第7話 一夜あけて、公式大会の知らせ
シンシアの父親がボクシングのデンプシーロールじみた動きで詰め寄ってきた。
「映像見たわよ! パパが愛する娘の顔を見まちがえるわけないわ。本田雄一郎とデュエルしたゲストアカウントの子、男の子みたいなカッコしてたけど間違いなくシンシアちゃんだったわ! 登録名が”昴シンシア”でコレもう100パーセントよね、ね、ねぇ!?」
デュエルTVで配信された対戦動画はすべてアーカイヴされている。はっきりと証拠に残ってるわけで。
『隠すのは厳しいぞ、どうするシンシア?」
「正直に言う! お父さん。ボク、どうしてもデュエルがしたいの! やっぱり見てるだけじゃイヤなんだ!」
「いいわよーーーー!!」
即答!?
「……え? いいの? いつも反対してたのに?」
そうだ。簡単に許可を出してくれるなら、シンシアがナイショのお出かけをする必要なんてないはず。いったいなぜ……?
「デュエルTVに映ったシンシアちゃんを見て、パパ気づいちゃったの。やっぱりシンシアちゃんは最高にカワイイって! こんな子を昴コンツェルンの中で覆い隠しちゃったら人類の損失ってものだわ! もちろんパパは寂しいけど……シンシアちゃんをもっとたくさんの人に見てほしいと思っちゃったの!」
「ありがとうお父さん!! ちょっと拍子抜けしたけどうれしいよ!!」
俺の心配をよそに、ジェットコースターのような勢いで許可がおりた。
***
考えれば簡単に予測できることだった。この緊急事態に備えられなかった自分を呪いたいくらいだ。俺はカードだ。シンシアのデッキの中にある1枚のカードなのだ。だから俺は彼女のものといえる。”彼女のもの”はどこに保管されるのだろう? ずばりシンシアの私室だ。タワーマンションの201室、へたな一軒家よりも広い彼女の生活スペース。その中のベッドルームに、俺はいる。
室内はほのかに明るく、大きな窓にはレースのカーテンがかかっている。テーブルには、いくつかのデュエル関連の本が何冊も積みかさねられていた。部屋の一角には大きなベッドがあり、壁にはモニターが6つもついている。そして机……学校の教科書やノートが収められているのだが、天板の中央に俺……を含むデッキがおかれていた。
くっ! 冷静になろうと周囲の様子をひとつずつ確認しても全く落ちつける気がしない! なぜなら、ここはシンシアの寝室だからだ。女の子の部屋なのだ。落ち着け、落ち着くんだ。デュエリストらしく精神を制御してみせろ! 別にいやらしいことをするわけじゃないんだ。ああしかし、着がえたときの衣服がこすれる音を頭から追い出せない。しかも今、彼女はお風呂に入っている。お風呂!
『くううぅぅぅぅ!!』
「セルミくん、どうしたの!?」
『うわっ!?』
心のうめき声がテレパシーになってしまったのか!?
なんでもないと納得してもらうため、俺はひたすらに思考をめぐらせて説明するのだった。
***
翌朝。シンシアは元気よく走り出した。
「いけない、遅刻遅刻~!」
『シンシア! 俺は食パンじゃないぞ!』
俺をくわえて走りだすシンシア。朝食はどうするのだろうか。いや、しかし……唇……やわらかいな……。
「これからの活動なんだけどさ」
『あ……ああ、なにかな?』
「起きたらスマホに通知が来てたの。デュエルTVから、デュエリスト向けのお知らせ。来月に大会を開くんだって。ゴールド・ライセンスの枠に空きができたかららしいよ」
『ってことは……優勝者にゴールド・ライセンスを与えるってことか?』
「正解!」
聞いたことがある。ゴールド・ライセンス以上のデュエリストには専属スタッフが派遣される。数が決まっている以上、枠が開けば次の所有者を決めなければならない。その手段として一番メジャーなのが、大会を開くことなのだと。
「出場資格はブロンズ・ライセンス以上。つまりボクも出られるんだよ!」
『そうか! そいつは腕が鳴るな!』
歩道をかるく走りながら、今後について話し合った。来月、シンシアにとって初めての公式戦だ!
『ところで、シンシアが通ってる学校はどこなんだ?』
「星ノ門ノブレス女子高校だよ。知ってる?」
『知らないな……ん? 女子高校だって?』
「うん」
女の子しかいない学校の中に入っていいのか?
シンシアが通うからには並の学校ではないはずだ。
入っていいのか?
デュエル以上に手ごわいかもしれない!
そう確信したのは学校の校舎……いや校門についたときだ。でかい。でかすぎる。広大な敷地を見渡すと、絵に描いたような麗しい女子高生たちが、制服を着て楽しそうに登校している。これは、いわゆるお嬢様学校ってやつなんじゃないか!?
転生前の俺は若さがたぎる青年だったんだぞ。刺激が強すぎる。昨日だってシンシアの着替えを見ないようにするのが精いっぱいだった。自らの煩悩を心のマジックカードで焼き払いつづけて辛勝したのだ。ライフポイントでいうと残り100ポイントくらいだ。
カードの体でよかったぜ。手足のある人間だったら何をするかわからない。そもそも入れないか……。
『……?』
ふと、誰かの視線を感じた気がした。
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