第16話 原稿用紙300枚
その昔、DTP(パソコン上で印刷物のデータを制作すること)がなかった頃のお話です
印刷物を作る時に版下や製版が必要だった時代です
そのころ私は小さなデザイン事務所で働いておりまして
今のようにPCなどはなくワープロ専用機で文字入力をしておりました
雑誌やチラシ、いろいろです
事情があって辞めた後でも原稿入力の仕事はたまに自宅で受けておりました
その中で印象に残っているのが小説原稿の入力の仕事です
単行本1冊分、約12万文字、原稿用紙で300枚
渡された分厚い原稿用紙の束の重さでうわーっとなりましたが、
興味の方が先に立っていたのでワクワクしました
気になるのは読める字かどうか、達筆過ぎて読めないと入力に時間がかかるので
一番気になる点です。パッと見た感じでは問題ないと安心しました。
そしてタイトルと作家名を見たら
えっ、この方、あの有名なお笑いタレントさん?
TVで冠番組を何本も持っていた飛ぶ鳥を落とす勢いのタレントさんと
同姓同名、ただ芸名と本名が入り混じっていたので微妙ではある。
私はまさかと思って原稿を凄い勢いで読みました。
原稿用紙5枚くらい読んだあたりで生い立ちや背景が全く違うので
これはタレントさんとは別人の、推測ですが年配の方が自分の半生を描いた私小説ではないかと感じました。
どう考えてもあんな大物の自筆原稿が下請けの下請けに回ってくるはずがありませんもん
私は気を取り直してワープロで打ち始めたのですが他の方が書いた小説を入力するのがあんなに大変だとは思いませんでした。
文章を見るとつい読んでしまうので打つのが遅くなります。とにかく無の心で文字だけを追わないといけません
読むのが好きな人間には結構な苦行でした。
とにかく文字を追って打つ、我慢出来なくて読むの繰り返しです
半分くらいくらいになると慣れてきて文字だけを打つのに専念できるようになりました。
小説関係はその一度きりでしたがいい経験になったと思います。
その後2~3か月くらい経った頃でしょうか、私が入力した原稿は綺麗に製本されて本屋の店頭に並んでいました。
個人の自費出版なのに店頭に平積みです。
見つけたときはびっくりしました。数は少なかったですが間違いありません。
多分ですが同姓同名のタレントさんと勘違いされて注文されたのではないかと?
自費出版でも普通に店舗で売られることはあるでしょうが、目立つ店先に置かれたのは店員さんがタレントさんの本だと思ったからではないかなぁ、これも勝手な推測ですが。
まぁ、真偽のほどは分かりません。
私は自分で書いたものではないですが少しかかわったので並んでいる本を見て正直嬉しかったです。作者さん、良かったですねとエールを送りたかった。
今はWEBで気軽に自分の小説を発表できますが、昔はプロではない個人が誰かに読んでもらいたい、知ってもらいたい、形に残したいと思ったら、買ってもらえるかどうか分からない本を自分でそれなりのお金をかけて作らないといけなかったのです。
ふと思い出して今はなんていい時代になったんだろうと思いました。
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