第2話 レオナの真意

『親愛なるカイルへ。

 この巻物は、私が死んだ時に現われるようになっています。

 なので私が今まで何を考えていたかを、包み隠さず書こうと思ってます。

 カイルからすれば私は嫌な女だったろうけど、我慢して最後まで読んでくれるかな。


 あのね。

 私、カイルのことが好きだったの。


 初めて会った頃から好き。……大好き。一目惚れでした。

 ちょっとだけ死んだお兄様に似てたからかな。それとも面倒見がよかったからかな』



 あの傲慢ちきな女勇者が、俺に一目惚れしていた? 

 何を言ってるんだ? 

 カイルは眉をひそめながら続きを読む。



『去年、カイルがパーティーに加わった時は凄く悩んだ。

 だって私達の戦いは、絶対に失敗するって知ってたんだもの。

 私の持ってる加護スキルは「直感」だと思われてるけど、本当は違う。

 実際は軽度の予知に近くて、たまに未来が見える代物なの。


 ……私は自分が魔王に敗れ、殺されるのを知っていた。それが確定した未来だった。

 だから、カイルが私と一緒に冒険するのは大反対だった。

 貴方にだけは死んでほしくなかったから。

 だけどカイルは貴重な錬金術師。

 他のメンバーが貴方の加入を強く推していた以上、私にはどうすることもできなかった。


 でも、このままじゃカイルまで死んじゃう。

 それだけは避けたかった。


 私は心を鬼にして、貴方が自ら身を引くように仕向けてみた。

 何度も何度も冷たい言葉を投げかけたり、些細なことで頬をはたいたり……。

 なのに貴方ってば、歯を食いしばってついてくるんだもの。

 私を見限らないでくれるのは嬉しかったけど、毎日辛かったよ……。


 好きな人を、好きだから虐めるのは苦しかった。


 けど、ようやくそれも終わるんだね。

 私達は今から、魔王軍に突撃を敢行します。

 絶対に返り討ちに遭うだろうけれど、それでも構わない。

 この戦闘で魔王が深手を負って、数年ほど眠りに就くのは予知できたから。

 それだけの期間があれば、次の勇者が育つまでの猶予はあるはず。


 魔王はね。本来なら今日、人間国へ総攻撃をしかけるつもりだったみたい。

 だから、なんとしてもあいつを止めなきゃいけないの。

 たとえこの命に代えてでも。

 時間稼ぎにしかならないとしても。


 ねえカイル。

 貴方が今歩いてる、闇の森は静かなままかな? 

 もし何も起きていないなら、魔王軍を足止めするのに成功したことになるわ』



 森の中は静けさに包まれている。

 魔物の軍勢なんて、気配すら見当たらない。

 だが、それが意味するところは……。


 魔王城のある方角から、煙が上がっているのが見える。


 ――嘘だ。


 これは底意地の悪いレオナが、自分をからかうためにでっち上げたデタラメなんだ。

 そうに決まってる。 

 指先の震えを必死で押さえながら、カイルは食い入るように巻物を見つめる。



『カイル、渡した指輪はちゃんと着けてる?

 それね、神代の時代のアーティファクトなの。

 その名も吸魂の指輪。以前の所有者が死んだら、その魂を吸い取れる呪いの装飾品。

 わかりやすく言えば、死んだ冒険者の経験値を吸い取れるって感じかな。


 私達が全滅したら、パーティー皆の霊魂をカイルに譲渡することになってる。

 勇者である私と、神官のアイリスと、魔法使いのロゼッタ。

 三人分の戦闘経験が貴方に注ぎ込まれるわけ。

 

 きっとカイルは、誰よりも強くなることでしょう。

 それだけの戦力があれば、勇者パーティーを追放された訳あり冒険者でも、仕事には困らないはず。

 ……だからってまた錬金術師をやっちゃ駄目よ。

 私達から受け継いだ知識を生かして、戦士職になるべき。


 カイル、貴方の適性は錬金術師じゃないと思う。

 どうせ村の偉い人にでも言われてジョブを決めたんだろうけど、明らかにそっち方面は向いてないわ。

 だけどポーション瓶を投げると誰よりも上手くて、信じられないくらい正確な軌道を描いて薬品を振りまくことができるでしょう?


 貴方って、「投擲」の才能があるんじゃないかしら。


 こういうのは自分で気付かないと意味がないから放っといたけど、あまりにも鈍感なんだもの。

 しまいにはすっごくキツイ口調で投げるのに専念しなさい! って誘導してあげたのに、ポカンとしてたものね。

 投石や投げ槍なんて大した攻撃にならない。飛び道具なら弓や魔法を使った方がいい。貴方はそう言って笑うだけだった。

 そういうぼんやりしたところも好きだけどね……カイルって癒し系よね。


 私が思うに、魔法で身体能力を強化して、それで投擲を極めたら……私なんかよりもずっと凄い戦士になるんじゃないかな。

 皆はカイルを無能だって言ってたけど、私はちゃんと貴方の素質に気付いてたから。


 ……そろそろ行かなきゃ。

 じゃあねカイル。

 今までいっぱい酷いことしてごめんね。辛かったよね。

 私は死んで詫びるから、それで許してくれるかな。


 馬鹿な女の子でごめんね。

 もっと器用になれたらよかったのにね。

 カイルに好きだって告げて、二人でどこかへ逃げてしまうのもいいなって思ったけれど、私は勇者だから。

 皆を守らなきゃいけないから。

 さよなら、大好きなカイル。

 貴方はどこか遠いところへ逃げて、私じゃない女の子と結婚して、幸せになってね』



 果たしてこの文章は、どこまで真実なのだろうか。

 カイルはしばらく考え込んでいたが、やがて東の空から三つの彗星が飛んでくるのが見えた。

 それは瞬く間に頭上に到達すると、矢のように降り注いできた。

 

