第8話 求めあう二人(延長十二回)

 カイルは、レオナと手を繋いで校舎の中を歩いていた。

 的当て試験の上位百名が呼び出され、クラス分けのための面接を行うと言われたのだ。

 場所は一階の生徒指導室と聞かされている。


 試験官曰く、魔法学院は勇者の育成を目的とした機関なのだから、人間性も考慮しなければうんぬんかんぬん。

 どうしてあの手の連中は、退屈な話し方しかできないのだろう。


 レオナも全く同じ感想を抱いたようで、「あれ聞いてたら眠くなっちゃった」と伸びをしていた。

 体型が体型なので、背中を反らすようなポーズを取ると、胸元のボタンが弾け飛ぶのではないかと心配になる。

 特に下心はなく、本当にボタンが気がかりで見つめていたのだが、レオナは違う解釈をしたようだ。


「もー。見られてるのって、女の子はすぐ気付くんだからね?」


 両手で己の体を抱いて、胸部を隠すような真似をしている。

 声に媚びが含まれているので、本気で嫌がっているわけではないようだ。

 

「今は駄目。……あとでいっぱい触らせたげるから」


 うわずった声で囁くと、レオナは生徒指導室に入った。カイルも後をついていく。


 狭い部屋だ。


 木製の椅子が数脚置かれていて、奥の席に髪の長い女が腰かけている。二十代半ば程度だろうか。

 面接官という響きから堅物の中年男性を想像していたが、以外なほど若い。

 となれば、この若さで抜擢されるほどの何かがあるということだ。


 レオナは女性と向かい合う位置に座ると、姿勢を正した。

 カイルも隣に腰を下ろし、前のめりになって警戒を始めた。


 この面接は一度に二人ずつ受けることになっているので、他の生徒は来ていない。


「こんばんは、レオナさん。それとカイル君。……うん。仲がいいのは結構だけど、在学中はちゃんと避妊魔法を使うのよ?」

「な、なに言ってんのあんた!?」


 口をパクパクさせるレオナに、面接官は静かに笑いかける。


「私ね、少しだけ心を覗く魔法が使えるの。少人数で面接をするのもそのため。貴方達が今朝付き合い始めたばかりなのに、一線を越えたところも見えてるわよ。うちは別に男女交際を禁じてないから、構わないんだけど。どう? 私の力、信じる気になった?」


 シャイなレオナには、効果てきめんだったようだ。

 下を向いて「あうあう」とわけのわからないことを繰り返す少女は、もはやただ面白いだけの生き物である。


 それに対してカイルは、一切動じることなく面接官を観察していた。 

 この女は心を読める。前世の記憶を持つ俺の思考を、果たしてどう解釈するのだろうか?


「それじゃあ始めますね。……レオナさん、貴方はどうしてこの学院に入りたかったの? 私に嘘は通じないから正直に話してね」


 レオナは何も言わず、両手で顔を覆って俯いている。未だ恥ずかしさから抜け出せていないのだろう。

 しばらくの間「あー……」と奇妙な声を上げていたが、やがて意を決したように顔を上げた。


「……私が魔法学院を受験したのは、皆を守れるような勇者になりたいからです」


 面接官は興味深そうに耳を傾けている。


「本心から言ってるわね。正義感が強いのかしら」

「……わかりません。ただ、私は昔から剣も魔法も人よりできる方だったから。いつかこの力を世の中に役立てたいとは考えてました」

「私利私欲のために力を行使したいとは思わないの?」

「そういう時期もあったけど、兄の死で目が覚めたんです。……大切な人を失うのは悲しいことです。魔王は人間を無差別に殺そうとしています。だから私、悲しい死を少しでも減らすために、勇者を目指そうと思って」

「素晴らしいわね。模範解答よ」


 それもそうだろう。なにせこの少女は、一周目の世界では本当に勇者になったのだから。


「もしもレオナさんのパーティーが全滅しかけていて、一人だけ逃げられるとしたらどうする?」

「……一番大切な人を逃がします。そしてどんなことがあっても……自分は戦場に残ると思う。大切な人を守って命を落とすなら、本望だから」

「うんうん。貴方って本当に英雄気質なのね」


 だからこそ、レオナを勇者にしてはいけない。

 彼女は理想論を語っているのではなく、本当にそれをやってしまうのだ。

 誰かのために死ねる少女だからこそ、魔王と戦わせてはならない。


「じゃあ、今度は彼氏君ね。カイル君はどうして入学しようと思ったの?」


 どうせ心を読まれてしまうのだ。ならば正直な気持ちをブチ撒けた方がいいだろう。

 カイルは前世の屈辱を思い返しながら、血走った目で言葉を紡ぐ。


「ゴミ屑の魔王とモンスターどもを、根絶やしにするためだ。俺はそのためにここに来た。早く殺させろ。実戦はいつやらせてくれるんだ? やろうぜ、生徒一同で魔物狩り。潮干狩りのノリでオーク殺して、食っちまおうぜ。オーク汁は美味いぞ、いい出汁が出るんだ」

「本気みたいね……」


 面接官は気圧されているようだった。

 迂闊に人の心なんぞを覗き込むからそうなるのだ。お前が今見ているのは、冥府の入り口だ。


「わけがわからない……貴方のこれ、妄想? 女の子が酷い拷問を受けている光景が見えるのだけど……」

「それは全て実際に起こった出来事だ。理解したか? 魔王ってのは生きるに値しない、肥溜め野郎なんだよ。なんで糞がのうのうと地上を歩いてんだ? 地獄の便所に叩き落とさなきゃいけないだろ? 俺は世界最強の掃除人になって、現世にこびりつく糞をそぎ落として回るんだ」

「……貴方が目指す勇者像って、どんなもの?」

「無敵の虐殺者だ」


 ただし、殺すのは悪党とモンスターに限るが。そら、これなら正義の味方だろう?

