第5話 残虐真実
エレベーターの揺れで、老いたスリは目が覚めた。
どれほどの時間が経ったかわからないが、四人に囲まれていて、うち二人が自分の体を支えている。そして目の前にいる一人が、自分の『土産』であり、唯一無二の武器である二本の金槌を持っていることに気がついた。
今しかないと思い、老いたスリは動き出す。
苦しむフリをしながら倒れ込んだ。
「おい! 何してんだ!」その男が声を上げた。
「すまんなぁ……もう足腰が……」
老いたスリは、ゆっくり立ち上がろうとする。
「うるせぇ! そもそもなんでジジイが混じってるんだよ」左後ろの男が言った。
「さぁな。どうやらこの島に来たタイミングで転送されるから、年齢にはバラつきがあるらしいぜ。まあ、運が悪いとしか言えないな」と右後ろの男が返す。
「運が悪いに違いねぇよ! 不利に決まってるからな! 可哀想におじいちゃん、金槌なんか持っちゃって日曜大工でもするつもりだったのかな? あれ? 無」
老いたスリの金槌は先ほどまで喋っていた男の顎を砕いた。
周りの三人が一気に発砲したので、老いたスリは顎を砕かれた男を盾にする。
銃撃が止んだタイミングで正面の男に、盾になった哀れな男を突き飛ばす。
右側にいる男のトリガーにかけた人差し指を金槌で砕く。そいつが苦しんでいる間に、次は左手にいる男がこちらに仕掛けようとしているので、しゃがんで避けながら膝をかち割る。
そのまま立ち上がり、右側の男の顔面に金槌を四発叩き込む。これは老いたスリの経験則によるもので、大体の人間は顔面に四発で死ぬ。
残り二人。膝を破壊された男は半ば戦意を喪失していたが、油断は禁物だ。顔面に四発叩き込む。砕けた歯と脳が口内でシェイクされた様だ。お気の毒。
残り一人、銃弾の盾になった哀れな亡骸の、下敷きになっていた男は身動きが取れず、恐怖のあまり失禁していた。
「もう一人はどこだ?」
「こ、殺さないでくれ」
「俺の他に一人いただろ。そいつはどこに連れて行かれた?」
「地主の尋問部屋だと思う。あいつはよくそこで捕まえた人間に拷問してたんだ」
「それはどこだ?」
「12Bー14だ。頼む……ころさな」
情けは無用だ。必殺の一撃を脳天に叩き込む。頭蓋骨が砕け散る音が、狭い部屋の中に響いた。
そいつの腰に下げられた、もう一本の盗られていた金槌を手に取る。
「スリからモノを盗むなんてよ……とんだ間抜けだぜ」
その時、丁度エレベーターが開いた。パネルを操作して今いる1層から12層へ向かう。
若いスリを助けたい。そのこと以外、老いたスリは考えられなかった。船長の役にも立ちたいが、何よりもまずは若いスリを救出する。
かつての自分の姿と若いスリを重ねていたのだろうか。今の自分はやり直すことはできない。スリとして生きてきた二十年間も、その後、殺人を生業にして生きてきた二十年間も。しかし若い自分ならまだ間に合う。彼を助けることは自らを助けることであり、それが生きる意味だった。
心臓の鼓動が勢いを増して止まない。老いたスリは心臓に問題を抱えていたので、過度な運動は避けてきたが、そうも言ってられない。こうしている間に地主に殺されているかもしれない。最悪の事態を想定しつつ、老いたスリは二本の金槌を見つめる。
こいつらとならいける。
エレベーターが開いた。
♦
料理人は最後の仕上げに向かっていた。計画は概ねうまく行った。地主にスリ達を引き渡すことには成功した。
ただ警護人が地上にいて、探偵がコロニーに入れなかったことは想定外だった。
エレベーターを経由して、『口』へ向かう。
鍵を持ってないから、出たらもう入れない。作戦失敗を拠点にいる船長に伝えに行くだけだ。
これで終わる……
料理人は元の世界で、自分の店を出せたら結婚しようと約束していた彼女に思いを馳せた。
やらなければならない。そう、これは正しかったんだ。
地上に出るとそこには誰もいなかった。
それもそのはず、おそらく探偵はまだ四階にいる。あれほどの負傷だ。動けるはずがない。
