第二章 Case.1982 Room

第14話 赤い色と言えば何ですか?

「あれー? まだ、みんな来てない感じ?」

「おー、そだな」


部室にやって来た真理衣は後ろ手に扉を閉め、きょろきょろと室内を見渡した。

視線を部屋の隅にやって、ため息。


「双葉ちんもいないし。……え? めぐるんと二人きり?」

「……露骨に嫌そうな感じを出すな」

「よくわかってるじゃん」

「え? もしかしてオレ嫌われてんの?」


真理衣は椅子に座ると、両手を伸ばしてぐでんと身体を机に預けた。

それから顎を立てるようにして、中央に鎮座されたモニタを見やる。


「クーたんおはよう~。あ、放課後だしおそよう~か」

「職場とか、大人の世界だと朝も夜もおはようらしいぞ」

「ジョークに真面目に突っ込まないでくれる? ……んん?」


真理衣は立ち上がり、モニタの下部にある電源ボタンをポチポチと押した。


「電源ならついてるぞ」


スマホをいじくるメグルに、真理衣は口をとがらせる。


「なら、なんでクーたん答えないのさ」

「わかんねぇ。昼は普通に答えてたし、別にソフトが落ちてるわけじゃない」

「だったらなぜ?」

「だから、知らねぇって。……壊れたりしてないことだけは確かだ」


そこで唐突にモニタが光った。

目を輝かせて、「クーたん待ってた!」と真理衣が飛びつく。

しかし、モニタにクオリアの姿はない


かつて、彼女が身体を手に入れるまで使用されていた懐かしき水泡上のオーディオスぺクトラムが揺れる。


『ようこそクオリアの部屋へ。ここは、クオリアがゲームマスターを務める場所となっています』

「…………」

「…………」


真理衣はくるりと顔を回し、ジト目でメグルを見つめた。


「なんだよ」

「めぐるんさ、デスゲームものの漫画にでもハマった?」

「だから俺じゃねぇって!」


『こほん』


わざとらしい咳払いがした。

モニタ上のオーディオスぺクトラムは前の時と配色が異なる。


白塗りに淡い青、ではなく。

黒塗りの画面に、ぎらついた紫の波。


『二人はこの部屋に閉じ込められています』

「マジでデスゲームものの漫画でも読んだんじゃないか? このポンコツ」


呆れた様子で顔を持ち上げたメグル。


「……真理衣?」


しかし、すぐにそのひょうひょうとした顔は深刻そうに眉をしかめた。

真理衣が椅子に座って、両肩を抱きかかえるようにして縮こまり、震えていたからだ。


「おい、真理衣」

「……あ……」


真理衣は近寄って来たメグルを見上げると、ぎゅっと目を瞑って、その胸に勢いよく飛び込んだ。

メグルは驚き、両肩に手を当てる。


「……おい」

「ごめん、めぐるん。ちょっとだけ、こうさせて……」

「ちょっとだけな」


数分して、落ち着きを取り戻したのか真理衣は「にゃはは」と、いつもの調子で笑って窓辺に寄った。

ガラガラと、窓を開ける。

吹き込む風に神が揺れ、真理衣は息をつく。


メグルは部屋の入口へ向かい、スライドドアの取っ手に手をかけていた。


「鍵、閉まってるの?」

「ああ。クオリアの奴、いつの間にこの部屋のネットワークと回線つなげたんだ?」


メグルは不満げだった。

そもそも、クオリアには外部ネットワークとの通信を禁止していた。


だからこそ、つい先日――それこそ、双葉が「クオリアを外へ連れ出す」などと言った時も、モニタの前に別のパソコンを用意して、極めてアナログな方法でやり取りを行ったことは記憶に新しい。


もっとも、その時は双葉もすぐに飽きたらしく、夕方には通信を切ってそのまま、それ以来似たようなことはしていなかった。


「クオリア、お前誰にしてもらった? お前ひとりじゃ、外部ネットワークへの干渉はできないはずだ」

『お二人は戸締められています』


クオリアはメグルからの質問に答える気などないらしい。

メグルは不満げに唇を尖らせて頬杖をついた。


『この部屋から出る方法はたった一つ。クオリアの出すゲームをクリアしていくことだけです』

「参考文献は?」

『"サバイバルシリアルキラー学園 ~盗まれた宝石~"となります』

「またいかにもB級な作品だこと」

「そもそもそのタイトルからどうしてデスゲームものにたどり着くかわかんないね」


くすくすと真理衣は笑った。

そんな真理衣を横目に、メグルは諦めて机に座る。


「で? クオリアはどんなゲームを俺たちにやらせるつもりなんだ?」

『連想ゲームです』


予想外な内容だったのか、二人は目を丸くして押し黙った。


『お題は"赤い色"。これに合わせて、同時に連想したものを答えて、一致すればゲームクリアとなります。事前の話し合い三分を持って、答え合わせとします。ただし、話し合いの中で使われた単語を答えとすることは出来ません』

