第7話 最強右腕
学院の敷地に入ると、横から剣を持った男が出てきて「二次試験はオレ様の試し切りよォ! クキャキャキャキャ!」と斬りかかってきたので蹴り飛ばした。
「は?」
直撃の瞬間、魔力を上乗せしてやれば威力は数倍に膨れ上がる。
男は緩やかなカーブを描いて吹っ飛び、校舎の三階に頭から突き刺さった。
ジタバタと脚を動かしているのが見えるので、一命はとりとめたようだ。
「今のは誰だ?」
「……剣術担当のバルザック。一応ここの教師で、王都では二番目の実力者らしいけど……」
カイルってほんと容赦ないのね、とレオナは驚いている。
「狂人キャラが被ってるしな。あいつはさっさと退場させることにした」
ぞろぞろと受験生一同で歩いていると、昇降口の奥から試験官らしき集団が出てきた。「もうあの白髪の子は入試なしで合格させるべきなんじゃないかな……」と怯えた声で話しているのが聞こえてくる。
「そうね。これ以上カイルに対人戦をやらせたら死者が出かねないし、その方がいいかも」
レオナは冗談交じりに笑っているが、おそらく本心から出た言葉だろう。
性悪女を演じていた前世でも、無用な犠牲者を出すのは常に避けていたくらいだ。
やはりこの少女は正統派の勇者なのだ、とカイルは思う。
彼女は太陽で、俺は月。
どこまでも真っ直ぐなレオナを守るために、どこまでも歪んでやろうと改めて誓う。
真っ当な勇者ではできない、汚れた手段を用いてでも支えてやらなければ。
カイルが暗い笑みを浮かべていると、
「なんだか私のことを考えてる気がする」
とレオナが顔を覗き込んできた。
実に勘がいい。
「楽しそうね。なんで笑ってたの? 思い出し笑い?」
「レオナのために何ができるかを考えてたんだ」
「そ、そう」
レオナはかあっと赤くなって俯いた。まだ十五歳とあって、ウブなのである。
ほんの数時間前まで生娘だったくらいだし、こういった言葉には耐性がないのだろう。
「……カイルはどうしてそんなに私が好きなの?」
私のどこが好き? なんていかにも恋人っぽい会話だなと思いつつ、カイルは答える。
「恩人だから」
「私、貴方のこと一度も助けてなくない?」
「いいや。救ってくれた。レオナのおかげで俺は生まれ変わったんだ」
「……ふーん……?」
「俺はもう間違えない。今度こそレオナを守り抜く」
「……今度こそ」
レオナはなにやら思いつめたような顔をしていたが、女試験官の冷やかしによってすぐに別の表情へ切り変わることとなった。
「そこの二人。試験中にイチャイチャするのはそのへんにしといてくれないかしら? 三次試験に入りたいのだけど」
受験生の間に、どっと笑いが起こる。
レオナはほとんど半泣きに近い照れ方をし、一気に大人しくなった。
急激に和やかになった空気の中で、試験の説明が始まる。
「皆さんにはこれから、測定器を使って的当てをしてもらいます。自身が最も得意とする飛び道具をぶつけてください」
試験官の指差す方向には、車輪付きの的が置かれている。
全部で八つ並んでいるのだが、どれもかなりのサイズだ。
「測定器と言いましても、御覧の通りただの的です。つまり魔法を当てて、どこまで飛距離を出せるか測るわけですね。特注の素材で作られてますし、重さの方も想像を絶するものがあります。まず受験生の魔力で破壊することは不可能でしょうから、安心して全力を出してください」
一ついいか、とカイルは質問をする。
「最も得意な飛び道具を使うんだよな?」
「ええ、そうですが」
「なら魔法で身体能力を強化して、石を投げるのも有りなのか? 俺にとってはこれが最高の飛び道具なんだが」
「もちろん。肉体を強くするのも立派な魔法です。腕力に自信のある生徒は、そういった手段を取るのも構わないでしょう。でも……石投げで電撃や火炎弾に勝てると本気で思っているのですか?」
試験官の間に、失笑が広がった。
きっとこいつらは、体術しか取り柄のない魔法オンチのイメージを膨らませているのだろう。
接近戦しかできないなら過剰に恐れる必要はありませんね、と露骨に安堵する声まで耳に入ってきた。
「言質を取ったぞ。投石しても構わないんだな」
「どうぞどうぞ」
なら手頃な石を見つけてくるか、とカイルは校庭を物色し始めた。
ぐるぐると歩き回っているうちに、受験生の一団はどんどん騒がしくなっていく。
カイルを放置して、お先に的当てを始めたようだ。
横目で眺めると、多種多様な魔法が飛び交っているのが見えた。
水流、火炎弾、岩石弾……。
(次はレオナか)
