第27話 暗黒のメモリアルボックス

 ――麗香に話を聞いてもらった日から二週間が経過していた。


 その間、俺は俺の中で、いまいち答えらしいものを見つけ出せないままでいた。


 この二週間の間に、『二十四時間あなたと、ずっと。』を原作としたアニメ化企画が進行中であることが告知され、麻栗へと向けられる関心や注目はさらに強く、大きくなっていた。

 麻栗は麻栗で、漫画の原稿にアニメ化に際しての打ち合わせにと、俄かに彼女の周辺は慌ただしさを増している。


 それでも彼女は頑張って俺と一緒にいる時間を毎日作ろうとしているが……編集や仕事先の人間に対する細々とした電話やメッセージのやり取りが、俺たちの日常に否応なく差し挟まれるようにもなってきたのである。


 この日もそうであった。


「ご、ごめんね聖くんっ。編集さんから、電話来ちゃった……」


 麻栗の部屋で二人でいる時に、彼女のスマホが着信を告げたのである。


「俺のことは別に気にしなくていいぞ。仕事の電話なんだろ?」

「うん。……ほんとはもうじゅうぶんお金あるし、ぶっちゃけもう漫画描かなくてもいいかなーって思ってるんだけど……」

「それは色んな人に迷惑がかかるだろ……。無責任はよくないぞ」

「むぅぅ……はぁ~い」


 そう言って、麻栗がスマホを手に俺に背中を向ける。

 彼女の顔が完全に見えなくなるその最後の一瞬に、麻栗が俺には見せることのない、『仕事』の顔になっているのを見て、僅かに俺の胸が軋んだ。


 俺にはできないその表情が、俺と麻栗との彼我の差のように思えてならなかったのである。


「……」


 麗香の言葉を思い出す。


 ――麻栗さんは、ああしたいとかこうしたいとか全部言ってきてくれてんじゃん。

 ――麻栗さんがしてくれてること、そのまま兄貴も返せばいいじゃん。


 麗香はそんな言葉を言っていたし、実際にその通りだとも思う。

 麻栗とこれからどんな風になっていきたいのかとか、麻栗と何がしたいのか……あるいは何をしてやりたいのか。


 この二週間、そのことについて俺は考えを巡らせていたのだが、いかんせんこれがなかなか思い浮かばない。


 より正確には、まったく浮かばないわけではない。

 今度一緒にどこそこにデート行きたいな、とか、いずれは結婚したりするのかな、とか、麻栗が喜ぶようなことをたくさんしてあげられたらな、とか、そういうのはあるにはある。


 ただ、あの日俺が覚えた違和感は、こういうのとはまた別物のような気がするのである。


 っていうか、そもそも――根本的なところでさぁ。


「……俺って麻栗の、いったいどこをどう好きになったんだっけ?」


 編集と電話する麻栗の背中を眺めながら、口の中でぽつり、呟く。


 ぶっちゃけ、麻栗に惚れるそれっぽい理由なら、いくらでも上げることができる。

 彼女はそれくらい、分かりやすい魅力に溢れた女の子なのである。


 例えば容姿。

 文句なしの美少女だ。『美人』や『イケメン』の条件はマイナスのない顔立ちをしていることである、とはよく言われることであるが、その理屈ならばそれこそ麻栗は非の打ちどころのない正確さで目鼻立ちのパーツが配置されている。

 おまけにスタイルだってよくメリハリがきいており、まさにモデル級。誰が見たって、麻栗のことを『美少女だ』って断言するに違いない。


 例えば能力。

 漫画、イラスト、小説という三分野において、まだ中学生だった身の上で結果を出しているという化け物級の芸術センス。彼女ほどの結果を出している人間は、他にはなかなか類例のないことだろう。

 そういったセンス・才能に憧れないといえば噓になる。負い目にならないといっても、嘘になる。

 目が眩みそうになりながらも、否、それほど眩く輝く才能だからこそ、我が物にしたいと思う人間もきっといるんだろう。


 例えば資産。

 二億円、って数字を聞いた時にはさすがに震えた。正直ビビッて怖気づいた。

 だけど世の中には、逆玉の輿って言葉もあって、それを狙いたい人間にとっては何よりも魅力的に映ったりするのではないだろうか?


 そしてさらに、例えば知名度。

 上記三点の『魅力』を踏まえて、そこに知名度まである麻栗である。

 それこそ、自分を飾る『アクセサリー』としての役割を恋人に求めるとするならば、これほどいい女もなかなかにいない。


 と、まあ、色々とあげつらってはみたし、うちのお袋はこの辺が理由で麻栗に対してめちゃくちゃ媚びている節があるのだが――。


「……なんか論点が違う気がする」


 どうにもいまいちピンと来ない。そういう理由で麻栗のことを好きになったわけじゃないような気がするのだ。


 だが一方で、俺がそう思い込みたいってだけのような気もするのである。なんせあの母親の息子な俺だ。しっかりその血と価値観を、どっかで引き継いでいることだろう。


「はぁ……なーんか、ガキの頃はよかったような気がすんなぁ。小難しいこと考えねーで麻栗と仲良くやってた気がするしよぉ……」


 麻栗と出会った、十歳当時のことをふと、俺は思い返そうとした。


 あの頃の俺は、そう――。


「……ん? んん? 待って待って、あの頃の俺って、待ってちょっと待って……え、待って!?」


 頭の中で蘇りつつあるこの気配は……ま、まさか、貴様……。


 黒歴史……!?

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