第3話 絶滅秒読み

 無職と道化師クラウンは、かなりの距離を移動した。燃え盛る集落をぐるっと周り、島の西側へと向かう。


 木々が生い茂る山に、二人は再び足を踏み入れることになる。背の高い草をかき分けつつ、斜面を少しずつ登っていく。道化師が先に駆け上がり、その背中を無職はひたすらに追った。


 道化師はやはり息すらあげていない。


「どこまで行くんだ?」


 無職は辛さのあまり確認した。


「もうすぐ!」


 道化師が愉快に答えた。


 突然開けた場所に出た。かつて無職が住んでいた家と同じようなログハウスがあった。


「ここが臨時の拠点か?」


「うん、合ってるはずだ!」


 家の前に一人の男が立っていた。


 その男の顔が自分の顔と同じであることに無職は驚いた。


 何人兄弟なんだよ……


 無職にとって、その男はただ少しくたびれたスーツを着た自分自身にしか見えなかった。


「こいつぁ誰だ、道化師。こんな時期に人を連れてくるなんてどういう了見だ?」


「やぁ『物理』。ちょっと訳アリでね。詳しくは中で話そう」


 三人が家の中に入る。二階部分が吹き抜けになった開放感のあるリビングには、コの字型のソファが大きなテーブルを囲んでいた。


 そこには一人、海賊のような男が腰掛けていた。奇妙なカーブを描いた巨大な帽子と右目の眼帯アイパッチ。ボロボロながらも高貴さもあるレザーのジャケット。そしてその顔にも、無職は違和感を感じた。


「おい、もしかしてお前ら全員兄弟なのか? 何ツ子なんだよ……」


 ピエロはクククと笑い、残り二人は無職の方をじっと見て茫然としている。


 おや、何か変だな……


 無職は少しイラついていたが、落ち着こうと努力した。


 こんな時こそ。コーヒー飲みたい。でも無いし仕方ないよな。


 さっきから理解が追いつかないことが多すぎるから、今は落ち着いて弟たちに聞いた方が良い。無職は次いで喋った。


「オレは顕谷。道化師となりゆきで仲間になることになった。よろしくな」


 その場の全員がきょとんとした顔をしている。何か不可解なことでもあるようだ。

 物理と呼ばれる男が声を上げた。


「おい、道化師。何か噛み合わないんだが、コイツは一体なんなんだ? さっき言ってたよな。説明してくれ」


 道化師は笑うのを止めて話し出す。


「そうだね! 彼の名前は無職。彼にはおそらく99日間の記憶が無い。もしくは今日転送されてきたか、そのどちらかだよ!」


 物理が呆れた顔をして問いただす。


「そんな都合の良いことあるかよ? かなり怪しいんじゃないか?」


「いやでも、そんな間抜けな嘘つく理由はないじゃん! ゲームになにか、バグのようなものが起きているのかもしれない」と道化師は言い返した。


「そうだぞ! 嘘つき呼ばわりするつもりか!」無職は良く分からなかったが、勢いに乗った。


 そのとき、海賊のような身なりの男が立ち上がって喋りだした。


「私は道化師の見立てが間違っていないように思う。それに今は猫の手も借りたい状況だし、本人さえよければ力になってほしい」


「まあこの後の話次第で協力してやるよ……こっちだってお前らを信用してるわけじゃねえ」と無職が言い放った。そこに物理が返す。


「なんだと……無職が。一体何ができるって言うんだ?」


「お前よりは役に立つんじゃないかな? 物理ってどんな名前だよ」


「お前は無知だから教えてやるよ。ここにいる全員は同じ名前だから職業で呼び合うんだ。俺は物理教師をやっていてな、だから物理と呼ばれている。理解できたか? 無職くん」


「はあ? 教師だと? ロクなもんじゃねえだろ。特に物理教師はな。オレは物理教師にだけはなりたくない一心で無職になったんだ」


「そこまでだ」


 海賊が白熱する二人の間に入った。


「先ほど物理が言ったように、我々は同じ名前なんだ。それに同じ顔だ」


「それがどうした? 両親はきっといい加減だったんだな。一卵性だからといって同じ名前をつけるとは……」


「それが違うんだ。私たちは言わば同一人物さ」


「まあ遺伝子情報はそうなんじゃねえの?」


 海賊はなんと説明しようかと悩んで、再び無職に質問する。


「並行世界という言葉を知っているか?」


「ああ、SFは好きなんだ。あれだろ? 可能性の数だけ分岐した世界があるってやつ」


「良かった。我々は並行世界の顕谷なんだ」


「それはそれは……」


 無職は考えた。目の前にいる海賊が自分の可能性だと?


 この業突張りの物理教師がオレ……?


