第34話 俺の彼女が分かってくれない

「俺は……俺はもう、生きていけない……」

「あ、あうあう……聖くん?」


 あまりのショックに、思わず四つん這いになって地面にへたり込む俺。

 そんな俺に、麻栗が戸惑った様子で名前を呼んでくる。


 だが、それに反応を返す余裕など俺にはない。だって全部のあれこれを麻栗に見られていたんだぞ!? K-1見てテンション上がって電気のヒモ相手にシャドーボクシングしてたら跳ね返ってきたヒモの先端が目に入って悶え苦しんでるところとかも見られてたんだぞ!? なんなんだこれは! 恥のたたき売り市場か! 惨い、あまりに惨すぎる……。


 これまでの俺の人生で、こんなにも惨めな気持ちになったことはない。

 恥ずかしさで死ねるなら、とっくに俺は血の泡を吹いて死んでいる。それぐらいに恥ずかしさと情けなさで身悶えしている俺がいた。


 だが麻栗は、迷いあぐねた挙句に、次のような言葉を俺にかけてきたのである。


「あ、あのね聖くん! ポジティブに考えたらいいんじゃないかな!? ほら、考えようによっては、わたしの前ではカッコつけたり見栄張ったりしなくてもいいってことになると思うの!」

「……だ」

「んぇ?」

「……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! それが俺は嫌なんだよぉ~~~~!!」


 麻栗の言葉を聞いた瞬間、今日一……いや、人生一みっともないセリフが思わず口を突いて出た。


「お、俺にだってカッコつけさせろよ! カッコいいのも凄いのも全部麻栗ばっかりで、俺に良いところなんて全然、なくて……!」

「……え? え? ど、どういうこと?」

「だから!」


 立ち上がり、俺は麻栗と向き合った。


「……色々考えてみたんだけど、結局俺はお前にカッコつけたかったんだよ! 麻栗と並んでも見劣りしないぐらいに、ちゃんとカッコいい男になりたいんだ!」

「……あ、はぁ、うん。別に聖くん、カッコいいと思うんだけどなぁ……」


 俺の言葉はヒートアップしていく一方だが、反対に麻栗の方は生返事である。どうやらピンと来ていないらしい。


 そんな彼女に、俺ははっきり言い返した。


「麻栗の言う『カッコいい』は信用できないのでカウントしません」

「え、なんで!?」

「だって俺のこと絶対ひいき目に見てるじゃん! 俺はちゃんとカッコよくなりたいの! 自分でも納得できるぐらいに!」

「えぇ……」


 麻栗が困惑の表情を浮かべる。


 でも実際、俺にとっては重要なことなんだ。

 だって俺には『自信』がないから。

 今の俺のままで、麻栗の隣にい続けられると思えるほどに俺はまだ強い人間じゃないから。


 だから。


「――だから麻栗には待っててほしいんだ。同棲も、結婚も、その先の人生だって麻栗と一緒に送りたいと思っているから、俺がちゃんと立派になるまで、一緒に暮らしたりするのは待っていてほしい」


 俺は真剣な目で、麻栗に告げた。


 そんな俺に、麻栗は「うん?」と小首を傾げたかと思うと。


「……それって理由になってなくない?」


 と問い返してくる。


「……はい?」

「あれ、わたし変なこと言った?」

「言ったよ! 俺の話聞いてた!?」

「うん、聞いてたよ。聖くんは聖くんなりに、自分が納得できる形でカッコよくなりたい的な……つまりそういう感じでしょ?」

「そうだよ!」

「だから今すぐわたしとは暮らせないって聖くんは言ってると思うんだけど……それって一緒に暮らしながらでもできることじゃない?」


 ……俺の彼女が分かってくれないぃぃぃぃぃ!

 今のは俺が胸に秘めたる決意を口にして、「分かった、待ってるね!」って応援してくれるところだろぉぉぉぉぉ!?


「っていうか、聖くんが勝手に頑張る分には応援するけど、わたしとしては聖くんがカッコよかろうが悪かろうがどっちでもいいかな! どっちの聖くんも好きだし! 大好きだし!」

「あのね、麻栗さん……そういう問題じゃなくてですね、ヒモ同然というのはプライド的にちょっと……」

「……プライド?」

「うん。男のプライド」

「……………………………………あ、あー、なるほど?」


 さてはコイツ分かってねぇな?


 ――ともあれ。


「俺は麻栗にカッコつけられるようになるまで、絶対に同棲なんてしないからな! するのは俺がカッコよくなってからの話だ! いいか、分かったな!?」


 半ば強引に、俺は麻栗にそう主張する。

 すると麻栗は「ぶー」と剥れっ面になり、


「……強情だなぁ、聖くんは」


 と、不満げな言葉を漏らしていた。

 だが、やがてため息をついたかと思うと、


「ま、でも聖くんがそうしたいなら仕方ないかぁ」


 と、納得したような言葉を口にしてくれた。


「……分かってくれたか?」

「ううん、正直全然分かんないけど」

「分からんのかい」

「聖くんがそうしたいって言うなら、わたしは別にそれでもいいかなって」

「そうか……ありがとな」

「それにわたしも勝手に頑張ればいいだけだし」

「……え?」


 いきなり不穏なことを口にしたかと思うと、彼女は不意に艶のある笑みを浮かべた。

 それからつと、一歩俺に向かって身体を寄せてきたかと思うと、麻栗の指先が俺の顎をするりと撫でた。


 妖しい気配に、ゾクリと背筋が粟立つ。

 そんな俺に追い打ちをかけるかのように、麻栗はそっと囁きかけてきた。


「これからはぁ……聖くんの見栄っ張りとわたしの誘惑、どっちが勝つかの勝負……だよね♡」

「……ッ」


 耳に絡みつくようなその声は、あまりに濃厚で刺激的で。


 思わずハッとする俺の前で、麻栗は先ほどとは一転、ニコニコと朗らかな笑顔を浮かべ、


「これからお互い・・・頑張ろうね、聖くん♡」


 と告げてくるのであった。


「……お、おう! 絶対負けたりしねえからな」

「そっかそっか。……ちなみにカッコつけられるようになるって言ってたけど、具体的にはどうやって?」

「そ……それはこれから考える!」

「毎晩わたしのことを天国に連れて行ってくれるとっても素敵な王子様、っていうのはどうかなぁ?」

「それは俺の思うカッコいい男じゃないからダメ!」

「じゃあ聖くんの思うカッコいい男って?」

「そ、それは……」


 そんなのちゃんと分かってたら、こんなこと言ってないんだってぇ!?


  ***


 ――なんて感じでやり取りをしながらも、一方で俺は思うんだ。

 これまでの俺たちがそうだったように、これからの俺たちもなんだかんだこうしてずっと一緒にいるんじゃないかなって。


 赤い糸ってやつがあるとするなら、俺と麻栗とを結んでくれているんじゃないかなと信じることができるんだ。

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