第10話 人生ごと持っていけ
医者が急いで部屋に入り、報告する。
「ボス、第三地区がパージされたみたいです」
税務官が落ち着いて答える。
「中央制御室と連絡は取れたか?」
「……はい、それが詐欺師の命令でパージしたそうです」
「あの馬鹿め……」
「すでにご存じでしょうが、コロニーは本来想定されたものと異なる環境で、この島の地盤に埋まっています。パージによる影響は計り知れません。最悪の場合、この衝撃で全てが崩壊する危険もあります」
「だから今まで使ってこなかったんだ……起動鍵の摘出はまだ終わらんのか?」
「もう少しです」
「分かった。科学者、例の装置は?」
「…………あれはまだ試作段階だが?」
「構わん。装着させておいてくれ」
「わかった」
科学者は急いで作業に取り掛かった。
税務官は立ち上がり、傭兵に呼びかける。
「傭兵、船を奪いに行くぞ。ポイント2で集合だ。召集をかけろ」
「了解、ボス」
傭兵は拠点にいる戦闘要員を全員集めた。
5分で全員がポイント2に揃った。
急ごしらえだが、どいつも腕利きに違いないと傭兵は踏んでいた。
「『漁師』『透明人間』『強盗』『倫理』『精肉』『不動産』、今から敵地に攻め込む。準備は良いな?」
傭兵の声掛けに、横並びになった全員が返事する。
「良いぜ!リーダー!」
「!」
「うむ」
「孔子曰く『義を見てせざるは勇無きなり』」
「ニクゥ!ニクゥ!」
「は、はい頑張らせていただきます!」
少し不味いかもしれないと傭兵は不安を感じた。
だが仕方ない。これでやれるだけやるしかない。
遅れて一張羅のスーツを着た税務官もポイント2に到着して、場が一気に張り詰めた。
税務官は堂々とした足取りで、全員の前を通りすぎていく。そして壁に掌を押し当てた。
しばらくすると眩いばかりの閃光が放たれて、目前の壁に巨大な穴が空いた。
「侵攻開始だ」
「うおおおおお!」と叫び、六人は壁の穴に吸い込まれていった。
♦
老いたスリは薬の効果が薄れてきているのを実感していた。
時間はまだあるはずだが、本当に復讐を遂げることはできるのだろうか……
突如けたたましいアラームが鳴り響いた。
『パージ開始まで、あと三分。パージ開始まで、あと三分。至急退避してください』
「こりゃまずいね!」
「道化師、無事だったか」
「なんとかね、すぐに出よう!」
出口は一つだけだった。少なくとも彼らが把握している『口』は一つのみ。
「そんなぁ……」
道化師はへたれこんだ。
その唯一の『口』へと通じる道が完膚なきまでに破壊されて崩されていた。
「こりゃあマズイな、さっきの奴らがやったのか……」
老いたスリはこの際、自分のことは良かった。しかし道化師は自分を助けにわざわざここまで来てくれたのだ……
考えろ……
なんとかならないか。老いたスリはできる限りのことを考えたが何も思い浮かばない。
「無理矢理破壊することはできるけど、『口』ごと破壊しかねないからね……」と道化師は呟いた。
「無理矢理……? もしかして道化師、この部屋の壁を破ることはできるか?」
「内壁なら可能だよ!」
「ポイント3だ」
「え? 嘘でしょ? 間に合うかな?!」
「あぁ、きっとな。急いで降りよう」
依然としてアラームが響き、真っ赤な照明につつまれた部屋を二人は移動していく。
コロニーは地区ごとに別れているが、特定の部屋にある壁を破壊することで、隣接する地区へ移ることができる。たがそれは最下層の最端にしかない。
つまり現在二人がいる最上層からは、かなりの距離を移動しなければならない。
二人はエレベーターのある部屋にまで急いで移動した。
しかし、道化師が操作パネルを見て落胆する。
「だめだ! 押しても何も反応しない。誰かが破壊したんだ」
「徹底してやがるな」
次の案を出そうと、老いたスリは頭をフル稼働させたが、何も思いつかない。
クソ……こんなところでゴミみたいに
いや待てよ……? ゴミ?
「なあ………ダストシュートは?」
「それだ! でも場所は?」
「俺についてきな」
老いたスリの案内で、足早に部屋から部屋へ移動する。老いたスリにはその場所に覚えがあった。ここにいる人間を殺して廻っていたからだ。
「ここだ」
その部屋の壁には正方形の穴がぽっかりと開いていた。
老いたスリが中を覗き込む。問題なさそうだ。
「いくぞ!」
勢いよく二人はダストシュートへ飛び込んだ。ギリギリ二人入るぐらいのサイズの穴で、約12階分の高さを滑り落ちる。
「あ……これ落ちた時のこと考えてるか?」老いたスリは少し焦った。
「予備の鼻を使う」
道化師は予備の付け鼻を真下に投げた。それは凄まじい勢いで風船のように膨れ上がる。
何度かその上でバウンドしたあと、道化師は指先の針で風船を破裂させた。
「よし、着地成功!」
「このままポイント3に移動するぞ」
二人は巨大なゴミ捨て場から這い出しそうとした。少し高い場所に出口があり、先に道化師が上がって、老いたスリを引っ張り出すことにした。
いざ、道化師が登ろうとした時、何者かが出口を遮った。
「お待たせ、すぐに処刑してやるからなッ!」
「嘘……!」
頭に刃が刺さったままの警官が口角に泡をためてこちらを覗き込んでいる。
「なんで生きてるの!」
「エレベーター壊したのはコイツか…くそ」
警官は大きな声で、はきはきと発声する。
「目覚めた時はスッキリ! 全てを完璧に理解! 貴様らがエレベーターに乗ることを見越して破壊! ゴミ貯め前で待機! そしてそこはただのゴミ溜めじゃない!」
警官はやけに溜めた。二人の反応をうかがっているようだったが、もちろん二人は無反応だった。ただ茫然としていたからだ。
「
「道化師……何か手段は?」
「いや、もうネタは尽きちゃった……」
『パージ開始まで、あと一分。パージ開始まで、あと一分』アナウンスが鳴り響く。
「おい! パージまであとすぐだぞ! お前も死にたいのか?」と老いたスリが言った。
「ふははは! 私は不滅だ。不滅警察なんだよ。法は不滅故にな! な、もう諦めなさい。悪いことは言わない。よしせっかくだ、今から貴様らの罪状を読み上げてやろう。後悔と共に死んでいくが良い」
警官がパネルを操作し始めた。
「えーと、まず『公務執行妨害』だろ。あとは『過重強盗』、うーんあと『積載制限無視』、他は? 他は? うーん、あ」
「こんな時に言う台詞じゃないが、こいつ自分が裁判官か何かだと勘違いしてないか?」老いたスリは呆れていた。
「こんな奴が公務に就いていたなんて終わってるね!!」道化師は思わず笑ってしまう。
「アアアアアアァァァァァァ!」
突然警官が叫び始めた。
何発かの銃声の後、肉が裂ける音、そして白い炎が辺りを包んだ。
何者かがダストシュートの出口から中へ手を伸ばした。
「おい、早く逃げるぞ」
二人は手を取って中から外に出た。警官は半分炭になって喰われてもまだ生きていたが、やがて消滅した。
「君は……なんでここに!?」
「こんなところで死ぬんじゃない。壁は既に破壊済みだ。行くぞ」
「あぁ! 猛獣使い!」
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