第15話 英雄の帰還

 検事がとっくに死んでいると思っていた者たちは驚愕した。


 もちろん彼らは、検事が強力な再生能力を持っていることは自体は知っていた。100年前の虐殺の時、身をもって体験したからだ。彼は船長の手によって、この世から消滅したはずだった。それは全員が見ていた。


「そこのニート君に助けてもらった。どうやら科学オタクが、消し炭から俺を再生させた上に、中途半端なところでそれを止めて保存してたらしい。まったく酷いことするよなあ」


 税務官は科学者を野放しにしていたことを後悔した。スーツの強化や、この世界を解明するためには力が必要で、仕方なく組んでいた。もちろん実験室に行ったこともあったが、首が浮いた水槽など、ただの悪趣味な実験体だと思いこんでいた。それが検事であると判断する術などなかった。なぜならみんな、同じ顔だからだ。


 それ故の悔恨の念で、税務官は検事との再会を素直に喜ぶことは出来なかった。その資格はないと思っていた。


「あの時、君は我々を裏切った」


 船長が会話を切り出した。


「いや、裏切ってなんかいない! 信じてくれ。誰かに……きっと管理者に乗っ取られたんだ!」


 その検事という男の身振りや話し方に、無職は非常に好感を持っていた。何か心に訴えかけてくるような説得力がある。


 そして無職は船長に対して疑念を抱いていた。


「なあ船長よ。あんたはオレらに言ってないことがあるよなあ。正直怪しいぜ。そこの検事を追及する前に自分のことはどうなんだよ?」


「待ってくれ、無職。この男は危険なんだ。今はそんな話をしている場合では……」


「そんな話だと? あんたを信じてみんな死んでいったんだぞ!」


 無職は船長の態度が鼻持ちならなかった。船長に詰め寄って胸倉をつかんだ。


「おい、やめとけ無職」と物理が止めに入る。傭兵もそれに割って入った。


 一方で18は、これがもしかしたら唯一の勝機になるかもしれないと思っていた。想定外の乱入者が、打倒船長の一手になるのではと。税務官は先ほどから戦意を喪失しているようで、もう頼れない。では今ここで手を打つしかない。


 騒ぎが起こっている間に全員まとめて息の根を、と18は考えていたが。とあることに気付いた。検事がいない。


 検事は税務官が脱ぎ捨てたスーツを装着した。18がそれを咎める。


「おい、検事。いったい何を……」


 検事は「承認」と呟く。


 その場の全員が検事を見た。


「バカどもめ。そんなんだから死ぬんだよ」


 検事はスーツを起動させながらそう言った。


「早すぎる……」


 船長が呟いた。


「もしかしてまたか? 管理者なのか?」


 18が慌てふためく。


「こいつは話が分かるやつなんだ。裏切ることに一切の躊躇が無い。本当に気持ちが良いまでのクズだ。よし、この世界では100年ぶりかな? 遊ぼうじゃないか」


 検事、否、管理者は走り出した。


 全員が完全に不意を突かれた。


 最初に襲われたのは物理だった。スーツによる異常なまでの加速を、目で追うことが出来たものは少ない。


 それはただの体当たりに過ぎなかったが、スピードゆえに物理の肉体を破壊するのに不足はなく、辺りに飛び散った肉片が開戦の合図になった。


 船長は右眼より光線を放つか逡巡したものの、全員を巻き添えにしかねないこと、このままではコロニーが崩壊してしまうかもしれないことを考慮して踏みとどまった。その判断で一手出遅れてしまう。


 彼らの中で一番最初に反応を行動に移したのは傭兵だった。悪意こそないものの、彼に他人を巻き添えにするか配慮する心などは無く、持っていたアサルトライフルを管理者に向けて撃ち尽くした。


 近くにある物理だった肉片が粉々になるも、管理者はスーツで容易に弾をはじく。その弾は跳ね返り18の脚に命中した。


 18は部屋を操作しようとしていた瞬間の被弾に驚き、なすすべもなく倒れた。


 出遅れた船長は管理者に殴りかかった。しかしそれをいとも容易く片手でガードして即反撃する。船長は吹き飛ばされた。


 船長を殴った管理者の手は七夕の短冊みたいになっていたが、それはすぐに再生した。


「こいつの身体は都合が良いんだ。すぐに再生するから全力以上で殴れる」


 無職は傭兵の腰から拳銃を拝借し、スーツの中で唯一生身が露出している頭を狙い撃った。


 管理者はぐるりと無職の方を向いてニヤリと笑い、銃弾をそのまま頭で受け止め、瞬時に距離を詰める。管理者の身体が無職に衝突する直前、復帰した船長は跳躍して管理者に蹴りかかった。しかしそれもガードされ、足を掴まれて振り回される。振り回された船長の身体に叩きつけられた無職は床へ倒れ込んだ。


 背後より忍び寄る傭兵がショットガンを至近距離から管理者の頭に撃つ。頭は吹き飛び、管理者は手に持っていた船長を離したが、船長の右膝から先は管理者の手に残ったままだった。そして税務官がうずくまっているあたりにまで吹き飛んでいった。


