第6話 彼女の家はタワマンにあり?
「本田雄一郎様」
「ハ……ブハ……」
「ゴールド・ライセンスのルール、もちろんご存じですね?」
敗北した本田に歩みよりながら、舞さんは続ける。
「ゴールド以上のデュエリストは”デュエルTVの専属スタッフによるサポートを受けられる”など様々な特典があります。ゆえに、厳しい維持条件がございます。たとえば、ライセンスを持たない者に敗北した場合、即刻シルバーに降格される、と」
なるほど、それで舞さんはさっき”
降格という言葉にピクリと反応した本田。ようやく我に返ったようだ。
「ま……待ってくれ! これは事故なのだ、あまりにバカバカしいデッキが相手だったのでつい手札を遊ばせてしまったのだ! 実際ライフポイントで圧倒していたではないか! 10円レアが偶然役に立っただけ、決して実力では――」
「ダメです」
にこやかな、しかしとてつもないプレッシャーを帯びた舞さんの笑顔。この人、怒らせたらかなり怖そうだ。
「”ルールを守って楽しくデュエル”。それが我々のキャッチコピーですので」
にわかに観客席のアバターが増えはじめた。
《お 待 た せ し ま し た》
《ゴールド剥奪があると聞いてきました》
《笑。さよならゴールドライセンス!》
《予想してた人います? #意外な展開》
《ルーキーをなめてはいけない…… 》
《これだからデュエルTVはやめられない》
《This is the biggest upset I've seen in a while! #Demoted》
《悲しいけどこれプロの世界なのよね》
《ダサすぎて草》
俺は流れるコメントを見てやりきれない気持ちになった。シンシアが勝ったとき、彼らが驚きと期待を伝えてくれると思っていたんだ。なのに実際はどうだ、本田がゴールド・ライセンスを失う瞬間をもとめて多くの人が集まっている。新人の勝利より強者の没落のほうが楽しみだっていうのか?
『もうシンシアのことはどうでもいいってのかよ……!』
コンクリートのような感情を吐き出すようにさけんだ。
本田は尻もちをつき、必死に逃げようともがいた。だが手足の動きがおぼつかず、すぐに闘技場の壁に追いつめられてしまう。
「やめてくれぇ! やめてくれぇ!」
「本田様、
獲物を追いつめた舞さんが右手を振り下ろす。そのときシンシアが叫んだ――
「デュエルスペース解除!」
ピクセルがバラバラに崩れていくがごとく、周りの景色が分解されていく。空白を埋めるようにカードショップの景色が現れはじめた。カードの商品棚、広々としたカウンター、デュエルを映すモニター群……もとの場所に戻ったのだ。店にいた人たちは少しおどろいた様子だったが、すぐに日常へと戻っていく。店内での野良デュエルなど珍しくないからだ。
「……シンシア様、どういうおつもりで? そのようなことをしても本田様の降格は――ふっ! この通り、遂行されるのですよ」
「はい。だから映さなくてもかまいませんよね?」
『シンシア……』
これ以上の恥を本田にかかせたくなかったのだろう。彼女のやさしさと意思の強さを見た気がする。俺も相棒として鼻が高いぜ、なんてな。
「ふむ。世間知らずのお嬢様と思っていましたが、油断ならぬお人のようだ。デュエルTVのスタッフとして、今後の活躍に期待しています」
舞さんは音もなく去っていった。シルバーに降格した本田は泡をふいて倒れている。デュエルの後にはよくあることだ。いずれ店員が対応するだろう。
「セルミくん、帰ろっか」
***
『これが……シンシアの家?!』
圧倒されてしまった。俺が見ているのは空を突きあげる巨大なタワーマンション。こんなのを実際に見るのは初めてだ。星ノ門町でいちばん大きいんじゃないかと思う。高さのわりに細長く、幾何学的なガラス窓で包まれた外観は芸術品のようだった。一部屋いくらなのか想像もつかない。
「そう。ここがボクの家だよ~」
デッキを頭にのせたシンシアがニコニコと笑っている。
「驚いた?」
『かなり。ところで、何階に住んでるんだ? 上のほうか?』
「全部だよ。ボクの部屋は2階。通学が楽だから低いところにしてるんだ」
『なんと?』
家族が住むには広すぎるんじゃないか!?
昴コンツェルンおそるべし。
「さあ、どうぞおあがりください♪」
軽いステップをふみながら中へと入っていく。エントランスを抜けると、大理石の広がるロビーが待っていた。壁に掛けられた絵画、カーペットのデザイン、天井の証明、それぞれがオーラを放っているようですらあった。まるで別世界だ。シンシアはこんなところで過ごしていたのか……。
「お嬢様、ずいぶんとお早いお帰りで」
受付らしきカウンターから中年の男が声をかけてきた。まさに”執事”といったいで立ちだ。男はニコリと微笑んで言った。
「ご無事で何よりです、収穫はございましたか?」
「うん。”唯一なるもの、セルミラージュ”、見つかったよ!」
「さようですか……ところで、御父上がお呼びです。おそらくデュエルの件かと……」
「うっ。バレちゃったのかな」
『そういえば初めて会ったとき”ナイショのお出かけ”って言っていたな。シンシア、まさか……』
「うん……親にはだまってたんだ。ボクがデュエリストになりたいってこと……」
***
シンシアの父親は強烈だった。
「シンシアちゃーーーーーーーーん! デュエルTVで”昴シンシア”ってアカウントができてたけどぉぉ! まさかの、まさかの、まさかのご本人なのーーーー!?」
190センチはあろうかというスマートな男の叫びが広いホールに響く。スピーカーでも使っているのかと疑いたくなる声量だった。今にも泣き出しそうな顔で上半身をグネグネと動かしている。この人が昴コンツェルンのトップ……なのか?
ポケットからスマホの振動音が、と思った瞬間、早撃ちガンマンのように通話をはじめている父親。
「私だ……うむ、うまく進んでくれたか。すぐにでもサインできると伝えておいてくれ。
この人もただものじゃなさそうだぜ。
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