「なるほど。つまり、明言はしないまでもそれとなく意見をすり合わせてって感じか」

『その認識で大丈夫です』

「……ねえ、クーたん。面倒臭いから、やーめた。……これ無し?」

『申し訳ありません。そういうルールになっています』


深いため息。

真理衣は窓辺から勢いよくステップを踏むと、メグルの前の席に座って頬杖をついた。


「さっさとやりましょやりましょ」

『では、これより三分間、事前の話し合いとします』

「……"赤い色"、ねぇ」


メグルはスマホを操作して、ブラウザで"赤"と打ち込んだ。


「めぐるん、とりあえずぱっとお互いに一個出してみない? 話し合い時間なしでえさ」

「はあ? 合うわけないだろ」

「わかんないじゃん。あたし、さっさと外に出たいの」

「まあ……いいけどさ。いいか? クオリア」

『問題ありません。では、カウントをしますのでそれに合わせて同時に連想した単語を口にしてください。――三、二、一』


「血液」

「りんご」


『不一致です。よってこれより、再び三分間の話し合いとします』


メグルは呆れたような顔をして真理衣を見ていた。

真理衣は腕を組んでそっぽを向いていた。


「お前、いくらなんでも合わせる気ないだろ。なんだよ。血液って。そんなもん、一番に連想してたまるか」

「あたしにとって、赤は血液の赤なの。めぐるんこそ、合わせる努力してよね」

「そっくりそのままお前に返す」


メグルは握っていたスマホを机に放った。


「とりあえず、もっともポピュラーなものが良いと思うんだよオレは」

「そうだね。でも、その"ポピュラーなもの"って、どうやって決めるの? 誰が決めているの?」

「さあ……例えば、赤い色と聞いて"誰もが"一番に答えるものがあるとすれば、それがそうなんじゃないか?」

「……そだね」


それから二人は無言だった。

時間だけが過ぎ、静寂をクオリアの合成音声が打ち破る。


『時間となりました。では、カウントをしますのでそれに合わせて同時に連想した単語を口にしてください。――三、二、一』


「いちご」

「いちご」


すぐ近くで、鍵のロックが外れる音がした。


***


『真理衣さんは何処へ行かれたのですか?』

「外の空気吸うってよ」

『気が滅入ると思われるほど、長い時間の拘束はしていません』

「お前にとってはそうなんだろ。でも、真理衣にとっては違った。それだけさ」


メグルはクオリアの動作するパソコンに触れていた。

完全にネットワークを遮断していたはずが、そこには確かに、室内のオートロックを含む電子機器を制御する中枢端末に接続されていた。


「誰がやった。それとも、お前の"意思"か?」

『クオリアにはそれをお答えすることが出来ません。情報として、それはクオリアの中にありません』

「……じゃあ、さっきの監禁の意図は? あれは誰の差し金だ」

『それもまた、明確な答えを示すことが出来ません。しかし、しいていうのであればそれは、クオリアの"意思"と呼べるものです』


メグルは「そうか」と軽い調子で答えて、キーボードから手を離した。

背もたれに身体を預け、天井を見上げる。


「で? お前は何を知りたかったんだ」

『トマトでした』

「あ?」

『クオリアの中で、"赤い色"という問に対して一番に出て来る答え。それは"トマト"でした。しかし、メグルくんも真理衣さんも、その答えは全く別のものでした。クオリアは、こうなることを分かっていて、そして問いかけました。"赤い色と言えば"。それはつまり――』

「"クオリア"ってわけか」


メグルはにやりと笑い、揺れながら何か返答をしているらしいオーディオスぺクトラムを見つめた。


しばらくしてモニタの画面が切り替わり、白い髪に白いワンピースを着た少女。

クオリアが姿を現す。


いつもの通り無表情なはずのその顔は、どこか浮かない様子に思えた。


「……まだまだ遠いってことか。あるいは――」


窓から吹き込む風が頬を撫でる。

冬が近づいていた。

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