第4話 また会えたな、レオナ

 カイルは十五歳になった。

 この年齢に達すると、村の指導者にジョブを決められるのがならわしである。


 前世はここでしくじった。

 本来の適性にそぐわない、錬金術師にされてしまったのだから。


(村長も軽い予知能力を持ってるんだったな)


 おそらくそれが原因だろう。

 一周目の人生では、「この少年は錬金術師として大成する。若くして高度な術式を編み出すであろう」と告げられたのだ。


 確かにその予言は間違いではなかった。仲間の命と引き換えに、転生魔術を生み出したのだから。


 ……二度と同じ過ちを繰り返してはならない。

 カイルは村長の元に赴き、


「俺は戦士になる」


 と宣言した。

 村長は静かに目を閉じると、「それはいい」と同意した。


「お前は必ず戦士として大成する。お前の投げる刃は、あらゆる魔物を屠るであろう」


 ああ、知ってるとも。カイルは唇を歪めて笑い、「狂戦士ベルセルク」のジョブを受け入れた。


 素晴らしい。前世とはどんどん違うルートに進んでいる。

 今度はレオナの死を回避できる。

 カイルが喜びに打ち震えていると、村長は小さな封筒を取り出した。

 

「なんですかこれは」

「推薦状じゃ。ワシはお前ほど才能に恵まれた子供を知らん。武芸も魔法も一流となると、こんな寒村で腐らせる人材ではない。王都で学ぶといい」

「学校に通えと?」


 前の人生では、学校とは無縁だった。独学で錬金術を学び、冒険しながら錬成のレパートリーを増やしていったのだ。


「これは王立魔法学院への推薦状でな。なんでも今年は、今代の勇者と目される少女が入学するそうじゃ。きっとよい刺激になるだろうて」


 ドクン、とカイルの心臓が跳ねる。

 そうだ。レオナは確か、勇者になる前は王都で学生をやっていたはずだ。

 ならばこれは――


「その勇者候補の女の子は、もしやレオナという名ではありませんか?」


 よく知っておるな? と村長は頷いた。

 もはや断る理由はなかった。


 カイルは推薦状を受けると、その日のうちに村を後にした。

 手荷物は、小さな鞄一つだった。



 王都への道のりは、決して楽なものではなかった。

 道中何度も魔物や盗賊に襲われたが、そのたびに全て殺し尽くした。


 レオナ、レオナ。レオナにまた会いたい。

 俺を強くしてくれた少女を、最後まで俺を想っていた少女を、今度は俺が守ってやるんだ。


 恋心でも執念でもなく、「呪い」とでも言うべき力を糧に、カイルは進み続ける。

 並の人間であれば一週間かかる距離を、わずか三日で走り抜けた。

 ほとんど暴走に近い速度での到着である。


(……ここが王都。前世でも来たことがなかったな)


 田舎育ちのカイルにとっては、何もかもが新鮮な場所だった。

 朝日に照らされて輝く、豪華な家々。舗装された街道。


 カイルはキョロキョロと周囲を見回しながら、都を歩き回った。

 

 魔法学院はどこにあるのだろうか?

 適当にそのへんの悪党を拷問して聞き出してみようか、と物騒なことを考えていると、


「触んないでよ!」


 聞き覚えのある声が鳴り響いた。

 きんきんと甲高い、生意気そうな女の子の声だ。

 見れば宿屋の前で、金髪の少女とガラの悪そうな男達が睨み合っている。


「かわいいねー。どっから来たの? 俺らといいことしない?」

「ふざけないで! 私を誰だと思ってるの!?」

「短いスカート穿いた、売れっ子娼婦ちゃんかな」

「ちょっと、勝手にめくんないでよ!」


 ――レオナだ。

 前世と同じ、完璧な美貌を持つ少女。


 今のレオナは十五歳……まだ雰囲気に幼さを残している。

 ブロンドの髪を二つ結いにしているのだが、勝気な顔立ちとよく似合っていた。

 碧い目はぱっちりと大きく、肌は陶磁器のように白い。

 制服に包まれた体は均整の取れたプロポーションを誇り、胸元の膨らみはしっかりと女らしさを主張している。

 