 いやまて……


「もしかしてこの道化師もオレ?」


「その通り!」


 道化師は笑顔で返答した。


「悪い夢を見てるみたいだ……」


「気持ちはわかるよ。じゃあ続けて説明しよう」


 海賊は周りを歩きながら丁寧に話し始めた。


「それぞれの並行世界から転送された我々は、この島に集められた。そして全員が転送される最中に説明を受けているんだ。とある人物からね。そいつを我々は『管理者』と呼んでいる」


「待てよ……そういえば道化師が、この島はオレの知っている島じゃないとか言っていたな」


「そうだ。この島は誰のいた世界の島でもない。言うなればゲームのために仮設された別世界の島さ」


「仮設? 住人がいなかったのはそういうわけか」


「ああ。管理者は我々に説明した。それぞれの可能性の世界、並行世界から連れてきたこと。そして100日以内に、生き残る一人を決めなければならないということ」


「100日か……えっ? さっき99日がどうのって言ってなかったか?」


「その通り、制限時間はあと一日も無いんだ」


「ひぃ〜。少ねぇ~」


「あとこのゲームで死んだ顕谷の、もともと所属していた世界は消滅する」


「えっ……」


 無職は冷汗をかいた。寝起きに殺してしまった男のことを思い出す。


 何という事だ。そいつの世界ごと滅ぼしてしまった……


 大量虐殺者になってしまった……


「無職はすでに一人殺してるんだよね!」道化師が言った。


「おいてめぇ! 嘘だよ! 悪い冗談を言うな道化師よ……」無職は震えた声で言い訳をした。 


「そうだったのか、じゃあ死体が消えるところを見たか?」船長は殺人を咎めることも無く聞いた。


「……ああ、見たよ。一滴の血も残らずに消えた。あとそいつの持っていたナイフも」


「なら話が早いな。ここで死んだら全て消滅する。『土産スーベニア』も一緒にね」


「土産?」


「転送される前、管理者に元の世界から持っていきたいものを聞かれるんだ」


「記憶にねえな」


「まあそうだろう。道化師が持ってきたのは衣装道具、物理はノートPCだっけ? 自分の所有してるものなら何でも一つ持ってくることができる」


「ずいぶん親切なこったな……ちなみにアンタは何を持ってきたんだ?」


「船さ」


 なるほどと無職は頷いた。いつか道化師が言っていた脱出というのは、その船をもってするのだろう。


「じゃあすぐにその船で逃げようぜ」


「それが問題なんだ。船を動かす鍵を敵勢力、ゼロサムの連中に奪われている。無職、鍵の奪還を手伝くれるかい?」


「なんだよ仕方ないな……オレは誰よりも平和を望んでいて、殺人を許せない正義の男だ。このゲームの平和的なクリアを手伝ってやるよ」


「ありがとう。申し遅れた。私の名前は『船長キャプテン』だ」





 やけに広い部屋だが、じっとり湿っていてあまり良い環境だとは言えない。しかし文句を言っている場合ではないし、口が裂けてもそんな事は言えないと『詐欺師』は焦りながら待っていた。もうずいぶん待たせている。


 汗をかき、息も絶え絶えで帰ってきた『置き引き』を見て詐欺師はほっと胸を撫で下ろした。


 呼吸を落ち着けた置き引きが報告を始める。


「へぇ、首尾は上場ですぜ。こっちの損失は五人だけ、向こうは二十人以上。しかも相手の地上拠点は全焼。まあうちの『花火師』は死んじまいましたし、猛獣使いは行方不明ですが、火薬全部使った甲斐がありましたな」


