第14話 ハンガー18
「ほんと久しぶりだね」
そこにもし第三者がいたのなら、船長が何もない空間に向かって話しかけているように見えるはずだ。
「透明にもなれるんだね」
その何もない空間が陽炎のように歪み、税務官は姿を現した。
「透明人間がいてな。科学者がそれを、このスーツに再現してみせた」
「そっちは有能揃いだね。さすがだ」
「貴様には……死ぬ前に俺の質問に答える義務がある。違うか?」
「死ぬつもりはないが……。答えよう。何が知りたい?」
「これを聞くのは幾度目か……。100年前、検事が大虐殺をしていた時、貴様はどこにいた?」
「何度も言ったが、コロニーの外にいた」
「それはなぜだ?」
「外の風に当たりたくてね」
「嘘をつくな!」
税務官は激昂した。その拍子に床を踏みつける。金属のぶつかる音が響いた。
「貴様は明らかに何かを隠している!」
「言えないことの一つや二つあるさ。人間なんだから」
「人間だと……? 貴様が?」
税務官は鼻で笑った。
「良いだろう。言ってやる。俺達はこの100年間ただ貴様らに嫌がらせしていたわけではない。お前が隠していること、それは……」
「この世界は……いや、俺たちが生きてきたすべての世界は、現実ではないということだ」
船長は押し黙っている。
「図星か?」
「どこで聞いた?」
船長の語気が強くなった。
「調べたんだよ。うちには有能な科学者がいるからな」
「なんてことだ……遅かったか……」
「なに?」
「この話をすることは危険だ。今も聞かれている」
「誰に?」
「管理者に」
「はっ! そんなのは今更承知だろうよ。俺が言いたいのは、脱出など不可能だという事だ。船がの修理が終わった直後に検事は凶行に及んだ。そこに管理者が関係していないとでも? 奴は神よりも恐ろしい。歯向かうなんて不可能だ!」
「検事は同意したんだ」
船長は少し何かを諦めたかのような表情で言った。
「なに?」
「あの日私は、この世界について知りうるすべてを話した。検事と18、あと整備士にね。そしてその瞬間、介入があった」
「管理者のか?」
「そうだ。向こうからのコンタクトは転送された時以来だった。驚いたよ。彼はこういった。
『よくぞ気づいたな諸君。褒美に元の世界に返してやろう。ただし条件がある。私にその体の権限を渡してもらう』
ふざけた話だろ。こんなの罠に決まってる。私たちは全員ノーと言ったはずだった。検事以外はね」
「なんだ貴様、検事が裏切ったと言いたいのか?」
「そう、奴は裏切り者だ。でもその時は嘘をつかれたよ。『断ったに決まってる』と言ったんだ。私たちはそれを信じた。でも次の日にあれが起こった。あとは知ってるだろ?」
「どうも信じられない。検事は良い人間だった。お前は錯乱する検事の話も聞かずに殺したよな! それに今の話が事実かどうかなんて証明できないだろう」
「それは事実だよ」
いつの間にか、その男は部屋の中にいた。船長は自分がそれに一切気づけなかったことに驚き、次にその身なりを見てさらに驚いた。
「君は……?」
「久しぶりだね船長」
「18……? なんでここに」
「僕は税務官に付くことにしたよ」
船長は、まだ少年ともいえるほどに若い姿をした18の姿をまじまじと見つめた。最後に見た時と変わりない18がそこにいた。
「なんで君が……?」
「あれから100年だよ。100年も経ったら壊れた心も少しずつ戻っていくもんさ。まだ若いしね。ねえ船長。管理者に逆らうのは無理だよ。もうゲームを終わらせよう。ずっとここにあり続けるなんて耐えられない」
「残念だ。君はわかっていると思っていた」
「なにが残念だよ……。この100年間で少しでも僕を助けようとしたか? もう全部遅い。何もかも手遅れだ」
しばしの沈黙が流れた。船長は考えたくなかったがどうしても考えてしまう。