 懐かしいな、とカイルは頬をほころばせた。


 あの時は村の広場で出会ったけれど、そこでも不良少年に絡まれていたっけ。

 きっと強気な美少女というのは、トラブルを招きやすいものなのだろう。


「おーいレオナー」


 カイルは二周目の人生では初対面なのも忘れ、レオナの元へと駆け寄った。

 ブンブンと手を振って、まるで散歩中に友人と出くわしたかのような気軽さで。

 その場違いな振る舞いに、レオナはおろかチンピラ達も驚いている。


「な、なんだてめえ……? なんでこんな呑気な顔で近付いて来れんだ?」


 という風に。


「探したよレオナ。……ごめんよレオナ。俺、気付いてあげられなくて。ずっとお前のこと、誤解してて……」

「えっと、あんたなんなの? なんでいきなり号泣してんの?」


 レオナは突然泣き出した少年に、戸惑っているようだった。人として当たり前の反応だった。


「制服も似合ってるよ、うん。勇者の鎧よりこっちの方がいいかもな」

「あんたもナンパなの!?」


 目を白黒させるレオナだったが、ほんのりと頬が染まっているのを見るに反応は悪くないようだ。

 それもそのはず、この少女はカイルに一目惚れする運命にあるのだから。

 

「おい兄ちゃん。急に出てきてそれはねぇよなあ?」


 もちろん、男達はこのような抜け駆けを許さなかった。集団の中で最も大柄な男が、乱暴にカイルの肩を掴んでくる。

 なんだこのゴミは? とカイルは片眉を上げた。

 

「あ、邪魔だよねこいつら。待っててレオナ、全員殺すから」

「え?」


 カイルはその場で後方宙返りをすると、男の背後を取った。

 これは吸魂の指輪の効果で、前世のレオナから受け継いだ動きだ。


 天才少女が十九年かけて習得した身のこなしを、カイルは生まれた時から記憶している。

 さらにそれを鍛錬で磨き上げたため、とうに達人の域に達していた。


「将来の勇者の邪魔してんじゃねえよ、糞が」


 カイルは男の延髄に手刀を打ち込むと、一瞬で失神させた。

 続いて他の連中にも蹴りや肘鉄を叩きこみ、流れ作業で骨を砕いていく。


「どうなってんだよれこれ!? 速すぎて見えねえ!?」


 心の壊れたカイルに、容赦などという概念は存在しない。

 別に死んでも構わないという手つきで、淡々と人体を破壊し続ける。


「……こいつ、イカれてやがる。ありゃあ人を殺せる目だ……!」


 男達は気絶した仲間を抱えると、ほうほうの体で逃げ出していった。

 なんだ、つまらない。これからバラバラにする予定だったのに。

 カイルが虚ろな目で立ち尽くしていると、レオナは「凄い」と感嘆の声を上げた。


「貴方どうなってるの? 何者なの? 信じられない……一体どうすればここまでの強さが……」

「全部レオナのおかげだよ。お前に教わったんだから」

「……助けてくれたのは感謝するけど、貴方ちょっと言動が変よ?」


 訝しがるレオナに、カイルは淡い笑みを投げかける。


「でもレオナは、俺のことが好きなんだろう?」

「え」

「知ってるんだよ。お前、俺が好きになっただろ?」

「ちょ……やめてよ。口説いてるのそれ?」

「いずれお前は俺を好きになるよ」

「やだ……超強引……オレ様……」


 もじもじとし始めたレオナに、右手を差し出す。


「さ、行こうレオナ」

「い、行くってどこに?」

「目と鼻の先に宿屋があるじゃないか。俺疲れたし、あそこで色々話したいことがあるんだ」

「はあ!? まだ自己紹介も済ませてないってのに、女の子をホテルに連れ込むつもり!? ばっかじゃないの!? ……えっちする?」

「する」


 俺はカイル、とチェックインしながら名前を告げると、レオナはとろんとした目で復唱した。カイル、カイル、素敵な名前。なんだか初めて会ったとは思えない名前……。


「そうだよ。俺達はこうなる運命だったんだ」

「カイル……貴方って強くて強引で、なのに脆そうで……私、私……」


 とりあえずカイルは、レオナを六回抱いた。回復魔法を使ったので、処女喪失の痛みは問題にならなかった。

 行為が終わったあと、ベッドの上には別人になったレオナが横たわっていた。


「しゅきっ、しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきっ。カイルしゅきっ、最初からしゅきっ、全部らいしゅきっ」


 レオナは犬のような仕草でカイルの指をしゃぶり、ピチャピチャと音を立てている。


「ああ、俺も好きだよ」


 カイルは涙を流しながら、手櫛で愛しい少女の髪を梳いてやった。


「ごめんなレオナ。俺、鈍感だから……お前のことわかってあげられなくて、ごめんな……」

「えっ。カイルって出会って九十秒で私の一目惚れに気付いた、超敏感な男の子だと思うんだけど……」

「今度こそ俺、お前を死なせないから……! これからはずっと、レオナの味方だから……!」

「よくわからないけど、昔辛いことがあったのね? そうなのね……? 大丈夫よ、私もカイルがらいしゅきだから……」


 それからカイル達はもう二回性行為をし、泥のような眠りに就いた。

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