 カイルは挑発的なモノローグを呟き、胸の中であざ笑う。どうせこの女には聞こえているはずだ。


「……こ、ここまで禍々しい心象風景は、見たことがないわ。こんな過去を抱えて平然としていられるなんて、何者なの……!?」


 面接官はこめかみに手を当て、しきりに困惑している。

 レオナの方も、突然凶暴になったカイルを見てオロオロとしていた。


「……もしも貴方のパーティーが全滅しかけていて、一人だけ逃げられるとしたらどうする?」


 その質問を待っていた、とカイルはにんまりと笑う。赤い三日月のような笑みだった。


「そもそもそんな状況に遭わないようにする。パーティーが全滅しそうになる前に、敵を皆殺しにすればいい」

「でも、冒険者っていうのはいつどんな事態に巻き込まれるのかわからないのよ? 万が一の状況も想定しておくべきじゃない?」

「巻き込まれてからじゃ遅いんだよ。危険要素は事前に排除するべきだ。殺しゃいいのさ」

「けれどこういうのは、勇者候補の心構えとしてですね」

「心構え? そんなもので死にゆく仲間を救えるのか? 所詮はぬるま湯に浸かった教師だな。お前、魔王の恐ろしさを知らないだろ。いざとなったら暴力以外に何も頼れない。殺される前に殺すべきなんだ」

「……なんてこと……本音なのねこれ……しかも貴方なら、本当にやり遂げるでしょうね……」


 面接官はすっかり顔色を失っていた。


「今日はもう帰っていいわよ。クラス分けの結果は三日後に発表されるから、それまでは自由に過ごしなさい……」


 カイル達は一礼して、会場を後にする。

 廊下の片隅で足を止めると、レオナが不安そうな顔で話しかけてきた。


「カイル、さっきのって」

「どうした」


 レオナの指は、カイルの袖を軽くつまんでいる。

 

「昔、魔物に酷いことをされたのね? ……大事な人を殺されたのね?」

「ああ」


 そっか、とレオナは寂しげに言った。目尻には涙が浮かんでいる。


「ごめんね……気付いてあげられなくて、ごめんね……私、彼女失格だよね……」


 鼻声で謝るレオナに、カイルは諭すように話しかける。


「気にするな。そもそも俺達は午前中に会ったばかりなんだから、気付かないないのが普通だ。むしろ気付いてた方が怖い。雰囲気に流されてるぞ」


 レオナは数秒ほど硬直していたが、すぐに我に返って「それもそうね」と頷いた。


「そ、そういえばそうだわ……あんまりトントン拍子に交際が進むから、私もう何年もカイルと付き合ってるような錯覚に陥ってた……」

「それに、もう乗り越えたことだ。お前は気に病むな」

「……絶対乗り越えてないでしょ、あの反応は」

「あれは面接官の態度が気に食わなかったんで、からかっただけだ。心の傷なんてのはとっくに癒えてる」


 ぐりぐりと頭を撫でて、優しい嘘をついてやる。レオナはされるがままだったが、


「思い出して悲しくなった時は、私に甘えていいからね」

 

 と気遣うような姿勢を見せた。

 だったらお前こそ抱え込んでいるものを話せ、と言いたくなる。

 お互い内側にため込むタイプなので、じれったくてしょうがない。


 カイルがいつになく真剣な眼差しをしているためか、レオナは目をそらして言った。


「……ね。入学式までまだ三日くらいあるけど、泊まるあてはあるの? ここの寮って、正式に入学するまでは使えないみたいよ」

「適当に宿を借りようと思ってる」

「お金、もったいなくない?」


 意味ありげに語尾が上がる。言葉に様々な含みを持たせているのがわかった。


「……私の実家、このへんにあるんだよね」

「それで?」

「……お父さんとお母さん、旅行中なの。一週間は帰ってこないってさ」

「わかった」


 何を言おうとしているのかは、きちんと伝わった。


 二人はすぐさまレオナの家に向かうと、ナイターゲームに突入した。

 カイルは九回裏まで粘り、的確にインコースを攻め続けた。

 今日は調子がいいようで、延長十二回目に途中してもコントロールが乱れなかった。


 カイルは息も絶え絶えになったレオナにたずねる。


「お前、何か悩んでるんじゃないか?」

「……カイルこそ」


 答えは平行線。結局その夜、レオナは口を割らなかった。というか失神して喋れなくなってしまった。

 カイルは理性が壊れているので、一晩ぶっ続けで登板することができる。

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