 涼しい顔にスーツ姿で座っている『税務官タックスマン』がそれに返した。


「船長と整備士は殺したのか?」


「いやあそれが、すみません。逃げられました……」置き引きは少し震えていた。


「まあ良い」


「え? 良いんすか?」予想外の反応に置き引きは安堵した。


「もちろん。もう一つの臨時拠点に誘い込むための襲撃だった。残った奴らをそこで叩く。そろそろ尾行した『傭兵』たちが行動を開始した頃だろう」


「傭兵……とうとう動くのか」と『医者』はつぶやく。


「いやあ、なら良かったすわ。じゃあこのへんで」と置き引きが退出しようとした時、税務官がそれを呼びとめた。


「置き引き、こっちに来い」


「え? なんですのん」置き引きがおそるおそる尋ねる。


「肩に虫がついている。とってやろう」税務官は置き引きに手招きをした。


 下手に動けば不味いことになると思った置き引きは、おそるおそる税務官のそばに寄った。


「わざと逃がしたんだろ」と耳元で税務官が呟き、置き引きの肩に掌を当てる。


 ギャンという音と共に置き引きの肩から胴体にかけて、ぽっかりと大きな穴が空いた。


「虫は取れたよ。よかったな」


 ぱくぱくと口を動かした置き引きはそのまま後ろに倒れた。


 税務官の近くに座っていた『科学者』は満足そうな顔をしている。


「なかなかに良い……。これなら実戦でも申し分ない」


「ああ、チャージ時間が癪だが、そこを考えれば十分だ」


 そのとき詐欺師は少し漏らしていたが、平静な顔で立ち尽くして「付く側間違えたなぁ」と思っていた。





「作戦の目的は『18』の奪還だ。彼の体内に埋め込まれている鍵が、船の起動に必要なんだ。


 ゼロサムの拠点である、第二、第三地区に彼が軟禁されている。そこへの入口は既に二つに絞られている。


 私と物理、道化師、無職は、これから南にある洞窟へ向かう。


 もう一方、南東の公民館跡には『料理人』『老いたスリ』『若いスリ』『探偵』の四人がすでに向かっている。


 それと念の為、注意をしておくが18の『土産』は『コロニー』だ。死んだらこの島の地盤が崩れて全員お陀仏になる。絶対に18を無傷で奪還するんだ」


 船長が語った作戦を無職は殆ど理解できなかった。こういう時には素直に質問するに限る。「質問いいか?」と無職が手を挙げた。


「どうぞ」と船長は言った。


「よく意味がわからない。まず二つ聞かせてくれ。18は職業名じゃないが人の名前だよな? あとコロニーってなんなんだ?」


「昔は職業じゃなくて番号で呼び合ってたのさ、その名残りだ。だから18も人名だよ。18のいた世界は特殊でね、地表は人間が住めなくなっていた。だから人々は地下に広大な居住空間を作ったんだ。それがコロニーだ。やがて人々は滅亡の一途をたどり、生き残った18がそれを引き継いだ。つまり彼は一つの大きな地下施設を所有していたんだ」


「大地主ってところか……」


「まあおおよそ合っている。コロニーはこの島の地中に埋まっている。だから18が死ぬとコロニーも消滅して、この島の地盤が崩壊してしまうんだ」


「なんだそれ18ってやつはアホだな」


「いや、コロニーは使い方次第で便利なんだ。まあ18が捕まっている現状は非常にまずいけどね」


「それで第三地区とかってのは何だ?」


「コロニーの区域の名称だよ。この島の地下の大半はコロニーだ。そして東西南北で丸々四等分に、第一地区から第四地区に分かれている。なおそれぞれの地区同士へは中から移動することはできない」


「おいおい、いきなり難しくなってきたな」


「つまり、現在我々は第一地区を占拠しているが、18が監禁されているであろう第二地区と第三地区には内側から向かうことはできない」


「え? 待てよ、18は自分が持ってきたコロニーに軟禁されているのか?」


「そうだよ」


「馬鹿じゃねえか……」


「それぞれの地区へ入るには、『マウス』という装置を使うしかない。それは島の各所に意図的に隠されている」


「その『口』とやらの周辺に警備は?」


「攻め込まれたらかなり不味いからね。それなりに警備は厳重さ」


「船長、そろそろ時間じゃ?」と物理。


「うん、それじゃそろそろ……伏せろ!!」


 突然の銃撃にとりあえず全員が対応できていた。流石にここまで生き延びてきた猛者達だ。


 銃弾の雨は勢いを止めず、玄関側の壁は穴だらけになっていった。


「ここからコロニーに入る! それしかない」と船長が叫んだ。


 おいおいすぐそこに入口があるのかよ……


「床板を剥がすんだ。物理、道化師、やるぞ」と続けて指示を出した。


 三人で床板を綺麗に剥がしていく。まるで何度も訓練したかのように。


 無職はそのさまをただ眺めていた。特に手伝えることも無さそうだし、下手に動くと連携を邪魔する可能性がある。


 すぐに床板は剥がされて、船長、物理、道化師が床下に入っていった。


「お前も着いてこい」と物理に指示され、無職は少しイラついたが従ってやることにした。


 床下は案外広く、一部に奇麗にくりぬかれた縦穴が開いている。


 そこには梯子が架けてあり、一人ずつ穴の中に入っていった。


 穴の中にもそれなりに大きな空間があった。無職は明かりが無くて何も見えず、どこに行けばよいのか分からなかった。


「これが『口』だ」と船長が言った。


 暗闇に少し目が慣れた無職には、そこに薄ぼんやりと紫がかった光を確認できた。そしてその光は地中から突き出した金属の突起から漏れているものだった。


 上の方から微かに人の足音と会話が聞こえてくる。さっきの奴らがすぐに追ってくるのではないかと無職は焦るが、他の三人は異様に落ち着きを払っている。


 船長が手に持った細い棒状の何かを、突起の先端に差し込んだ。


 ぼんやりとしていた紫色の光が、より輝きを増した。


 空気が揺れている。


 侵入者たちが縦穴に気付き、梯子で下りて来る。


「全員これにつかまれ!」船長の掛け声で全員がその突起を握った。


 それと同時に道化師がどこからか取り出した爆弾を梯子の方に向かって投げつける。


 侵入者たちが梯子から降りて、こちらを銃で狙おうとしていた、その瞬間。


 あまりにも眩い紫の光と、爆発に彼らは包まれた。

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