第5話 入学手続き
目を覚ますと、レオナは「貴方のことを教えて」と熱っぽい声で囁いてきた。
腕枕をしながら、カイルは淡々と胸の内を語り始める。
「魔王をブッ殺さなきゃいけないんだ。あいつは屑だ。人類の敵だ。オークはもっと許せない……必ず絶滅させてやる! 生きたまま腸を引っ張り出して、刻み殺してやるんだ! もうレオナの踊り食いなんて勘弁だからな……」
「相変わらず何を言ってるのかわからないけど、私のことを想ってるのはわかる……好き……カイル好き……」
レオナはカイルの胸に顔を埋めると、自分が王都の生まれであることを告げた。
「知ってる。北部の住宅街出身なんだろ? 上にお兄さんがいて、二年前に亡くなったんだよな。俺はその兄貴に似てるんだっけ」
「……なんでそんなに詳しいの……?」
「レオナのことならなんでも知ってる」
「……そっか。カイルって私のストーカーだったのね。……嬉しい……自分好みの男の子に監視されてたなんて、すっごくドキドキする……」
レオナの碧い瞳は、虹彩がハート型になっていた。
はて、こんな種類の眼病は過去にあっただろうか。
(まあ、なんだっていいさ)
レオナはカイルを愛している。カイルもレオナを愛している。そこになんの問題もない。
単に話が噛み合わないだけで、体の方はしっかり噛み合うのだからどうとでもなる。
「もう一つ聞いていい?」
「なんだい」
「体術も凄いけど、魔法の方も異常よね貴方。こんなに効率のいい回復術式、どこで教わったの?」
そんなに効率的か? と思ったが、考えてみれば当然である。
なんたってカイルは、四年後の未来から転生してきたのだ。
彼の使う魔法には、まだこの時代では発明されていないものがいくつか混じっている。
「来年、魔法協会の学者達がヒールの燃費改善に成功する。俺が使ってるのはそれと同じタイプだ」
「まるで未来からやってきたみたいなこと言うのね?」
その通り、とは言わないでおく。
二周目の人生を送っているだなんて、信じてもらえないだろうから。
転生術式は完全にカイルのオリジナルなので、妄想と思われる可能性が高い。
「色々あったんだ」
「そう」
レオナはどこか寂しげな目をして、カイルに唇を重ねた。
「カイル、貴方って色々抜け落ちてる気がする。……もしかして、過去に大切な人を失ったりした?」
お前だよ、レオナ。お前なんだ。
吐き出しそうになった言葉は、ぐっと堪えた。
「……言えないならいい。でも、いつか話したくなったら聞かせて。貴方の力になりたいの」
宿を出ると、空はオレンジ色に染まっていた。
入った時は朝方だったので、かなりの時間眠りこけていたらしい。
「暗くなる前に済ませたい。案内してくれ」
レオナは喜んでカイルの手を引き、学院の前まで連れて行ってくれた。
今は新学期前の準備期間らしく、制服を支給してもらえるらしい。
受験生が全員揃ったところで、入学試験が行われるそうだ。
「試験って何をやるんだ」
「……ちょっと物騒な適性検査。あんまり酷いと落とされるみたいだけど、カイルなら楽勝でしょう?」
レオナは腕を絡ませ、肩に頭を預けてくる。すっかり恋人気分でいるようだ。
すれ違う男達が凄まじい視線を送ってくるが、これはわかりやすい嫉妬だろう。
人目を引く美少女を連れていれば、嫌でも目立つ。ましてや相手の男が死んだ目をした少年となると、何事かと思われるのも無理はない。
「おい、あの子って勇者候補のレオナだろ。隣にいる野郎は誰だ」
「わかんねえ。ただ宿から出てきたってことは、そういうことだな。見ろよあいつ、総白髪になってるし瞳からハイライトが消えてるじゃねえか。どんだけ絞り取られたんだよ……」
……どうもカイルの風貌は、あらぬ誤解を生んでしまうようだ。
実際は俺の方が搾り取ったのだがな、とくだらないことを考えていると、目の前に学院らしき建物が見えてきた。
想像していたよりも遥かに立派な造りをしている。
レオナはカイルの二の腕に胸を押し付けながら、「大陸で一番伝統ある学校なの」と説明してきた。
「ここで最優秀の成績を収めたら、間違いなく次の勇者に選ばれるでしょうね」
今度もまた、レオナが勇者に選ばれるのだろうか?
けれどそれでは前世の焼き直しだ。
彼女の生存率を上げるためには、少しでも違う未来に変えた方がよいのではないか。
カイルは少し考えてから、
「俺が勇者になる」
と呟いた。
レオナはしばらく黙り込んでいたが、やがて「貴方ならなれると思う。私の勘もそう言ってる」と静かに答えた。
言葉に確信めいた響きがあるので、予知が発動したのかもしれない。
「……でも、お勧めはしない。カイル、貴方が勇者になったら……」
「死ぬのか?」
「え?」
「俺が勇者になったら、魔王と刺し違えるのか? どうなんだ?」
そういうわけじゃないけど……とレオナは言葉を濁す。
「別に構わないさ。お前が助かるならなんでもいいんだ」
「あ、待って!」
カイルはレオナを引きずるようにして、校門脇へと足を進める。
そこには受験生用の受付カウンターがあるのだが、同年代の少年少女で長蛇の列ができていた。
カイルは最後尾に並び、自分の番が来るのを待つことにした。
一方レオナはというと、見ての通りとっくに制服を受け取っていて、袖を通している。
なので「私はただの付き添いですから」という顔でカイルの横に立った。
だが途中からどんどんカイルに甘え、「私は彼女ですから」という顔になった。
周囲の視線は見る見る温度を下げていき、特に男子からの視線は絶対零度になりつつあったが、カイルの頭は壊れているのでなんとも思わなかった。
「次の方どうぞー」
十分ほど経っただろうか。
ようやく最前列に来れたカイルは、窓口に推薦状を提出した。
係員の女性は事務的に封筒を受け取ると、男子用の制服を手渡してきた。
黒を基調とした、無個性なデザインだ。
カイルからすればどうでもいい代物だったが、レオナの反応は違った。心なしか目を輝かせているよう感じる。
どうした? と聞いてみると、
(……制服姿のカイルともしてみたい)
恥ずかしそうに耳打ちしてきた。
この少女、上品な顔立ちに反して大変な好色らしい。
……いや、これは俺の方に原因があるのか、とカイルは遠い目をする。
なんせ自分は、呪いの指輪でレオナの記憶を全て移植されたのだ。おかげで彼女がどこをどう触ってほしいのかは、完全に把握しきっている。
レオナがカイルとの交わりに溺れるのは、至って自然なことなのだ。
「わかった。あとでまたやろう。宿に行くまで我慢できるよな?」
「……うん」
レオナの耳が真っ赤に染まる。
内ももをこすり合わせるような動きをしているので、既に気分が高揚し始めているのだろう。
やれやれ。
もう九回ほど抱いてやれば大人しくなるかな、とレオナを喜ばす手法をシミュレートしていると、背後に人の気配を感じた。
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