第3話 白髪のカイル
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ(殺す、殺す、殺す)」
カイルは憎悪の炎を燃やしながら生まれ直した。
産後間もなく赤い涙を流し、髪の毛は白く染まった。
両親ははじめこそ驚いていたが、力強く泣きじゃくる息子を見ているうちに安心したらしい。
きっと生まれつき魔力が強いのかもしれない、などといい方向に解釈している。
名前は前世と同じく、カイルと付けられた。
当然だ。別人に生まれ変わったわけではなく、過去に戻っただけなのだから。
カイルは一人で歩けるようになると、すぐに鍛錬を始めた。
レオナが死に際に教えてくれた通り、投擲術を極める方向に定めた。
女勇者、女神官、女魔法使い。三人の女性達から受け継いだ知識は、大いに役立った。
言葉を発せるようになると、次々に魔法のテストを行った。
身体強化の呪文を唱えて石を投げると、どんな巨木も簡単になぎ倒せた。
「……天才……」
村の人々は、そう言ってカイルを誉めそやした。
だが、ちっとも嬉しくなかった。
カイルが欲しいのは称賛ではない。魔王の首だ。魔物の首級だ。
レオナを散々いたぶって殺したゲスどもを、この手で八つ裂きにするまでは気が晴れない。
ギラギラと眼光を放ちながら投石を繰り返す、白髪の子供カイル。
いつしかその武勇は、村中に轟いていた。
カイルは十二歳になった。
ある時、近隣の洞窟にオークの群れが巣を作ったという情報が流れた。
村の少女が一人、さらわれたという噂も。
カイルは狂喜した。同時に激しく悲しんだ。
これでレオナの仇を打てる。糞カスの豚人間どもをブチ殺せる。
でも、女の子が慰みものにされてるってのに、モンスター退治の大義名分ができたと喜んでる自分はもう人間じゃない。
(……だからなんだっていうんだ)
カイルは父親の持っていたダガーをくすねると、一人でオークの巣に乗り込んだ。
視界もままならない鍾乳洞。
だが、魔法使いロゼッタから譲り受けた知識のおかげで、
カッ!
と稲妻のような光が闇を照らし、オーク達が目元を抑える。
一方、詠唱時に目を閉じていたカイルは何も影響がない。
「……死ねよ……死ねよお前ら。なんでレオナが殺されてお前らは生きてんだ? お前らオークはレオナを生きたまま食ったよな? アイリスさんも、ロゼッタもだ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死んじまえよお!」
叫びながら、カイルはダガーを次々に投げた。
恨みと執念は、威力も命中率も限界以上に引き上げてくれる。
投擲と同時に衝撃波が巻き起こり、ビリビリと空気が震えた。
少し遅れて、バオンッ! と風を切る音が聞こえてくる。
カイルの放った刃は、音の速さを越えていた。
「ブゴオッ!?」
「ブオオオオオッ!」
哀れな豚人間どもは次々に手足を吹き飛ばされ、苦悶の声を上げている。
「ヒャハハハハハハ! ヒャーッハッハッハッハッハッ! ざまぁねえな! それで人間の天敵のつもりかよ!? てめえら今、十二歳のガキに虐殺されてんだぞ! ギャハハハハハ!」
カイルは高笑いしながら洞窟を駆け抜け、雌と思わしきオークを刺し殺した。
生意気なことに、背後に子供を隠している。
大きさは……まだ赤ん坊ほどだ。オークの乳児だ。
(――で、それが何か? こいつらは人食いの化け物。情けは要らねえ)
カイルは異臭のする赤子オークを拾い上げると、迷うことなく頸動脈を噛みちぎった。
「ブオオオオオオ!」
鮮血を噴き出すオークを右手に抱え、先に進む。
「おめーらそれでもモンスターなのか? 亜人なのか? 今おめーらの惨めなガキが俺に食われてんだけど、それでもビクビク隠れてんのか? どうなんだオラ? ……来いよゴミ豚ども! 一匹残らず殺してやっからよぉ! 赤ん坊もだぞ!? 全員食って殺して俺の糞にしてやっからな! お前らの将来は人糞だ! わかってんのか!?」
奥の方から、長槍を抱えたオークが飛び出してきた。
目つきが必死なので、ひょっとしたら今カイルが持っている赤ん坊の父親なのかもしれない。
「……へえ? なんだてめえ、まさか親子愛とか持っちゃってんのか? モンスターのくせに? 情なんてもんがあるのか? ……だったらなんで、それを俺の仲間に向けなかったんだ! ああ!? なんでレオナ達を食った! どうして!」
カイルはオークの赤子を振りかざすと、流れるようなフォームで投げつけた。
それは一個の流星となり、進行方向にある障害物を次々と砕いていった。
長槍のオークは、頭部に直撃を受けて即死していた。
頭蓋骨が割れ、脳があたりに飛び散っている。
「アハハハハハハ! アーッハッハッハッハッハ! 見てるかレオナ!? 上手に殺せてるよな!? ……レオナ。レオナぁ……。会いてえよ、レオナ……」
レオナはこの時代にも生きている。
でも、それは前世でカイルを好きだったレオナではない。
本人であることには変わらないが、同時にどこまでいっても他人なのだ。
(……俺は何をやってもあのレオナは助けられない。……誰のせいで? 魔王と、モンスターのせいで……。お前らのせいで! お前らがいるからレオナは死んだ! レオナを返せよ! 返せっつってンだろ!)
カイル自身もわかっていたが、もはや八つ当たりだった。
それでも止まらなかった。
鍛えぬいた投擲術と、吸魂で得た戦闘技能を駆使し、殺戮の化身と化していた。
「生きてるオークは悪いオーク! 当たり前だよなァ!? おめーらの主食は人間だもんなァ!?」
気が付くと、洞窟の最奥で怯える少女の他に、動いている生き物はいなくなっていた。
「あ……あ……」
少女は失禁していた。
オーク達になぶられたせいもあるだろうが、それ以上にカイルに怯えているのは明白だった。
「……貴方……鬼……?」
「俺は人間だよ。誰が見たってそうだろう? さあ、帰ろう」
カイルは少女を背負うと、半ば壊れた笑顔で外に向かった。
洞窟を出ると、たくさんの人に出迎えられた。
武装した村の青年に、王都から駆けつけたと思われる騎士達。
一足遅かったな、とカイルは頭の中で呟いた。あんたらはいつもそうだ、肝心な時に何もしてくれない。
「な……。ま、まさか、あの少年が一人で……?」
一際身なりのいい騎士が、驚愕の顔でカイルを見つめていた。
「……よもや、あれが勇者ではあるまいな」
馬鹿なことを。
今代の勇者はレオナに決まってるじゃないか。
カイルは大人達に少女を引き渡すと、何も告げず家に戻った。
数日後、領主から褒美として十枚の金貨が届いた。
カイルはそのうちの半分を両親に渡すと、残りの半分でダガーを買い集めた。
人生の目標が魔王討伐と魔物狩りである以上、武器はいくらあっても足りない。
村の人々は、カイルを「英雄」と呼ぶようになっていた。
中には声を潜めて、「狂戦士」と呼ぶ者もいたが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます