第29話 貫井聖夢のイタい過去2 ~あるいは、イキりオタクが恋に落ちるまで~
学年の滑り出しで失敗した俺は、見事に今で言うところの『ぼっち』とやらになっていた。
休み時間にクラスの男子が校庭でサッカーをする時も、移動教室で教室移動をする時も、体育の授業で『じゃあ二人組作ってー』って言われた時も、一人で孤立するようになった。
それは情けないし恥ずかしかったが、同時に仕方ないとも思っていた。どうやら俺は思っていた以上に図太い神経の持ち主だったらしく、この時もまだ、『真の正義はあとから理解されるものだ』などと内心カッコつけて強がっていた。
だからって寂しくない、なんてことはまるでない。
いや、むしろ、寂しくてたまらなかったし、例の一件以来母親が事あるごとに「今日は大丈夫? 問題なんか起こしてないわよねえ? ああやだやだ、本当に心配ばかりかけて困った子よねぇ……麗香とはほんと大違い!」と言ってくるため家での居心地は猛烈に悪かった。
その頃の俺は、一刻も早く『味方』の存在が必要であったのである。可能であれば、できる限り俺に対して肯定的な。
そんな俺の放課後の日課はというと、校内をぶらつくことであった。
放課後にどこかへ出かけて遊ぶ相手もいない上に、家に帰れば窮屈な思いをすることになる。そんな俺にとって、人がいなくなったあとの学校というのは、一人でいても咎め立てられたりしない安らげる空間であった。
その中でもひと際好きだったのが図書館である。
夏でも空調が利いていて、ソファがあって、ちょっと小難しいものが多いけど漫画もけっこうたくさんある。
おまけに人が少なくて、だから一人でいても変な目で見られたりすることもなくて……放課後にはよく、そんな風にして学校の図書室で俺は過ごすようになった。
最初のうちは、自分が一人でいることをどこか頑なに認めたくなかったんだと思う。あえて誰の存在も気にかけないようにして、一人でずっと漫画を読んでいた。
俗にいう逃避行動である。孤独を忘れるには、他人の存在ごと脳内から抹消するのが最も合理的な方法だと当時の俺は心から信じていたのである。
だからってそれで本当に孤独を忘れられるはずがない。
生まれつき抱え込んでいた承認欲求とやらも、おそらくクソデカかったのだろう。『正義の味方』なんぞに本気で憧れて暴力事件を起こしたぐらいである。カッコいい姿を他人に見せびらかしてチヤホヤと評価されたいだけのガキでした。アイタタタ。
まあそんなわけだから、いつまでもクールを気取って黙々と一人で漫画を読み続けられるような俺ではない。
図書室に入り浸るようになって一ヶ月と経たないうちに、「誰か話し相手になれそうなやついないかな~」なんて感じで放課後の図書室内を観察し始めるようになった。
そんな時に、いつも一人で黙々と本を読んでる女の子がいたら、誰だってついつい話しかけたりしちゃうことだろう。
少なくとも俺はそうだった。すぐさま行動を開始した。だって一人は寂しかったんだもん。
「なあお前、それなんの本読んでんの?」
俺はそう言って、自分より少しだけ背の高い、地味で内気そうな女の子にある日の放課後、話しかけた。
その相手こそが、当時はまだ、その内に秘めた魅力や美しさを誰にも知られることなく隠し持っていた村月麻栗、その人である。
***
麻栗のことはすぐに好きになった。
俺が話しかけに行っても、彼女は逃げ出す素振りを微塵も見せなかったのである。
そのことに安心して、俺は放課後どころか昼休みなどでも図書室へと足を運んで彼女へ話しかけ続けていた。
別に大した話をしていたわけじゃない。ただとにかく、どんな話をしたところで目の前からいなくならないということに、他では得られない安心感を俺は覚えていたのである。
もっとも麻栗は、俺が話している間もこちらに関心を払う様子もなく、読書に没頭するばかりであったが……そんなものは気にならなかった。ただそこにいて、耳を傾けてくれている(ように見える)だけで俺にとっては十分だった。
別に話すほどの事がない時も、麻栗の傍で漫画を読むようになった。
そうやって二人だけで過ごす静かな時間の心地よさは、まさしく中毒的だったと言えることだろう。
三ヶ月もすれば麻栗も少しずつ言葉を交わしてくれるようになったし、俺の家まで遊びに来てくれるようにまでなった。ちなみにその時麻栗のことを陰でディスってきたお袋に向かって、「どこが? いい子じゃん」と即座に切り返したのは俺の人生史上最高にかっこいい一幕だったと思う。可能ならばその瞬間を額縁に入れて飾っておきたいほどである。できればカッコいい瞬間だけを繋ぎ合わせて生きていくことができればなあ、などと思う次第。
――閑話休題。
ともあれ、そんな風にして麻栗との関係を築いていく中で、次第に彼女の内気な性格も明るく華やかなものへと変わっていった。
それが俺にどんどん心を開いてくれているような気がして、とても嬉しかったことを覚えている。まあ、あるタイミングから頻繁に「あ、濡れ……」とか呟いては恥ずかしそうにトイレに消える回数が増えたのはなんだかちょっと気になったけど。
とにかく、だ。
麻栗と二人でいることが、俺と彼女とにとって自然な関係となってしばらく経ったある日のことである。
「聖くん……漫画描いてみたの。……読んで?」
そんな言葉と共に、彼女は放課後の図書室で一冊のノートを俺に向かって差し出してきたのである。
――――――――――――――――――――
しばらく聖くんの過去編(という名の黒歴史編)続きそうです
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