第26話 機嫌が悪いと無関係な他人に八つ当たりするタイプのヤバい人間
その後の朝食の席でも、麗香はめちゃくちゃ不機嫌な表情のまま、黙々と食事を口に運んでいた。
まあ、なんだその……俺は俺であんなところを見られてしまったこともありどうにも気まずい。具体的には麗香の方へと視線を向けることができない。
そして事の元凶である麻栗はというと、こちらはこちらで冷静になったあとに自分がやらかしたということに気づいたのか、やはり気まずそうな表情で食事を口へと運ぶだけの機械と化していた。
「あらあら……」
と、そんな俺たち三人の様子のおかしさにさすがにお袋も気づいたらしい。
三者三様、何も言わずに食事する風景を前にして、彼女が発したのは次のようなセリフであった。
「……聖夢? 麗香と麻栗ちゃんの様子がおかしいけど、あなたまた何かやったんじゃないでしょうね?」
「ぶっ」
思わず口の中に含んでいたものを吹き出す。
そんな俺の様を見て、さらに母親は言葉を続けた。
「ああもう、お行儀悪いわねぇ。高校生にもなって本当にだらしがないんだから。みっともないところ見せてごめんなさいねぇ、麻栗ちゃん?」
「いや、今のはお袋が変なこと言うから――」
と、俺が反駁しかけたその時である。
麻栗が言葉を差し挟んできたのは。
「わたしは、聖くんのことをみっともないなんて思ったことないですけど」
「あ、あらそう? でもほら、うちの子は本当に出来が良くないから……」
「そうですか? わたしはそんなこと思ったことはないですけど。おばさんの勘違いじゃないですか?」
……なんだろう。
普段ならこういう時、麻栗はちょっと困った顔で控え目に否定することが多いんだが、今日は妙に口調が刺々しいような……?
「というか、おばさんは聖くんのどこを見てみっともないとか出来が悪いとかって言ってるんですか?」
「そりゃあねぇ……人生経験も浅いし物覚えも悪いし、成績だって……ねぇ?」
「はぁ……まあでも学校の成績だけが評価基準ではないですし。それに人生経験の浅い深いって、どういう基準でおばさんは見ているんですか?」
「それは、ねぇ? やっぱりほら、自分でお金を稼いだことがあるのかないのかって、大きな違いじゃないかしら?」
お袋のその言葉に、麻栗は心底呆れたとでも言いたげな目つきになる。
そして麻栗が告げる。
「おばさんも別にパートぐらいしかしたことないですよね? 稼いでいるお金の額だけで見ると、おばさんもわたしより人生経験が浅いってことになっちゃうと思うんですけど」
「……」
「でもわたし、聖くんのこと、出来が悪いとかみっともないとか思ったことないんですけど」
「……」
場が凍り付いた。
真正面から叩きつけられた言葉に、お袋が笑顔のまま完全に凍り付いている。どうやら普段は物分かりと人当たりの良い麻栗の口から、思いもよらぬセリフが飛び出してきたことに驚きすぎているらしい。からり、とお袋の手から箸が落ちた。
「あ、あああああああのっ!」
ガチガチに凍り付いた空気の中、意外にも最初に口を開いたのは麗香であった。
「お、お母さん! 今日のお味噌汁うまくね!? めっちゃ出来良いかもこれ!」
「あ、あらそう? それお味噌汁じゃなくてコンソメスープだけど……」
「ああそう! 味噌味のコンソメ使ってるのこれ!? 超おいしい、うん、おいしい!」
「味噌味のコンソメなんてないと思うけど……」
「と、とにかく、ほら、おいしいよね! ね、兄貴!?」
と言って、麗香が俺に目くばせしてくる。
その目がこう語りかけていた。『とにかく合わせろ』――と。
「そ、そうだな! うん、美味い美味い! あー今日もご飯がおいしいなー!」
「わっかるぅー、ご飯美味しいと一日のテンション爆アゲだよね爆アゲ! さすがお母さんだなー!」
「お、おう! さすがだなぁ! お袋のご飯は最高だぜ!」
そんな感じで、その後は俺と麗香の二人で必死になって場を盛り上げることで凍った空気をごまかすのであった。
ちなみにその間、麻栗は平然とした面持ちで、食事を口へと運び続けていた。
***
そのあと、学校へ向かう途中。
「麻栗……なんで今日に限って、お袋にあんな風に突っかかったんだよ」
と問いかけたところ、彼女は次のように答えた。
「……わたし、さっき気づいちゃったんだけど、機嫌が悪いと無関係な他人に八つ当たりするタイプのヤバい人間だったみたい」
「……お、おう」
「あとは前からムカついてたし」
「……は?」
「聖くんのことをバカにする人はみんな死ねばいい」
「お、おう……とりあえず麗香にだけはあとで謝っといてくれな?」
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