 撃たれた頭が再生する瞬間に、傭兵は弾丸を打ち込み続ける。


「おい! このスーツを破壊する方法はないのか?」


 傭兵は声を荒げた。




 税務官は思い出していた。


 この世界に来て右も左もわからない時、検事が手を取ってくれたこと。


 狂気に満ちた虐殺を行う検事を止めることが出来なかったこと。


 検事を殺した船長に復讐を誓ったこと。


 自分が自分としての役割を果たすために、本来の目的を忘れていた。


 俺は決してこのゲームを完遂させたいわけではない。ゼロサムという集団を作ったのは、ただ船長と対立したかったからだ。


 検事を殺した船長を許せなかったからだ。


 検事を殺すのは自分だと思っていたからだ。


 それがいかに倒錯した幼稚な逆恨みであることはわかっている。


 もうわかった。今何をするべきかを。




 税務官は傭兵から預かっていた拳銃をこめかみに当てた。


「やりきれよ!」


 税務官は船長に起動鍵を手渡してから、自らの頭を撃ち抜いた。


 何が起きたのか、全員理解できなかった。


 傭兵は思わず手を止めてしまい、その隙に管理者は再生して立ち上がった。その時にはスーツは消滅しかかっていた。


「意味わからないことをするな。君たち下等なデータはさ。スーツが無ければ勝てるとでも?」


 管理者はへらへら笑った。


「ああああぁぁぁぁ!!!」


 傭兵は持ちうる限りの銃を撃ち放った。銃弾の雨にさらされながらも、管理者は再生しながら傭兵の元へ少しずつ歩いていった。


「うざいな! だから意味ないって!」


 管理者は傭兵のすぐそばまで近寄っていた。傭兵は弾を全て撃ち尽くしてもなおトリガーを引き続けた。ずっと叫びながら、泣いていた。


「うるせぇ! だまれって!!」


 管理者は傭兵の顔面を殴った。管理者自身が痛みを味わうことは無い。だから人間には不可能なほど全力以上で殴ることができる。


 そのパンチを放つことで管理者の拳は砕け、骨が飛び出した。それが傭兵の顔面に突き刺さる。管理者はそれを何度も繰り返した。傭兵の顔面が、ぐちゃぐちゃと音を立てて崩壊していく。傭兵の死と共に、彼の『土産』である大量の銃器は、この島から消滅した。


 無職は科学者と戦った時のことを思い出していたが、その方法が一切通用しないであろうことに気づいていた。再生能力は桁違いで、しかも痛みに一切の躊躇が無い。


 無職は諦めかけていたが、突然脳に落雷を受けたように思い出した。


 老いたスリの今際の戯言を。



 「ニトラ!!!!」



 しばらくは静けさだけがあった。


 管理者もぽかんとしているし、誰もその意味を理解していなかった。もちろん無職叫んだ無職自信もその意味はわからなかった。


「は? なに? どうした?」


 管理者はつぶやいた。


 どこかからジェット機のような轟音が聞こえてくる。それは徐々に近づいてきて、部屋の天井を突き破った。


 白い炎の柱だ。

 

 その中から全身虎柄の筋骨隆々な男が姿を現した。しかもその顔は虎そのものだった。ボロ切れのようなものを着ていて、周囲には白い炎を纏わせている。


「お前がニトラか?」


 無職は恐る恐る尋ねた。


【左様。我を呼んだのは貴様か? 何用だ?】


 ぐるると吠えただけなのに、無職にはその声が何を言っているのか理解できた。


「助けてほしい。そこの管理者に乗っ取られた検事をやっつけてくれ」


【なぜだ? なぜそんなことをしなければならない】


「助けてくれたらこの世界から出してやるよ」


 船長が言った。


【ふむ……よかろう。やってやる】


 人虎は右の拳に大きな白い炎を宿して、管理者の方を向いた。


「おいおい! なんだよコイツ! オレは知らないぞ! いつの間に紛れ込んだんだ畜生!」


 管理者はさっきまでと違い少し焦りを見せていた。


 人虎は白い炎を宿した拳を管理者の腹に叩き込んだ。


 管理者の身体は燃え上がった。身体は再生し続けているものの燃焼の方が早く、間に合っていない。


「ありえない! 畜生! ログアウトだ!」


 管理者の表情が急に変わる。今何が起こっているのかさっぱりわからないといった表情だ。


「あああぁぁぁぁぁあ!!!」


 それはもう検事だった。検事は叫んだ。


 無職は「もうやめてくれ!」と叫んだ。


【何故だ? まだ死んでいないぞ?】と人虎は尋ねる。


「取り憑いていたやつはもう消えたんだ! ありがとう! もう大丈夫だ!」


 無職は叫んだ。


 検事は再生し続けているが、燃焼のスピードが明らかに早く、殆ど表面は炭になっている。


「頼む聞いてくれ、まだ死なせるわけにはいかないんだ」と船長が言った。


【理解に苦しむな。いずれにせよ約束は守ってもらうぞ】


 人虎が手をかざすと炎は消えた。


 ほとんど炭になった検事の欠片は少しずつ再生しようと懸命にもがいている。


 突然、部屋が揺れた。無職が言う。


「おい、この部屋傾いてないか?」


「そろそろ限界かもしれないな」


 船長は千切れた右足を拾い、自力で修復して立ち上がった。


「はやく行かないとまずい……」


 18が掠れた声で言った。不思議に思った無職が彼の元へ行く。


「おいお前……そのケガ…」


 18の左足の太腿からはかなり大量の血が流れていた。


「僕が死んだらこのコロニーが消えて全員死ぬ。僕は置いていってくれ。船に乗って逃げるんだ……」


「うるせえ! 誰だか知らないが置いていけるかよ! オレがおぶっていく!」


 無職は18を背負おうとしたが、船長が止めた。


「なんだよ! てめえ」


 船長は18の負傷箇所に向けて、右眼から極小エネルギーのレーザーを照射した。18はあまりの痛みに意識を失った。


「なにをしたんだ!?」


「止血だよ。バイタルはひとまず安定している」


 船長は18を抱きかかえて、言う。


「急いで向かおう。ポイント5へ」

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