第8話 緩徐なる腐敗
肉体は機械よりも優れている。それは機械が、我々の祖先達によって産み出されたことが何よりの証明である。産み出した者、産み出されたモノに優劣が無いだと? 馬鹿らしい。
世間では肉体優性思想は倫理的に問題があるだのどうの五月蝿いが、知ったこっちゃない。
アラヤは苛立っていた。出来の悪いロボットがジージー音を立てながら掃除していたので、コップを投げつけた。
「うるさい!! クソポンコツが!!」
「失礼しました」
ロボットは礼をして落ちたコップを拾い上げた。
アラヤが苛立っている理由、それはつい先日から施行された、知的電子生物保護法によるものだ。
仮想空間の中に作られた世界。その中にいる仮想知的生命体、主に電子人間の保護を保障したものだ。今までに作られたモノ全てが対象になる。
違反は罰金刑。
「くそ! また金か!」
アラヤは今まで可能性について考えていた。なんとなく生きてきた人生。とうの昔に不仲の両親とは死に別れ、弟とは縁を切った。やりたくもないサーバー警護の仕事を家でやり、週一日の休みは家で寝て過ごす。
もしもあの時、別の選択をしていたら?
気が付けば四六時中そんな事を考えていたアラヤだったが、ある日ネットで仮想世界での並行人生作成についての動画を見た。今まで仮想世界については、ガキの遊びだと馬鹿にしていたが、少し気になった。
自分の平行可能性の人生を見てみたいと。
自社割引でサーバーをレンタルして、教則動画を見ながら仮想世界を構築した。基礎となる世界についての情報は適当にダウンロードしたMODを使用した。そしてなによりも焦点を当てるのは自分の人生だ。
最初に、もし高校に合格していたら、という可能性世界を作った。そしてなけなしの給料で買ったフルダイブ型侵入装置を使い、中の自分にログインする。完全に仮想世界の肉体に入り込める、ハイスペックな代物だ。
そこで新たな自分として体験したのは、まさに思い描いた理想通りの世界だった。家族との仲も円満、飛行船のエースパイロットとして活躍し、羨望の眼差しでみられる。美女と結婚して子供も二人もうけた。
アラヤは休みの日どころか、仕事の時間以外は、もっぱら仮想世界で暮らすようになった。
しかしやがて飽きが訪れた。
別の世界も見てみたい。その飽くなき欲求は止まる事を知らず、さまざまな可能性の平行世界を作り出していった。
もしも自分がボクサーとして大成していたら、もしも自分が超能力者だったら、もしも自分が女だったら。
すぐに飽きては新しい世界を作った。徐々に自分で考えることすら面倒になった。
そこで彼は当時話題になっていた自動生成機能を使うことにした。仮想世界のある一点の時間、人物などを起点にし、そこから可能性を自動に分岐させるものだ。
しかしその機能を使ったは良いものの、自動生成された世界は無限に拡張し続け、サーバーを圧迫した。さらに追加でサーバーを借りる金銭的余裕も無かったので、飽きた世界や不要な世界は削除していった。
それにトドメを刺したのが知的電子生物保護法だ。アラヤが自身の意思で仮想世界を削除することは違法となった。その世界には電子生物である電子人間も含まれるからだ。
その規制が始まってからというもの、監視システムも真面目に働き始めて、摘発される人間も増えてきた。
人間じゃないくせに、肉体を持たないくせに生意気なヤツめ……
しかし同様の窮地に陥っている同好の士はいるもので、この法律には穴があることを知った。ずっと前から参加していたダークウェブ下の『肉体の導』でだ。
その穴とは、制作者本人をモデルにした電子人間が、当人同士でそれぞれの属する世界の削除について決めるのは合法だということだ。
なるほど。これを利用しようと、アラヤは思い立った。
平行世界の自分同士で集まってもらい、話し合いでそれぞれの世界の存続を決めてもらおう。転送する際に「削除されずに残る一名(または彼の属する世界)を制限時間以内に決められない場合は全員を消去する」という内容に同意してもらう。同意さえ貰うことができれば何も問題無い。
早速アラヤは独立した仮想世界を構築した。
そうだな……狭い空間が良い。
あの島だ。あそこならピッタリだ。それに平行世界の自分にとって多くの共通点でもある。
刎馬島……
そこに訪れたモノは転送される。自己決定可能年齢が十歳なのでそれ以降の年齢が条件だ。
島に集まってしてもらおう。あくまでも平和な話し合いを。
抜け穴を利用し、島を制作してから10年が経過した。アラヤは島で行われることのルールをブラッシュアップしていき、法律違反スレスレである『平和的決議島アセット』を売り出して一躍大金持ちになっていた。
同じ志を持った肉体優生思想の同士たちの間では、インフルエンサーとしても有名になった。もはや何もしなくても大金が入ってくるので会社は辞めた。
さらにサーバーはレンタルではなく個人用のものを購入し、思い出深きあの島を現実で購入してそこに移り住んだ。
正直もう世界を削除する必要性は無くなったわけだが、アラヤはその島で行われている無慈悲な戦闘を観戦することも楽しんでいた。
最初期は科学水準が高い世界から来た奴らが多すぎた。その中でも『土産』としてとんでもないものを持ってくる奴らはゲーム自体を崩壊させかねない。その度に様々な調整を図った。
それでもうまくいかなかった場合は介入するしかない。正直いつ社会監視システムに引っ掛かるか不安でたまらないが、介入は楽しかった。
参加者のうちの一人にログインしてすべて引っ掻き回す。それだけで奴らは殺し合いを始める。かなり笑えた。
調整の末、自動生成される平行世界の科学水準を、現代よりもかなり低く設定することにした。転送された奴らは野蛮なりに、虚しい文明力で戦いあった。
しかし、最後に現代科学水準設定で作成された電子人間の生き残りは、しぶとく生き残っていた。
そいつらはルールの抜け穴を使用して100日間という制限から逃れた。
最初は介入して潰そうと思っていたが、これがどうも面白い。
地下に埋まったコロニーと脱出するための船、その二つがそれぞれの派閥を産み出した。これはもはや社会ではないか。
アラヤは誇らしかった。自分は、まったく新しい社会を創生したのだ。誰かの作った設定でも、自分の可能性を分岐させたわけでもない。そのことが何より快感だった。
これを誰かに見せたい。いやこれは見世物として成立するとアラヤは確信した。世界の時間速度を現実と同速度にして、生配信する。これはさらに儲けるチャンスだとアラヤは笑みが止まらなかった。
しかし想定が外れ、それぞれの派閥のバランスが噛み合い、膠着状態が続いた。
アラヤはここで一つ手を加えてやろうと思った。このままではみんな生放送を観なくなってしまう。新たなきっかけを作らなければならない。
アラヤはログインして実行した。生放送の反応はかなり良くなった。
助かった……
その後は、想像以上に全てが動き出した。大規模な反乱、多くの戦いと死。
そこにはとてつもないドラマがあった。
今まさに物語は佳境を迎えている。果たして船長達は起動鍵を手に入れて船で脱出することができるのだろうか?
ぐふふふ、笑いが止まらない。
脱出? できるわけないだろう。
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