この二人を殺さなければいけないのかもしれないと。
税務官が沈黙を破った。
「貴様の強さは知っている。だから備えてきた。まずここで貴様を再起不能にする。殺したら船も消滅してしまうから、命は奪わん。その後、奪った船で上空に向かい、そこで18を殺す。コロニーは消滅して島は崩壊、そこにいる全員が死ぬだろう。最後に貴様の息の根を止める。そうしてこのゲームを終わらせる」
船長は18の方をじっと見た。18が口を開く。
「もう良いんだよ。税務官に全てを託す。終わればそれで良い」
船長は覚悟を決めた。
「そうか。残念だよ」
その瞬間、税務官はスーツを起動した。
そのスーツの原型は税務官が『土産』としてこの世界に持ち込んだ、父から譲り受けた強化武鎧『
そこに18の『土産』であるコロニーの外殻を加工したものを纏わせ、さらに科学者が開発した右手の分子融破壊装置は全ての物質を跡形もなく消し去ることができる。
しかしそれを着こんでいても税務官は不安だった。戦力は分散させて、なるべく有利な形で船長との戦いに臨んだものの、勝てる可能性は限りなく低い。
だがこの時のために準備をしてきた。仲間も大勢失った。ここで勝たなければならない。そして船を奪いルールに則り、このゲームを終わらせる。
税務官は船長に向かって跳躍し、そのまま殴りつけた。船長は遠くまで飛ばされて、ドアを三つほどぶち破って倒れる。
さらに税務官は追い討ちをかけるため、船長のいる場所まで一気に跳躍した。倒れた船長に向かって、握りしめた両手を叩きつける。
船長は床に食い込んだ。何度も叩きつけられ、堅牢な金属の床が崩れた。二人は下の階に落ちる。
船長は一切動きをみせない。しかし税務官は一切油断しない。そのまま右手の分子融破壊装置のチャージを始める。
「18! たのんだ!」
18は壁を、文字通りすり抜けて、二人のいる部屋に入ってきた。
「まかせて」
部屋が震えだす。あたりからはみ出た金属の部品が、まるで生きた触手のように動き出し、船長の手足を拘束した。
税務官の右手が輝きだした。
「もう少しだ!」
船長はいとも簡単に触手の拘束を力のみで解いた。そしてチャージに夢中な税務官の腹にめがけて、あまりにも力強い拳を捩じ込んだ。
「なかなか硬いな。コロニーの外殻を使ったのか」
船長は飄々と言った。
装備の耐久に問題はなかった。しかし衝撃は内に伝わる。いくつかの内臓がシェイクされる感覚に税務官は一瞬意識を失いかける。
吐血しながら「化け物め」と言い放った。
18がアシストしようと、部屋の床一部を持ち上げ、税務官を上階に退避させる。
18自身も壁を通り抜けて船長のいる部屋から逃げ出した。
「え? もう終わり?」と船長が言った瞬間、その部屋が一気に圧縮された。外に面する八部屋すべてが、内側の船長がいる部屋に向かって、無理矢理押し込まれたのだ。
18は壁を抜けて税務署員のいる上階に出た。
「足止めにすらならないかも……大丈夫?」
「あぁ……」
「無理矢理部屋を動かしたから崩れるかも。移動しよう」
税務官は18の案内通りに移動した。
突然18が立ち止まる。
コロニーと意識下で繋がっている18には、何か大きなエネルギーによって遠くの部屋が破壊されていることを認識していたが、それが徐々にこちらに向かっていることに気がついた。その時、税務官も轟々と胸に響く重低音を感じていた。
「危ないっ!」
18の警告を聞き、税務署員は左手に備わった光学シールドを展開した。18自身もあたりの金属パーツを自分の周りに集めて防御を固める。
一筋の真っ赤な閃光が壁を突き破り二人を包み込んだ。
一瞬の出来事だった。光学シールドは破壊され、スーツの40%が破壊されたことを税務署員は警告により知った。