探偵はこの世界に来てまだ一周目で、『土産』は手帳とペンだけの素人。もし万が一のことがあっても負けるはずがない。料理人は階段を一段ずつ登っていく。
四階についたが、物音ひとつない。電気の通っていない建物内は昼でも薄暗い。
「おーい! 探偵! いるのか?」
声がこだまする。返答はない。
念の為に一部屋ずつ確認する。
探し始めて、三部屋目に何者かがいた。何もない部屋。壁にそいつはもたれかかっていた。こちらからは丁度影がかかって、よく姿が見えない。
「おい! 探偵か!」
入り口近くから動かずに料理人は呼びかけた。
「あぁ、俺だ。探偵さ。その声は誰だ? どうなった?」
「俺は料理人だ。罠だった。スリ達はやられてしまった。今すぐ逃げなければ!」
「そうか、そうなってしまったか……」
料理人は探偵の元に近づくことが出来なかった。何かにおうからだ。
わざわざこの部屋まで移動して、わざわざ入り口からは見づらい場所に移動している。
これは罠かもしれない。探偵に裏切りを勘付かれた可能性を考慮して料理人はそのまま呼びかけた。
「歩けそうか? 今すぐここから逃げよう」
「どうも歩けそうにない、手を貸してもらえないかな?」
「あぁ、でも待ってくれ。少し確認したい」
料理人は悩んだ。これはどう考えても罠だ。明らかに近づけようと働きかけている。
「そこまでどうやって移動したんだ?」
「そりゃ這いずり回ってさ。もし敵が来たら太刀打ちできないだろう? 部屋に入ることでそのリスクを減らそうと思った。あれ、もしかして。俺を疑っているのか? 料理人」
「は? 何を言っているんだよ。疑うも何もないだろう。ただ暗くてよく見えなくてね。少し疑心暗鬼になる気持ちもわかるだろう?」
「ああ気持ちはわかるよ。俺の、いや俺達共通の性質とも言える。誰も信じられないんだ。自分自身でさえね」
「なぁそんなに喋って、随分元気そうじゃないか! 本当に一歩も動けないのか? こっちまで来てくれよ」
「あぁ、動けないね。誰も信じれない俺たちだけど、今は信用してくれても良いんじゃないか?」
「すまない、どうしてもそちらには行けない。わかった。船長たちを呼びに行こう。彼らに助けにきてもらうんだ。それで……」
「裏切り者の虫が自ら火の中に飛び込むか…」
「は……? 何を言って……」
「状況から考えて君は裏切り者だ。そうとしか考えられない。まず船長からの指令でチームを組むことになったとき、君はわざわざ旧公民館を志願した。しかもこのメンバーを選んだのも君だね。今までそんなに我を出すタイプでは無かったのに。まあ正直その時は少し怪しいなって程度だった。
だが何より君はこの建物の内装に詳しすぎたんだ。偵察で得た情報以上のことを知っているようだった。本当に嘘が下手なんだな。
極めつけはコロニーに入って、一人だけで帰ってきた。とんだ笑い話だな! 怪しくない点を教えて欲しいものだよ!」
「はぁ、さすが探偵さんだ。じゃあ近づかなかった判断は正しかったんだ。何か仕掛けているだろう?」料理人は念のために若いスリから奪った銃を取り出した。
「ではここから殺すことにするよ。確実な方法を取りたかったが仕方ない。今からそちらに向けて銃を撃つ。プロじゃないが何発も打てば当たるだろう」
「まあ待ってくれ。君と話がしたいんだ」
「なに?」
「なんで裏切ったんだ? 俺を殺す前にそれだけ教えてくれ。気になって死んでも死にきれない」
料理人は考えた。その真実を伝えたら探偵はどう思うだろうか。もしかしたら寝返るかもしれない。こいつはまだ一周目だしあり得る。
税務官に見せられた記録は間違いなく本物だった。今までの幻想は崩れ落ち、その時から俺はスパイになったんだ。
「この島から脱出することはできない。全滅する未来が待っているからだ」
「ほお。続けてくれ」
「船長、18、検事の三人は、この世界からの脱出を画策していた。そして100日の制限時間をスキップしてその計画を実行しようとしたのさ」
