第6話 試験の英雄

 振り向くと、一人の男が立っていた。

 黒ずくめの服を着た中年男が、傲然とカイルを見下ろしているのだ。


(でかいな)


 巌のような顔つきの、巨漢である。カイルより頭二つ分は大きい。

 真っ黒な髪はトサカのように逆立ち、釣り上がった目は鋭い光を放っていた。

 加えて肩や胸の筋肉が大きく盛り上がっているため、一目でただものではないとわかる。


 とてもカタギの人間には見えないが、まさか学院の関係者なのだろうか?


「お前で二百人目だ」


 黒衣の男は、しゃがれた声で告げる。

 同時に、犬歯を剥き出しにして攻撃的な笑顔を作った。まるで獣が牙を見せつけるかのように。


「人数がどうかしたのか?」

 

 カイルの質問に、男は淡々と答える。


「きっかり二百人の受験生に制服が配られたところで、入学試験は開始される。……生徒の選定は今まさに始まったんだ。一次試験といこうや、小僧」


 ほう? とカイルは眉を上げた。

 横目でレオナを見ると、青ざめた顔をしている。どうやらこの男を知っているらしい。


「……バザロフ・ドラグノフ」


 なんでこんな化物がここに、とレオナは呟く。


「こいつ、こう見えて学院の教師よ。格闘技の達人で、王都最強って言われてる。去年の入学試験では、受験性を何十人も再起不能に追い込んだって……」


 ふうん、とカイルは興味なさそうに相槌を打つ。

 レオナの口ぶりからすると、試験は実戦形式らしい。


 誰が考えたのか知らないが、ありがたい制度である。試験官をブッ壊すだけで、高評価をもらえるというのだから。

 

「で、どうすれば合格になるんだ? バザロフとやら」


 カイルは制服を鞄に詰め込むと、試験官の顔を見上げた。


「俺を倒したら校門が開く。そしたら校庭で次の試験を受ける手はずになってる。他のやつらも同じだ。……ま、今年は全員不合格にしてやるけどな。特にお前は二度と受験できない体にしてやるよ」


 バザロフはカイルの頭を鷲掴みにすると、ギリギリと指に力を込めた。凄まじい握力だ。


「俺はな、女連れで学校に来るようなチャラついたガキが嫌いなんだ。お前に見込みがあるとは思えない。目に覇気がない。連れの女子を置いて、さっさと田舎に帰れや」


 クク、とカイルは笑う。自分に絡むだけならともかく、女の方は置いていけとはどういう魂胆なのか。

 

「お前、俺とレオナの仲を妬いてるんじゃないか?」

「……教師に向かってその口の利き方はなんだ!」


 バザロフは腕を振り上げると、軽々とカイルを持ち上げた。

 人間を片手で振り回す馬鹿力。なるほど、とんでもない腕力だ。

 このまま地面に打ち付けられれば、ひとたまりもないだろう。


 どうやらこの試験官、未成年相手に「殺しても構わない」という気概で技をかけているらしい。

 魔法で強化した筋力に頼った、オーソドックスな投げ技を。


(なんと古臭い)


 が、所詮はこの時代の格闘術。

 未来人であるカイルからすれば、対抗策などいくらでも思い付く。

 

 勇者パーティーという精鋭部隊で使われていた技を受け継ぎ、二度目の人生で十五年間も改良し続けたのだ。

 カイルの武術は、一世代先に進んでいると見ていい。


「……なっ」


 カイルは空中で逆さまになった瞬間、足を大きく回転させた。

 遠心力と風魔法を用い、風車のように旋回運動を行う。

 爆発的に増加した運動エネルギーは、たやすく体を宙に浮かび上がらせる。


「飛んだだと……!?」


 バザロフの手から解放されたカイルは、空中で姿勢を変えた。

 魔法の推進力を生かし、爆風をまといながら飛び蹴りを放つ。


 狙うは顔面、加減など無用。

 重力、速度、魔力。その全てを利用して威力を底上げする。


「その動き……どうなって……!?」


 理解できないのも無理はない。この次元に辿り着こうとしたら、もう数十年はかかるだろうから。


(死ね)


 バキャッ! と乾いた音が響く。

 カイルの足裏に、顎の骨を砕いた確かな感触が伝わってきた。


「ごは……っ!?」


 間抜けな声を発して、バザロフの巨体が倒れる。

 地面が揺れ、土埃が舞い上がった。

 顔の周りを転がっている白い塊は、へし折られた歯だろう。


「……あれが人間の動きなの……?」


 驚愕の声を上げたのは、レオナだけではない。他の受験生達も目を丸くしている。


「あ、あのバザロフを一撃だと!? どうなってんだ……!?」

「あんなやつまで受験するなんて聞いてねえよ……絶対あいつが次の勇者だわ……」

「いきなり可愛い彼女を連れて入学してくる時点でやばいな。二人でひそひそ話してるのが聞こえたけど、女の方は制服えっちをねだってたし。開幕調教済みとか黄金ルーキーすぎるだろ」

「……男の方は『もう九回も抱けば大人しくなるかな』ってやべー独り言してたぞ。俺的にはこっちの方が規格外だと思う」

「九回裏まで完投するつもりなのか? 夜の大エースだな……」

 

 レオナが「あ、あんた達聞いてたの!」と騒ぎ出したが、好きに言わせておけばいいのにとカイルは思う。

 くだらない連中だ。これではライバルになりえないだろう。


 カイルは茹でダコのようになったレオナを引っ張って、校門前に進んだ。

 固く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いていく。


 カイルが門をくぐると、他の受験生達も「助かるぜ」と礼を言いながら後をついてきた。

 そういえば今年はカイルが試験官を再起不能にしたから、全員が一次試験を突破できるのか、と気付く。


「あんたすげえや、恩に着るよ」


 入学前からヒーローになりかけている状況に、何とも言えない気分に陥るカイルだった。

 レオナのヒーローになれるなら、それで十分なのに。

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