18は本来なら粉々になっているはずだったが、シールドと税務官が身を挺したお陰で、わずかな火傷で済んでいた。
「助けてくれたの……?」
「お前に死なれたら全滅だからな」
閃光の通り道に、赤く溶けた金属の残骸がまだ残っている。
その通り道の向こうから船長はやってきた。
「久しぶりに撃ったよ」
船長の右目にあった眼帯はすっかり焼け落ちており、その眼窩には赤い光が灯っていた。
「やはり、それが船か……」
税務署員は驚きつつも、体制を整えようとした。
「大切なものはすぐ側に置いていくもんさ」
船長は、ぼろぼろになった二人を冷たい金属の目で見て言った。
「格納庫にあるってのは嘘だったんだな。じゃあポイント5なんて無かったんだ」
18が少し悲しそうに呟いた。
「嘘じゃ無い。ポイント5は本当にある。ただ船は奪われたら終わりだからね。収縮して右目に保管しておいた」
船長は少しずつ二人に向かって距離を詰める。
「ありえないだろ……。明らかに異常な科学水準の高さだ。ただの並行世界から来た自分とは思えない……!」
税務官は震えていた。あの日のことを思い出して挫けそうになっていた。
「最初はこっちが普通だったんだよ。君たちが異常なんだ。なあ18?」
「あぁその通りだ!」
18は手をかざし、船長の真上部分の天井を崩した。そして船長の周囲にある部屋の残骸全てを固定する。18は苦悶の表情でなんとか押さえつけて叫んだ。
「今だ! 税務官!」
「出力200%……。 くらいやがれ!」
税務官はひっそりとチャージし続けていた、爆発寸前の分子融破壊装置を船長に向けて押しつけた。
真っ白な光が全てを包みこんだ。
光が晴れた後、税務官は、残骸にぽっかりと大きな穴が空いていることを確認して安堵した。そのまま床に倒れこむ。ふと自身の右手を見ると、肘より先が綺麗さっぱり無くなっていた。血すら流れない。同時に18も力の限界が来て倒れ込んだ。
「いや、これはまずかったね」
床に横たわる二人の後ろから声がした。
「勘弁してくれ」
税務官は嘆いた。
船長の胴体には、向こう側が見えるほどの大穴が空いていた。
「くそ……これでも駄目か……」
税務官は絶望した。
「正直危なかったけどね」
船長は人間ではなかった。彼の本体は十歳の時に死んでいた。狂った父親が、当時開発していた兵器に彼の人格を移植させたのだ。
「その強化スーツ、父が作ったんだろ?」
船長が尋ねた。
「あぁ……。なぜそんなことを?」
「見ればすぐわかるよ。科学水準の低い世界に違いはないが、父の手によって造られたものだとね。少し思い出すよ」
「……貴様が父を語るな!」
税務官は激昂したが、船長は意に介していない。
「よほどの思い入れがあるみたいだ。良かったね。君は今まで自分が産まれた理由を考えた事なんてないだろ。私はこんな身体になってしまった理由をずっと考えていた。とても長い期間ね……」
突如、船長が空けた壁の穴から、何者かがやってきた。
「おいお前は……船長か? ロボットだったんだな。その故障、保証期間内か?」
無職は空気を読まず、減らず口を叩き、続けて言った。
「そしてなんとオレだけじゃないぜ!」
無職の後ろから物理と傭兵がのそのそと現れた。
「船長! 大丈夫か?」
物理が船長に駆け寄る。
「おいおいボス、随分と情けねえ姿だ」
傭兵は税務官に手を差し伸べた。半壊したスーツを脱ぎ捨てた税務官は、手を取って立ち上がる。
「おい! お前もここに来いよ! 知り合いなんだろ?」
無職が何者かを呼びかけた。
ぼろきれを身にまとったその人物を一目見ても、船長や18、税務官はその正体に気付かなかった。
「久しぶりだな。船乗り、少年、それから税金くん」
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