろう。


 このままではまたレオナが勇者に選ばれてしまう。最悪の展開だ。


「わぁ! クラス一緒だねー! ……ってなにこれ!? カイルが補欠合格!? 絶対間違ってる!」


 ありえないでしょ! とレオナは両手を振り回して怒っている。

 私のカイルになんて評価つけてんのよ! と人目もはばからずに悔しがっていた。

 

「実力で見返すしかないな。ふん。俺を補欠呼ばわりしたことを、たっぷりと後悔させてやる」

「カイルはそれでいいの?」

「言葉をぐちゃぐちゃと並べるのは、男のすることじゃない。行動でわからせる」

「……わかった。応援する。……一番近くで応援する」


 レオナはぽーっとした顔でこちらを見上げ、「さっきのカイル格好よかったよ。惚れ直したよ」と耳打ちしてきた。

 傍目には耳に接吻しているように見えるかもしれない。

 甘い香りが、ふわりと鼻孔をくすぐった。レオナの体臭は、花のようにかぐわしい。

 

 今ではこれと全く同じ匂いが、カイルの全身にこびりついている。

 鼻の利く人間なら、二人がどんな日常を送っているかわかることだろう。


「行こう」


 未だ甘えたがるレオナの手を引き、昇降口へと移動する。

 今夜もたっぷり可愛がってやらないとな、とちっとも学生らしくない思考を繰り広げながら、教室を探す。

 他の生徒に場所をたずねればいい話だが、カイルは迷うのもまた一興と思っていた。


 レオナと一緒なら、こうやって校内をぶらつくだけで楽しいのである。

 自分達だけがこんなに充実してていいのだろうか、と罪悪感が湧くほどに。

 

 なんだか前世の仲間達に、申し訳なくなってくる。

 まだ会えていない二人――神官アイリスと魔法使いロゼッタは、今頃それぞれの場所で厳しい鍛錬を積んでいるはずだ。

 とてもデートどころではない青春を送っていることだろう。


(あいつらも元気にしてるといいのだが)


 彼女達も優れた資質を持っているし、魔王を倒そうと思ったら必要不可欠な人材だ。

 そう考えると、いつかは会いに行く必要があるのだが……。


(面倒だな)


 頭の中でぼやきながら、廊下を進む。

 過去に思いを馳せたせいか、アイリスによく似た後ろ姿を見つけてしまった。

 カラスの濡れ場色の髪、なよやかな腰。


 もちろん、赤の他人であろう。

 若い女は、背格好が似ていたら誰でも同じように見えるものだ。修道女がどうして学校をほっつき歩くというのか。


 アイリスなわけがない。見間違いだ。

 自分に言い聞かせながら、カイルは一年A組の教室に入ろうとした。

 が、レオナにちょいちょいと袖を引っ張られたため、足が止まる。


「……彼女の前で他の女に目を奪われるって、どうなのかなー」

「む」


 見ればレオナは、むっと唇を尖らせていた。怒っているというより、ただこちらの気を引きたがっているように見える。

 カイルは「悪かった」と言い、レオナの金髪をくしゃくしゃと撫でてやった。


「ん……それ好き。いいよ。許しちゃう」


 教室中に「見えないとこでやってくれ」な空気が広がっているが、空気を読む習慣がないので何も感じなかった。

 空気の方がこっちに合わせるべきだろ、ぐらいに思って生きているのだ。


 カイルは『200番』と書かれた席に座ると、ふてぶてしくふんぞり返った。無論、怖がって誰も話しかけてこない。

 レオナも自身の席に腰を下ろしたが、あちらはさっそく後ろの女子に話しかけている。

 なんとも対照的なカップルだった。


「おいあいつ……受験番号200のカイルだろ。補欠合格らしいぜ」

「入試の時はあんなに活躍してたのにな。伸びしろがないと判断されたのか?」

「いやーまだまだ球速伸びるっしょ。フォームは綺麗だったから、十勝は固いと思うけどな」

「なんで魔法硬球部に入る前提で話してんだよ」

「でも変化球を覚えないとキツイだろうな。ストレート一本じゃこの先厳しいし」

「だからなんで魔法硬球部でピッチャーやること前提なんだよ。俺の話聞けって」


 背後の男子達が、バカでかい声で噂しているのが聞こえる。

 本当の意味でくだらない内容なので、睨みつける気にもなれない。

 

 とっとと授業を始めればいいものを、とカイルは頬杖をつく。

 窓の外では、柵の補修工事が行われていた。この間の投石で破壊したものだ。

 ねじり鉢巻きをしたバザロフとバルザックが、「なんで俺らが」と言いながら大工仕事をしているのが見える。

 あれで王都では一、二を争う実力者というのだから、笑わせる。


 ククククと小さな笑い声を立てていると、校庭の方から鐘の音が聞こえてきた。

 周りの生徒が一斉に着席したので、どうやらこれは教師がやってくる前の合図らしい。


 視線を窓から離し、入り口の方を見る。

 そういえば廊下の奥から、コツコツと足音が聞こえてくる。


「どんな担任だろうな」


 我慢しきれないといった様子で、誰かが声を発した。

 カイルは靴音の軽さからすると女ではないかと予測を立てたが、口には出さない。

 どうせ答え合わせはすぐなのだ。


 カツン、と足音が止まる。

 続いてゆっくりと引き戸が開られた。

 クラス中の関心が、担任教師へと集まる。


「失礼します」


 まず最初に、細い足が教室に入ってきた。黒いスカートを穿いているので、女だとわかる。

 続いて猫背気味の姿勢で頭が入ってきたが、こちらも色は黒。


 ……黒髪だ。かなり長さがあって、腰のあたりまで伸びている。

 髪質は柔らかいようで、天使の輪のような光沢ができていた。


 何人かの男子が、ほう、とため息を吐くのが聞こえる。


 確かに美人の予感はあるが、実際に顔を見たらどうかな、とカイルは冷静だった。

 ――しかしその女が全身を見せた瞬間、誰よりも動揺することとなる。


「おはようございます……」


 女は消え入りそうな声で挨拶し、顔を上げた。

 

(……なっ)


 美人である。

 それも途方もない美人である。

 色白で顎が小さく、睫毛が長い。

 

 一番しっくりくる表現は、間違いなく「深窓の令嬢」であろう。

 だが右目の下に泣き黒子があって、それが妙に蠱惑的なアクセントを与えている。

 これでは窓から抜け出して、男と密会するような令嬢になってしまう。


 体に至っては蠱惑的どころか背徳的とでも言うべき肉付きで、豊満な乳房がスーツを内側から突き上げていた。

 教職にはそぐわない、匂い立つような色香だ。


 カイルはこの女教師の顔に、見覚えがあった。


(忘れるものか)


 アイリス・ミステス。

 一周目の世界で共に冒険を繰り広げた、三つ年上の女神官。

 となると現在十八歳なはずだが、その若さでなぜ教職に? 

 いやそもそも、なぜこんなところにいる?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る