「スキップ? そんなことが……?」
「可能だ。101日目から106日目まで全てを消滅させる雨が降り、107日目に全てを復元させる雨が降る。その雨は島の地形自体を変えるものではない。ただ表面だけが入れ替わる」
「なるほど……コロニーは地中に埋まっているから雨の影響を受けないのか」
「その通り。船長たちはコロニーで雨をしのぎ、何周も107日間を繰り返した。脱出の要、船長の『土産』である船は破損していて、修理が必要だったからだ。
スキップする度、島には転送された顕谷たちがやってくる。彼らを説得して仲間を増やし、その組織は強大になっていった。しかし組織は巨大になりすぎ、長い間が経った。だから派閥が生まれたんだ」
「今のアルカトラズとゼロサムみたいにか?」
「そうだな……船長はすぐに脱出するべきだと考えていたし、多くの人もそう思っていた。しかし検事は、それが早計だと訴えた。それが管理者の逆鱗に触れてしまうかもしれないとね。
『なぜ船の修理は難航した? なぜ理解不能な裏切りや殺人が起こる? それは管理者のせいじゃないのか? ただでさえスキップという
その問いに船長は答えを持っていなかった。そして今から100年前に事件は起こった……」
「100年前!?」
「そうだ。俺たちは老いないんだ。気づかなかったか?」
「あぁ、気づきようがないだろ……馬鹿め。それで?」
「馬鹿……?! まあ良い。その日、船の修理は完了した。
ああその前に、18について話さなくてはならない。18は中立だった。古くからの仲間二人の派閥同士の対立は徐々に根深いものになっていった。18は両者の板挟みになり、苦しんでトチ狂った行動をとった。
自らの身体に船の起動鍵を埋め込んだんだ。18が死ねばコロニーは崩壊し全員が死ぬ。だから彼は自分自身を人質にすることで争いが起きないようにした。
ええと、それで……船の修理が終わった日に事件が起きた。
検事がコロニー内にいた126人を殺した挙句、18の起動鍵を無理矢理奪おうとした。偶然地上にいた船長は帰ってきて、すぐに検事を殺した。18は助かったが心がダメになっていた。そしてその虐殺の生き残りの一人が、税務官だ」
「なんとなくわかってきたかもしれない……」
「税務官は検事の凶行を見て思った。皮肉にも検事の言っていたことが証明されたとね。突然人格が変わったかのような言動と、異常なまでの暴力性。それはまるで神の介入だった」
「だからルールを守ってゲームを終わらせると? 船での脱出は不可能だと言うのか? でもそれならゲームをまっとうに終わらせなければならないだろう。お前は最後の一人になるまで生き残る自信があるのか?」
「船長がいたら無理だろうな。あいつさえ消せばイーブンな勝負に持ち込めるはずだ。ただ自分に有利な方を選んだだけさ」
「なるほど。今の話で、この世界に対する妙な違和感の正体が少し分かったよ。ありがとう」
「長く話しすぎてしまったな、じゃあそろそろ決めるんだ、こちらに寝返らないか?」
料理人はトリガーにゆっくりと指をかけて、壁にもたれかかる探偵の人影に照準を合わせる。
「俺には一つだけ信条がある……決して仲間を裏らないことだ」
「オレは無益な殺生をすると、三日間ご飯が食べられなくなるんだ……。やりたくなかったが仕方ない。残念だよ……」
そして料理人は撃った。全弾撃ち尽くした。
どっと疲れが襲いかかってきた。長い間話し続けたが、寝返らせるのは無理だったか。
念の為に死体が消滅するのを確認しようと、部屋の奥まで向かった。そこには消えかかっている死体と、もう一人。
探偵がいた。
「近づいてくれてありがとう」
探偵の手には拳銃があった。
しまった。くそ。
「先手必勝ならぬ、後手必殺だ」
廃墟に銃声が鳴り響いた。
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