カイルが見守っているのに気付いようで、レオナはぴょんぴょんと飛び跳ねて手を振ってくる。
ジャンプするたびにツインテールやら胸やら色々なものが揺れ、男子達のため息を誘っていた。
なんとも罪作りな美少女である。
「ちゃんと見ててよねー!」
手を振り返してやると、レオナはようやく的と向き合った。
自慢の碧眼を片方閉じて、右手の人差し指を立てている。指鉄砲のような形だ。
やがて鳴り始める、バヂヂヂヂ、という帯電音。
歴代の勇者と同じく、レオナは雷属性の攻撃魔法に長けているのだ。
これで回復と剣技も人並み以上なのだから、まさしく典型的な勇者タイプと言える。
(あの詠唱……いきなり大技を使う気か)
十五歳の若さで上級雷魔法を使いこなせるのは、レオナと自分くらいのものだろう。
カイルが轟音に備えて両耳を塞いだ瞬間、まばゆい閃光が校庭を包み込んだ。
「――ミョルニル!」
少女の指から、巨大な雷が放出される。
紫電が渦を巻き、一本の矢となって目標を射抜く。
あまりの衝撃に、何人かの生徒が転倒していた。
的は勢いよく滑走し、校庭の反対側へと突進している。
「レオナ・ブレイブの記録は……一二〇〇メイテル! 新記録です!」
飛距離が読み上げられると、受験生達にどよめきが広まった。格の違いを見せつけられて動揺しているのだろう。
レオナは両手をブンブンと振って、「見てた見てたー?」と懸命にアピールしてくる。
周りの男どもは、そのあどけない仕草に鼻を伸ばしているようだ。
……少し、レオナのテンションがおかしい気がする。あそこまでコケティッシュに振る舞うような少女ではないはずだが。
愛するカイルに、可愛く見られたがってるから?
違う。
あれは――空元気?
まさかな、と首を振った瞬間、足元に拳大の石を見つけた。
かがんでそれを拾い上げると、悠然と的の前に戻る。
「おかえりなさい、白髪君」
女試験官が、鼻で笑いながら声をかけてきた。
視線は手元の石に注がれている。よくもまあこんなガラクタを見つけてきたわね、とでも言いたげだ。
「ところで貴方、お名前は?」
「カイルだ」
「じゃあカイル君、自慢の石投げを見せてちょうだい」
声に嘲るような調子がある。相当カイルを下に見ている。
最強の飛び道具が投石、と明かしただけでこれだ。
(俺の投擲は、前のレオナが見つけてくれた才能だ。前世のあいつとの繋がりなんだ。それを馬鹿にしやがったな)
カイルは鞄を足元に置くと、固く石を握りしめた。
全身の筋力を魔法で引上げ、両手を振りかぶる。
オーバースローのフォームだ。
腰のひねりを生かし、体重と筋肉が生み出したエネルギーを右腕に乗せていく。
助けられなかった女が教えてくれた、たった一つの自分オリジナルの特技を、全身全霊で解き放つ。
「――シッ」
腕を振り下ろした瞬間、見えない壁を破るような感覚があった。
遅れてやってくる、何かが爆発するような二つの音。
またこれだ。
カイルの全力投球は、簡単に音速の壁を超える。十二歳の時点でそうだったのだ。
あれから三年が経った今では、さらに威力が上がっている。
投げる物体を魔法で強化してやらなければ、途中で燃え尽きてしまうほどだ。
今度の石も相当に強度を上げてやったのだが、果たして的に到達するまで持つだろうか?
「……いけそうだな」
どうやら杞憂だったようだ。
あの軌道ならば――
(ド真ん中に命中だ)
ド、ゴオオオオン! と衝撃音が鳴り響く。
それはレオナの魔法どころか、どんな自然災害をも上回る爆音だった。
的は校庭を突き抜け、柵をブチ破り、学院の敷地外へと飛んでいく。
「う……嘘……?」
試験官達は、あんぐりと口を開けて空を眺めていた。両手からバサバサと記録用紙が落ちているが、気付いていないようだ。
他の受験生達も、呆気にとられたような顔で固まっている。
「あいつ……人間か?」
「下半身だけでなく、上半身もエースだったのか……二刀流エースってやつか……」
一同が見守る中、的は水平線の向こうへと消えていった。
今頃は国境を越えて、隣国の人々を驚かせているのかもれない。
「で、記録はどうなんだ」
カイルの問いかけに、女試験官は震えながら答える。
「……そ、測定不能……。ただし貴方が一番であることは、誰の目にも明らかです……」
だろうな、とカイルは笑う。
お前らとは覚悟が違う。見てきた地獄が違う。
気の狂った人間が、より狂うまで積んだ鍛錬に、誰が敵うものか。
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