 三つの流れ星は、全て左手の指輪に吸い込まれていく。


(まさか、そうなのか? 本当にこれが吸魂の指輪なのだとしたら……)


 刹那、カイルの視界が白に染まった。

 情報の洪水が、どっと頭の中に押し寄せる。

 

 勇者レオナの戦闘技能。魔法知識。

 神官アイリスと魔法使いロゼッタのものも、同じように入り込んでくる。


「があああああああああああああああ!?」


 カイルは絶叫した。

 獣のように吠えた。

 こんなのを見せられたら、誰だって狂うに決まってる。

 

(な、なんだ……!? 戦闘経験だけじゃないのか? 他の記憶まで見える!?)


 レオナの心が入ってくる。レオナの過去が見える。

 皆が寝静まった夜、こっそりとカイルに口付けする少女の苦悩。

 カイルが負傷しているのを見つけ、音もなく回復魔法をかけた少女の思いやり。


 レオナはいつどんな時もカイルのことだけを考えていた。

 どうやってこの鈍感な男の子を生かして故郷に帰してあげようか、そればかり考えていた。

 次第にカイルが自分を見る目に憎しみの色が宿っていくのを見て、深く傷ついていた。

 それでもカイルを助けようとしていた。

 

 ……残念ながら、美しい思い出だけを貰い受けたわけではない。

 魔王軍に無謀な特攻をしかけた、昨晩の記憶も混じっていた。

 それは地獄絵図としか言いようがなかった。


 レオナ達は数で劣る中、勇敢に戦っていた。

 魔力が尽き、全てのアイテムを使い切ってもなお抵抗し続けた。

 しかしついに彼女達は倒れ、囚われの身となった。

 魔王の元に連行されたレオナは、まず逆さ吊りにされ、それから四肢を切断された。


「やめろ……やめろ! こんなの見せるなよ! 違うだろ違うだろ違うだろ!? お前は性悪女だろ!? なんで俺の名前を呼びながら気丈に耐えてるんだよ!? それじゃずっと勘違いしてた俺が馬鹿みたいじゃないか! やめろ! やめてくれ! やめろおオオォォ!」


 レオナは腹を切り裂かれ、生きたまま腸を食われていた。

 その間、ずっとカイルの名前を呼び続けていた。カイル、カイル、ごめんねカイル。大好きだよカイル。


 鼻をそがれ、皮膚を剥がされ、人間の尊厳を全て奪い取られたレオナは、大皿に乗せられてオーク軍の元へと運ばれていった。

 この戦いで最も奮闘した魔王の配下に、「ご褒美」として贈られたようだ。


 レオナは魔法で生かさず殺さずの状態にされ、意識を保ちながら――食い殺された。

 発狂すら許されない、壮絶な死にざまだった。


「あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 どうやらレオナは、吸魂の指輪が持つ恐ろしさをきちんと理解していなかったらしい。

 これは単に、戦闘経験を譲るものではない。

 死んだ人間の記憶を全て移植する、禁断のアーティファクトなのだ。


 おかげでカイルは、レオナが絶命する際の苦痛を味わってしまった。

 アイリスとロゼッタの分も合わせると、三人分の拷問死を経験したことになる。


「――」


 カイルの人格は、跡形もなく崩壊した。

 黒い髪は一瞬で総白髪となり、血涙を流す目は狂気に蝕まれていた。


「……殺す……殺さなきゃ……俺が……皆の分まで……俺が……」


 恨みの矛先は、全て魔王とモンスターに向けられていた。

 恋心を直にぶつけられたせいで、レオナを恨む気にはなれなかった。


(……悪いのは何もかもクソったれの魔王だ。なんでお前みたいなのがいるんだ? なあ? お前は生きてちゃ駄目なんだよ……! お前の全部が間違いなんだよ……!)


 どんなことをしてでも仇を取らなければ、とカイルは神に誓う。いや、この際悪魔でもよかった。

 誰でもいい……俺に力を!

 カイルの怒りと憎しみは、既に人間の限界を超えつつあった。


 修羅の域に達した執念は、一つの術式を閃くに至る。


(……転生)


 それは仲間達から受け継いだ知識に、狂人のインスピレーションが組み合わさったものだった。

 教会の秘術。時間逆行術式。禁忌の錬金術。全てかき混ぜる。


 ――いける。


 計算に間違いはない。

 仮に間違っていたとしても引き下がる気はない。


「……生まれ変わってやる」


 カイルは右手の親指を噛み切ると、地面に血の六芒星を描いた。

 あとはこの中に飛び込むだけでいい、それだけで赤子から人生をやり直すことができる。

 しかも転生先は未来ではなく、「過去」に設定してやった。

 

 レオナ達が全滅し、バッドエンドに終わったこの世界からおさらばし、二周目の冒険ができるのだ。


「待ってろよ皆」


 必ず助けてやる。どんなことをしてでも俺が守ってやる。

 そして薄汚ねえ魔王とモンスターどもを、一匹残らず駆除してやるんだ。

 カイルは血走った目で詠唱を終えると、魔法陣の中に飛び込んだ。


 直後、


 パァン! 


 と音を立てて、カイルの肉体は四散した。

 転生が成功した証だった。

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